↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生2周目の俺、バブル前夜から投資無双 ~未来を知っているだけなのに、気づけば日本最大の財閥を築いていました~  作者: なまら呑兵衛
第2部「崩壊を止める少年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

第17話 小さなロケット

「ノーズコーンを、金属で作りたい?」


 六月の夜。

 夕食のあと、父さんが俺の描いた図面を眺めて首をかしげた。


「模型ロケットってのは、紙とかプラスチックで作るもんじゃないのか」

「普通はね。でも、先端に少しだけ重さを持たせると、まっすぐ飛ぶんだ。重心を前に出すために」

「ああ、ペットボトルの時の、粘土の話か」


 父さんは、図面を指でなぞった。


「アルミで、この形を削り出すのか。中は空洞にして、重さを調整……なるほどな。外側の曲線は、この数式の通りに?」

「うん。空気の抵抗が一番少なくなる形なんだ」

「ほう」


 父さんの目つきが、職人のそれに変わった。


「――面白え。やってやるよ」


 父さんは、図面を丁寧に畳んで、作業着のポケットにしまった。


「じいちゃんに見せるロケットなんだろ。だったら、半端なもんは作れねえ」


 俺は、父さんの顔を見た。

 父さんは、照れくさそうに頭をかいた。


「お義父さんには、借りがあるからな。工場も、俺も。……それに、言っただろ。蓮のロケットの部品は、父さんが削ってやるって」


 五年前の、工場での約束。

 父さんは、覚えていた。



 七月。

 理科室の机の上に、一本のロケットが横たわっていた。


 全長、七十センチ。

 白く塗った紙の筒に、三枚の羽根。先端には、父さんが削った銀色のノーズコーン。

 胴体には、沙月が筆で書いた文字が入っている。


『タカノ一号』


「名前、勝手に決めちゃったけど、よかった?」

「……いいよ。すごく、いい」


 沙月は、照れたように笑った。


「計算では、到達高度は三百二十メートル。頂点でパラシュートが開いて、ゆっくり降りてくる。風が弱ければ、打ち上げ場所から百メートル以内に落ちるはず」

「パラシュートが開かなかったら?」

「開く。三回、試験したもん」


 沙月は、自信満々に胸を張った。

 この四か月、彼女は受験勉強の合間に、何十枚もの計算用紙を埋めてきた。


 前世の俺の部下にも、ここまで粘り強い技術者は何人もいなかった。



 八月の第一日曜日。

 石狩の、海に近い広い草原。


 朝から、よく晴れていた。

 風は、ほとんどない。


 顧問の先生が、発射台を組み立てている。科学部の後輩たちが、安全のための立ち入り禁止のロープを張っている。

 沙月は、何度も何度も、ロケットの点検を繰り返していた。


 そして――。


「来たよ、蓮!」


 沙月が、草原の入り口を指さした。


 一台のタクシーが止まった。

 後部座席から、母さんが降りてくる。続いて、父さんが、もう一人を支えながら降りてきた。


 和服姿の、痩せた老人。

 杖をつき、父さんの腕に掴まりながら、ゆっくりと草原を歩いてくる。


「……じいちゃん」


 祖父は、俺の前で立ち止まった。

 顔色は悪かった。息も、少し上がっている。

 だが、その目だけは、昔と変わらず鋭かった。


「来たぞ。お前のロケットとやらを、見せてもらおう」


 父さんが、折りたたみの椅子を広げた。

 祖父はそこに腰を下ろし、発射台の上のロケットを見上げた。


「……タカノ一号、か」

「沙月が、名前をつけてくれたんだ」


 祖父は、沙月の方を見た。

 沙月は、緊張でカチコチになりながら、深々と頭を下げた。


「は、はじめまして! 白峰沙月です! あの、勝手に名前つけちゃって、すみません!」


 祖父は、しばらく沙月を見つめていた。

 それから、ふっと目を細めた。


「いい名だ。ありがとう、お嬢さん」



「カウントダウン、始めます!」


 顧問の先生の声が、草原に響いた。

 俺は、点火装置のスイッチを握りしめた。手のひらが、汗で湿っている。


 前世で、何十回もロケットの打ち上げを見てきた。

 巨大なエンジンの燃焼試験にも、何百回も立ち会った。


 なのに、今日ほど緊張したことはなかった。


「十、九、八――」


 沙月が、隣で両手を組んでいる。

 父さんと母さんが、祖父の椅子の両脇に立っている。


「五、四、三――」


 祖父が、杖を握りしめて、身を乗り出した。


「二、一――点火!」


 スイッチを押す。


 シュボッ、と乾いた音。

 白い煙が、発射台を包んだ。


 次の瞬間、タカノ一号は、空へ駆け上がった。


 まっすぐに。

 一本の白い線を、青い空に引きながら。


 速い。

 あっという間に、小さな点になる。


 俺は、空を見上げたまま、息をするのも忘れていた。


 点が、止まった。

 頂点だ。


 ――開け。


 小さな、オレンジ色の花が開いた。

 パラシュートだ。


「開いた……!」


 沙月が、叫んだ。


 オレンジ色の小さな花が、夏の空をゆっくりと降りてくる。

 その下で、銀色のノーズコーンが、太陽の光を反射してきらりと光った。


 後輩たちが、歓声を上げて走り出す。

 顧問の先生が、高度計の数字を読み上げた。


「到達高度、三百十八メートル!」


 沙月の計算と、たった二メートル違い。


 沙月が、その場で飛び跳ねた。

 母さんが、拍手をしている。父さんが、拳を握りしめていた。


 俺は、ゆっくりと振り返った。


 祖父は、椅子に座ったまま、空を見上げていた。

 オレンジ色のパラシュートが、草原に舞い降りるまで、ずっと。


「……じいちゃん」


 祖父は、俺を見なかった。

 ただ、空を見上げたまま、小さく言った。


「見えたぞ」


 その声は、少しだけ震えていた。


「お前のロケットが、空へ昇っていくのが。……ちゃんと、見えた」


 祖父の目の端から、一筋、涙がこぼれた。

 祖父は、それを拭おうともしなかった。


「三百十八メートルか。……NTTの天井と、同じ数字だな」


 思わず、吹き出した。

 祖父も、つられて笑った。涙を流しながら、笑っていた。


「縁起がいいのか悪いのか、分からん数字だ」

「今度は、天井じゃないよ。始まりだよ」

「……そうだな」


 祖父は、ようやく俺の方を向いた。


「蓮。次は、もっと高く飛ばせ。三百メートルの次は、三千メートル。その次は、三万メートル。……いつか、本当に宇宙まで」

「うん」

「わしは見られんが、空の上から見ておる」

「……そういうこと、言わないでよ」

「年寄りの特権だ」


 祖父は笑い、杖をついて立ち上がった。

 父さんが、慌てて腕を支える。


 沙月が、回収したタカノ一号を抱えて、走って戻ってきた。

 銀色のノーズコーンには、傷一つなかった。



 その夜。

 テレビのニュースが、遠い国の出来事を伝えていた。


『――ソビエト連邦で、保守派によるクーデターが発生しました。大統領は休暇先で軟禁されているとの情報があり――』


 八月十九日。

 世界最大の宇宙大国が、音を立てて崩れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。