↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生2周目の俺、バブル前夜から投資無双 ~未来を知っているだけなのに、気づけば日本最大の財閥を築いていました~  作者: なまら呑兵衛
第2部「崩壊を止める少年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/26

第21話 十七歳の決算書

一九九三年四月。

 札幌駅前の古い雑居ビルの三階に、小さな事務所があった。


『山岸投資顧問』


 すりガラスの扉に、手書きの文字が貼ってある。

 中に入ると、机が二つと、書類棚と、旧式のパソコンが一台。それで全部だった。


「狭くて悪いね。一人でやってるから、これで十分なんだ」


 山岸は、そう言って苦笑した。

 五十を過ぎて、髪には白いものが増えている。祖父の葬儀から三か月。目の下の隈は、まだ消えていなかった。


「さて、天城くん。高野さんから預かった信託の、最初の報告だ」


 山岸は、机の上に一冊のファイルを置いた。


「年末時点で、総額二億三千万円。中身は、アメリカ株が六割。マイクロソフトとインテル。残りは、高野さんが去年の八月に買った日本株と、国債だ」

「アメリカ株、まだ増えてるんですね」

「増えてる。ウィンドウズが、とんでもなく売れてるからね。正直、私には何が起きているのか、よく分からないんだが」


 山岸は、眼鏡を外して目頭を押さえた。


「高野さんは、亡くなる前に私に言ったんだ。『信託の中身については、蓮の意見を聞け。最後の判断はお前がしろ』と。……つまり、君が私に助言をして、私が判断する。高野さんと君の関係と、同じ形だ」

「はい」

「最初に聞いておきたい。君の考えでは、これから三年、何を持っておくべきだ」


 俺は、ファイルを開いた。

 祖父の方眼紙と同じように、几帳面に数字が並んでいる。


「アメリカの株は、そのまま。九五年に、マイクロソフトはもっと大きく伸びます。それから、九五年の夏に、ネットスケープという会社が上場します」

「ネットスケープ」

「インターネットを見るためのソフトを作ってる会社です。上場した日に、株価が倍以上になります」


 山岸は、ペンを止めた。


「……天城くん。君は、時々、未来を見てきたような言い方をするね」


 心臓が、一つ跳ねた。


「高野さんも、そうだった。いや、高野さんは、君の言うことを、未来の事実みたいに扱っていた。私は、ずっと不思議だったんだ」

「……」

「聞かないでおくよ」


 山岸は、ペンを置いた。


「高野さんが信じた子だ。私は、高野さんを信じる。それで十分だ」


 俺は、深く頭を下げた。


 ――頼れ。


 祖父の最後の言葉が、胸の奥で響いた。



「部員、四人集まった!」


 放課後の物理実験室で、沙月が名簿を高々と掲げた。


『ロケット研究会 設立届』


 高校二年生の春。

 沙月は、約束通り、本当にロケットのクラブを作ろうとしていた。


「同好会として認めてもらうには、部員五人と顧問の先生が必要なの。あと一人! それと、顧問は蓮の担当ね」

「四人って、誰?」

「私と、蓮と、それから一年生が二人。小松くんと、佐伯さん」


 実験室の隅で、二人の一年生が小さく頭を下げた。


 小松は、ひょろりと背の高い眼鏡の少年だった。

 ラジオの分解が趣味で、半田ごてを握らせれば誰よりも器用だと、沙月が得意げに紹介した。


 佐伯は、髪を短く切った、無口な女の子だった。

 手にはスケッチブック。中には、精密な機械の図面が何枚も描かれている。


「……これ、全部自分で描いたの?」

「はい。工業高校に行きたかったんですけど、親に反対されて」


 佐伯は、少しだけ悔しそうに言った。


 俺は、二人の顔を見た。

 前世の記憶をたどる。小松。佐伯。どちらも、覚えのない名前だった。


 ――そうか。

 前世の俺は、高校で何もしなかった。ロケットのクラブなど、存在しなかった。

 だから、この二人に出会うこともなかった。


 この世界で、初めて出会う人間たち。

 未来の記憶に、一行も書かれていない人たち。


「よろしく。天城です」


 俺が手を差し出すと、小松は慌ててズボンで手を拭いてから握り返した。

 佐伯は、少しだけ迷ってから、小さく頷いて握手をした。


「あと一人は、私が絶対に連れてくる。蓮は顧問の先生を説得してね。物理の田所先生、ロケット好きらしいから」


 沙月は、もう次の計画を立てていた。



 六月。

 北斗精工の事務所に、一台の黒塗りの車が止まった。


 降りてきたのは、紺のスーツを着た若い女性だった。

 栗色の長い髪を、きっちりと後ろでまとめている。年は、二十歳前後だろうか。

 その後ろに、鞄を持った中年の男が二人、控えるように立っていた。


 その日、俺は父さんの忘れ物を届けに、たまたま工場に来ていた。


「――北村社長はいらっしゃいますか」


 女性は、事務所の入り口で、作業着姿の父さんに声をかけた。

 丁寧な口調だった。だが、その目は笑っていなかった。


「は、はい。社長は奥に……どちら様で?」

「九条グループの、九条麗華と申します」


 九条。

 その名前に、父さんの顔が強張った。


 九条グループ。

 戦前の財閥の流れを汲む、日本有数の企業集団だ。銀行、商社、重工業、化学。傘下の企業は数百社に及ぶ。


 そして俺は、その名前を、前世の記憶の中に持っていた。


 ――九条銀行。

 一九九八年に、経営破綻する銀行の一つ。


 応接室に通された九条麗華は、北村社長の前に、一冊の書類を置いた。


「単刀直入に申し上げます。北斗精工の株式を、九条グループで買い取らせていただきたいのです」


 北村社長が、目を丸くした。


「買い取り、ですか」

「はい。御社の精密加工技術は、半導体製造装置の業界で高く評価されております。九条グループには、半導体装置の子会社がございます。御社をグループに迎え、技術を活かしていただきたい」


 麗華は、淀みなく話した。

 まるで、何度も練習した原稿を読み上げるように。


「条件は、こちらに。現在の株価評価の、一・五倍で買い取らせていただきます」


 北村社長が、書類をめくる手を止めた。

 その額は、小さな町工場には、目も眩むような数字だったのだろう。


「……ありがたいお話ですが、うちの株は、私が六割、そこにいる天城が四割を持っております。天城の分は、亡くなった義理の父上から相続したもので」

「存じております」


 麗華は、そこで初めて、事務所の入り口に立っていた俺に目を向けた。

 まっすぐに。冷たく、値踏みするように。


「そちらが、天城蓮さんですね」


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


「なぜ、俺の名前を」

「高野宗一郎氏が、晩年に北斗精工に出資された経緯は、調べさせていただきました。そして、その出資の判断に、お孫さんが深く関わっておられたことも」


 麗華は、薄く微笑んだ。


「高野宗一郎。かつて、証券業界で『崖の見える男』と呼ばれた方。バブルの頂点で全ての株を売り抜け、底で買い戻した。……私の祖父が、その名前を聞いて、とても悔しそうな顔をしておりました」


 応接室の空気が、張り詰めた。


「天城蓮さん。あなたに、お会いしたかったのです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。