↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生2周目の俺、バブル前夜から投資無双 ~未来を知っているだけなのに、気づけば日本最大の財閥を築いていました~  作者: なまら呑兵衛
第2部「崩壊を止める少年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/25

第14話 半値の秋

一九九〇年八月二日。

 イラクが、隣の国クウェートに攻め込んだ。


 テレビには、砂漠を進む戦車の映像が繰り返し流れている。

 石油の値段が跳ね上がり、日本の株は、さらに崩れた。


「ガソリン、また上がるのか」


 夕食の席で、父さんがため息をついた。

 北斗精工の配達用のトラックは、ガソリンで走っている。


 俺は、テレビの中の砂漠を見ていた。

 これも、記憶の通りだ。来年の一月には、アメリカを中心とした多国籍軍が反撃する。湾岸戦争。

 そして、日本はそこでも、金だけ出して誰からも感謝されない国になる。


 ――それは、俺が変えられる範囲の話じゃない。


 自分に言い聞かせる。

 今の俺に変えられるものは、まだ、ごく小さい。



 八月の終わり。

 全道中学生ペットボトルロケット大会。


 会場の河川敷には、道内の中学校から三十以上のチームが集まっていた。

 俺と沙月の六号機は、試作を重ねて七十五メートルまで飛ぶようになっていた。


「緊張する……」


 沙月が、ロケットを抱きしめるようにして発射台の前に立った。

 手が、少しだけ震えている。


「大丈夫。計算は合ってる」

「蓮の作ったロケットも、合ってる?」

「合ってる」

「……じゃあ、大丈夫だね」


 沙月は、深く息を吸った。


「三、二、一――」


 六号機は、夏の空に真っ直ぐ駆け上がった。

 白い水の尾が、陽の光にきらめく。


 放物線の頂点を越え、ゆっくりと落ちていく。

 河川敷の向こう、計測員が旗を上げた。


『――八十四メートル!』


 会場が、どよめいた。


 去年の優勝記録を、四メートル上回った。

 沙月は、その場にへたり込んだ。それから、両手で顔を覆った。


「……飛んだ。ほんとに、飛んだ」


 指の隙間から、涙がこぼれていた。

 俺は、黙ってタオルを差し出した。


 結果は、優勝だった。

 表彰台の上で、沙月は賞状を抱きしめたまま、ずっと空を見上げていた。


「蓮。私、決めた」

「何を?」

「大学で、ロケットの勉強する。宇宙の研究だけじゃなくて、ロケットも。だって、行く手段がないと、宇宙に行けないもん」


 前世の彼女は、宇宙物理学者になった。

 空を見上げる側の人間だった。


 今、彼女は、空へ行く側の人間になろうとしている。


 ――歴史が、また少し動いた。

 今度は、株価でも、政策でもなく。一人の女の子の、未来が。



 九月。

 日経平均は、二万三千円台まで落ちていた。


 学校帰りの道で、母さんのパート仲間とすれ違った。

 三年前、NTT株が当たったと大喜びしていた人だ。


「あら、蓮くん。……お母さん、元気?」


 その人は、ひどくやつれていた。

 あとで母さんから聞いた。旦那さんが、NTTの儲けを元手に借金をして、株と土地を買い増していたのだという。

 その土地は、今では買った値段の半分でも売れない。


「家、手放すかもしれないんだって」


 母さんは、それだけ言って、黙って洗い物を続けた。


 俺は、自分の部屋に戻って、未来ノートを開いた。

 一九九〇年のページ。「株価下落」「総量規制」と、他人事のように書いてある。


 その文字の向こうに、何万、何十万という家族がいる。

 俺は、それを知っていた。知っていて、救えなかった。


 ノートを閉じた。

 眠れなかった。



 十月一日。

 日経平均は、一時二万円を割り込んだ。


 九か月前の、ほぼ半分。

 日本中の株の値打ちのうち、二百兆円以上が一年足らずで消えた計算になる。


 その週末、小樽の祖父の家に、珍しく客が来ていた。


「高野さん。……本当に、ありがとうございました」


 畳に額をこすりつけるようにして頭を下げているのは、五十がらみの男だった。

 山岸。祖父の古い知り合いで、この五年間、祖父の注文を受けてきた証券会社の男だ。


「あの大納会の日、高野さんに言われた通り、年明けに持ち株を全部整理しました。うちの課長も部長も、笑ってましたよ。『年寄りの言うことを真に受けて』って」


 山岸は、顔を上げた。

 目が、赤くなっていた。


「その課長は、先月、会社を辞めました。信用取引で、家も車も全部なくしたそうです。部長は、顧客の損失を穴埋めしようとして……今、社内で調査を受けています」


 祖父は、黙って茶をすすった。


「私は、家族を守れました。高野さんのおかげです」

「わしではない」


 祖父は、湯呑みを置いた。

 そして、縁側で話を聞いていた俺の方を、顎でしゃくった。


「礼なら、この子に言え」

「え?」


 山岸が、きょとんとした顔で俺を見た。

 十四歳の中学生を。


「……お孫さん、ですか?」

「わしの相談役だ」


 祖父は、それ以上何も説明しなかった。

 山岸は、狐につままれたような顔で俺を見つめ、それから、おずおずと頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございました……?」


 俺は、どう返していいか分からず、ただ頭を下げ返した。



 山岸が帰ったあと。

 縁側で、祖父が言った。


「全員は救えん」


 まるで、俺の心を読んだようだった。


「お前が、母親のパート仲間のことで眠れておらんのは、春子から聞いた」

「……」

「全員は救えん。わしも、四十年かかって、それを思い知った。だが、救える者はいる。山岸がそうだ。お前の父親の工場も、そうだ」


 祖父は、庭の盆栽を見つめた。


「松はな、全部の枝を伸ばそうとすると、木そのものが弱る。どの枝を残すかを決めるのも、育てる者の仕事だ」

「……全部の枝を、残したい」

「なら、強くなれ。もっと大きな木になれ。そうすれば、残せる枝も増える」


 祖父は、こほ、こほと咳をした。

 背中をさすろうとした俺の手を、祖父はそっと押しとどめた。


「蓮。もう一つ、話がある」


 その時、居間の黒電話が鳴った。


 祖父が受話器を取り、二言三言話して、俺に差し出した。


「お前にだ」


 受話器の向こうから、聞き覚えのある、疲れた声がした。


『――黒崎だ。君の言った通りになった』


 十月の風が、障子を揺らした。


『四半期の報告が、最初の一回分、上がってきた。……正直に言う。数字が、ひどい。銀行の連中は、まだ隠している。それでも、ひどい』


 黒崎は、少し間を置いた。


『救急車の話を、もう一度聞かせてくれないか。君の考えを。――次は、何が起きる?』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。