第四章(6)
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「……はじめまして。私は長谷遥。アカネに頼まれて来た」
部室に入った俺とアンナを待ち構えていたのは黒峰とカオルちゃんだけではなかった。
部屋の中心に置かれたアンプから少し離れたところに新しい椅子を用意して座っている彼女が履いているスリッパは青、つまりは三年生だ。
俺は小さく会釈をしながら、彼女をさっと観察した。
肩に届くか届かないかくらいまで伸ばされた髪は、軽くウェーブがかかっている。
アイロンで手入れをしているにしては統一感がないから、おそらく癖毛なのだろうということが伺える。
身長は黒峰と同じくらいで、大柄でも小柄でもない。
黒縁の眼鏡の向こうに見える目の周りにはどんよりとした隈が浮かんでいる。
あまり化粧っ気がないのだろうか、それを隠そうという意思もないようだ。
新学期が始まったばかりだというのに制服には所々にごまかしようのないシワが見て取れた。
あまり外見に気を使うタイプではないのだろう。
「いきなりでびっくりさせちゃったかな。ハルカはダイダイに次ぐ、歓迎会に向けた第二の助っ人だよ」
笑いながら黒峰が会話に入ってくる。
コイツ、また重大な報告をサラッと言ってのけた気がするんだが……。
「ちょ、ちょっと待てよ黒峰。歓迎会は三日後だぞ? 今更新しいメンバーとか、マジで言ってるのか?」
俺は慌ててそう口を挟んだ。
今日が金曜、明日明後日が土日、そしてその翌日が歓迎会本番の月曜日だ。
さすがに今からバンドメンバーが増えるとか、いくらなんでもまとまる気がしない。
「大丈夫……。私は、楽器は弾けないから……。軽音部の足手まといになることは、ないよ」
ボソボソとした口調で、長谷と名乗った先輩がそう告げる。
しかしその言葉の真意が全く見えてこない。
「えっと、長谷先輩。楽器が弾けないのに助っ人っていうのは、どういうことですか?」
黒峰と長谷先輩を交互に見やりながら、アンナがそう問いかけた。
俺も彼女の質問に乗っかるようにして、ふたりの先輩に訝しむように視線を向けた。
「んーっとね、歓迎会ではPAが用意されないってこと、前に話したの覚えてる?」
「はい。確かボーカル用のマイクも、体育館の設備のヤツをそのまま使うんでしたよね」
黒峰の言葉をアンナが受けるが、その表情はいまひとつ要領を得ないといった様子だ。
「でもさ、体育館くらい広い会場で、バンドの各パートの音量バランスを取るのってすごく難しいんだよね。ステージの上では丁度いいと思っても、案外オーディエンス側から聴くとチグハグな感じに聴こえることが多いの。PAがあるならそっちでバランス取ってもらえるから、そこまで気にすることもないんだけど、今回はそうもいかないんだよ」
「……そこで、私が呼ばれた」
そう言って、長谷先輩が俺とアンナに視線を向けてくる。
茫洋としたその瞳からは、いまひとつ彼女の感情を読み取ることができない。
「そういうこと。演奏前にちょっとだけ音出しをする時に、ステージの下からハルカにバランスをチェックしてもらおうってわけ。そうすれば、オーディエンス側からの客観的な音のバランスを調整することができるでしょ」
「ふむ……。でも、具体的にはどうやるんだ? 音出ししながらじゃ、声で指示を受けるわけにもいかないだろ」
黒峰の思惑は理解できるが、実際に長谷先輩はどうやって俺たちに指示を出すのだろうか。
バンドの演奏は、言うまでもなくかなりの音量だ。
それに負けないくらい大きな声で俺たちに指示を送る長谷先輩の姿なんて、今の様子を見ていると全く想像できない。
「それは、案がある……。大丈夫、すごくシンプルだから……」
そう言いながら、長谷先輩は頭と同じくらいまで両手を上げた。
そして静かに、左右の手でそれぞれ別々にグー・チョキ・パーを作ってみせる。
……なんでこの人は、いきなりひとりジャンケンなんていう寂しい遊びを始めてるんだ?
「ダイダイに見て欲しいのは、ハルカの右手だよ。グーの時はアンプの音量を下げる、パーの時は音量を上げる、チョキになったらそれでオーケー。ベースの私は、ハルカの左手を見て同じように音量を調整する。簡単でしょ?」
長谷先輩の奇妙な動きに黒峰が解説を加える。
なるほど、確かにシンプルだ。
しかし俺にはまだ気になる点があった。
「ギターとベースはそれでいいと思いますけど、ドラムとボーカルはどうするんですか?」
俺が気になっていたことを、一足早くアンナが質問する。
「ドラムは生音だから音量の調整がしにくいんだよね。だから今回はドラムの音を基準に、他のパートを調整しようかなって。ボーカルは、ハルカが右手を高くしたら上げる、左手なら下げる、両手とも同じ高さでオッケーって感じで、放送部の担当の人に調整してもらう予定だよ」
さすがは黒峰といったところか、俺たちの疑問にも先回りして対応を考えていたらしい。
これなら問題なく全体のバランスを取れるだろう。
「でも、長谷先輩はそこら辺のバランスの感覚って大丈夫なんですか? 楽器をやってない人に頼むのは、少し不安があるんですけど」
アンナが続けて問いを重ねる。
確かにアンナの言うことももっともだ。
そこを信頼して任せられるような要素が、長谷先輩にあるのだろうか?
「……その点は問題ない。少なからず自信がある」
「ハルカはね、DTMをやってるんだよ」




