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人生2周目の俺、バブル前夜から投資無双 ~未来を知っているだけなのに、気づけば日本最大の財閥を築いていました~  作者: なまら呑兵衛
第1部「小学生投資家」

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第9話 昭和の終わり

一九八九年一月七日、土曜日。

 朝から、テレビの画面が変わらなかった。


 どのチャンネルをつけても、同じニュースが流れている。

 バラエティ番組も、アニメも、すべて消えた。


「……昭和が、終わるのね」


 母さんが、ぽつりと言った。

 父さんは、新聞を広げたまま、じっと動かなかった。


 その日の午後、新しい元号が発表された。

 テレビの中で、官房長官が墨書の額を掲げる。


 平成。


 前世でも、俺はこの映像を見ていた。

 十二歳の俺は、ただ「学校の行事がなくなるのかな」としか思わなかった。


 今は違う。

 この元号が、どんな時代の名前になるのかを、俺は知っている。


 失われた十年。

 平成不況。

 就職氷河期。

 金融危機。


「へいせい、って、どういう意味?」


 結衣が、母さんの袖を引っ張った。

 九歳になった妹は、最近なんでも「どういう意味?」と聞く。


「えっとね、平和になりますように、って意味じゃないかな」

「ふーん。いい名前だね」


 結衣は満足そうに頷き、みかんの皮をむき始めた。


 平和に、なりますように。


 俺は、テレビの中の二文字を見つめた。

 この時代を、平和の名前にふさわしいものにできるだろうか。



 四月。

 俺は中学生になった。


 詰め襟の学生服は、少しだけ大きかった。

「すぐに背が伸びるから」と、母さんがわざと大きめを買ったのだ。


 同じ日、日本で消費税が始まった。

 三パーセント。


 スーパーのレジで、一円玉が飛び交うようになった。

 母さんは「計算が面倒になった」とこぼしながら、財布の小銭入れを大きなものに買い替えた。


「蓮、同じクラスだね!」


 入学式の日、沙月が駆け寄ってきた。

 髪を一つにまとめて、セーラー服を着ている。少しだけ背が伸びて、大人びて見えた。


「中学には天文部があるんだって。一緒に入ろうよ」

「俺、科学部に入ろうと思ってたんだけど」

「えー、じゃあ両方入ればいいじゃん。蓮、ロケット作るんでしょ? 宇宙のこと知らないロケット屋さんなんて、ダメだよ」


 沙月は、当然のようにそう言った。

 五年前の、天文図鑑を抱えた女の子と、何も変わらない目をしていた。


「……分かった。両方入る」

「やった!」


 前世の俺は、中学で彼女と話さなくなった。

 理由は、もう覚えていない。たぶん、照れくさかったとか、その程度のことだ。

 そんな理由で、縁は簡単に切れる。


 ――今度は、切らない。



 五月の終わり。

 ニュースの片隅に、小さな記事が載った。


『日銀、公定歩合を引き上げ 二・五パーセントから三・二五パーセントへ』


 九年ぶりの、利上げだった。


「始まったな」


 小樽の縁側で、祖父が新聞を置いた。


「うん。秋と、年末にもう一回ずつ上がる。来年になったら、もっと」

「蛇口を締め始めたわけだ。だが、皆はまだ気づいておらん」


 祖父の言う通りだった。

 利上げのニュースなど、誰も気にしていない。株価は相変わらず上がり続け、新聞には「日経平均四万円も視野に」という見出しが躍っている。


 祖父は、こほ、と咳をした。


「……じいちゃん、風邪?」

「なに、ただの季節の変わり目だ」


 祖父は手を振ったが、咳はしばらく止まらなかった。

 背中をさすりながら、俺は、ふと気づいた。


 ――知らない。


 祖父が、いつ死ぬのか。

 俺は、知らないのだ。


 前世の俺は、祖父とほとんど会わなかった。

 葬式があったことは覚えている。母さんが手帳を見せてくれたことも。

 だが、それが何年だったのか。俺が何歳だったのか。


 思い出せない。


 九〇年代の、どこか。

 それ以上、記憶をたどろうとしても、霧がかかったように何も見えなかった。


 四十五年分の未来を知っていると、思っていた。

 株価も、為替も、大事件も、ちゃんと覚えている。


 なのに、一番大事な人のことを、何も知らない。


「どうした、蓮。妙な顔をして」

「……じいちゃん、病院、行ってね」

「大げさな。年寄り扱いするな」


 祖父は笑ったが、俺は笑えなかった。


 契約書の第四条。

 ――記憶が外れたと思った時は、正直に言うこと。


 これは「外れた」のではない。最初から、なかったのだ。

 俺は、それを祖父に言えなかった。



 秋。

 俺と祖父は、売却の計画を立てた。


「三万八千九百十五円。大納会の日に、全部売る」

「全部をその日に売るのは、欲だ」


 祖父は首を振った。


「お前の記憶が、もし一日でもずれていたらどうする。大納会の前に、何かが起きたら。……頭と尻尾はくれてやれ、と言ったろう」

「じゃあ、どうするの?」

「十月から、少しずつ売る。半分は年内に、毎月少しずつ。残りの半分を、最後の取引日に」


 祖父は、方眼紙に計画を書き込んでいった。

 几帳面な字で、日付と銘柄が並ぶ。


 十一月九日。

 テレビが、ベルリンの壁の崩壊を伝えた。


 壁の上で、人々が抱き合い、ハンマーで壁を叩き壊していく。

 父さんも母さんも、食い入るように画面を見つめていた。


「すげえな。東と西が、一つになるのか」


 父さんがつぶやく。


 俺は、別のことを考えていた。


 あと二年で、ソ連が崩壊する。

 世界最大の宇宙大国の一つが、消える。

 何万人もの優秀なロケット技術者が、職を失い、行き場をなくす。


 前世で、その多くはアメリカや中国に渡った。

 もし、その一部でも、日本に来てくれたら――。


「蓮、どうした? 難しい顔して」

「……なんでもない。すごいね、って思って」


 俺は、テレビの中で砕けていく壁を見つめた。


 時代が、動いている。

 昭和が終わり、壁が崩れ、そして――あと一か月半で、日本の頂点が来る。


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