女子大生の目的
次女の賑やかな声を先頭に、寿司が並べられた大きな丸いトレイを2枚重ねられた状態で包まれている寿司の包みを、両手で慎重な顔をして持った長男が持ってリビングに入場してくる。
改めてお茶を入れて、我が家族に香恵ちゃんを交えて賑やかな夕食会は、夜の8時ごろまで続いた。
次女は「香恵ねえちゃん、香恵ねえちゃん」と懐いて離れなかった。
この準ミスキャンパスは、端麗なのは容姿だけでなく、年下の子にも慕われる優れた人格も持ち合わせているのが、この一席だけで結子は汲み取った。
何人もの部下や同僚と仕事をする旦那も、
「2年後、どんな上場企業に就職するのか、今から楽しみなくらい有能な人材だな。」とつぶやいたので、結子も納得して頷いた。
食事も終わり落ち着いたところで主人が声をかける。
「じゃあ、香恵ちゃんの下宿まで送っていこう。」
「私も行く!いこう!いこう!」と、次女がはしゃぐのも、長女が喜ぶのもわかるが、長男まで
「俺も行っていい?」と言い出したのには驚いた。
香恵ちゃんの表情が一段明るくなるのが結子にもわかった。
旦那が子供3人を引き連れて、香恵ちゃんを送りにミニバンを出してくれた。
「すみません、すっかりご馳走になって、片付けもしないで。
ありがとうございました。」
育ちの良さが出る礼儀正しさに感心しつつ
「こちらこそ楽しかったわ。片付けるものなんてほとんどないし、気にしないで。
それよりまた是非、遊びに来てね。」と言って結子は見送った。
「おそらく、ファミレスでデザート食べるコースだな。」と、この手の予想はほぼほぼ外さない当たる家族予想をしながら、帰ってくる時間を計算する。
長女が通う大学のある地域まで、車で約30分くらいの距離。
きっと香恵ちゃんも交えてファミレスに寄るだろうから、30分くらいはプラスになるだろう。
ということは、1時間半。
大して片付けするものも洗い物もないので、さっさと片付けちゃえば、1時間以上の時間はできる。
よし、さっさとやっつけて、由依ちゃんに電話してみよう。
結子は決めると早い。
寿司屋の大きな丸トレイを二つ折りにして、もうひと折りして四つ折りにする時、ちょっと力を入れる気合い入れの時に、17階のマンションで見た男性の、忌々しいあの女性を蔑んだ卑屈な笑顔を、へし折りの力入れに使った。
由依に聞きたいのは
・なぜ、由依が朝夕ともにあのマンションの前にいたのか。
・なぜ、由依の口からピンポイントで17階という階数が出てくるのか。
・由依もマンションの中に入ってエレベーターに乗ったことはあるのか。
・由依にとって、17階には何があるのか。
・あの空間で自分の身がすり抜けられるものと触って動かせるものの違いに法則があるのか。
主にはこんなところだが、話をして行くうちに、聞きたくなる、共有したくなる細々なことも出てくるだろう。
とはいえ、由依ちゃんは今頃豊功くんの部屋で過ごしているはず。
「邪魔するような野暮な時間をあんまり取りたくないなぁ。」
とりあえず、今日自分が体験したことを1人で持っておくのは、ちょっと重い。
結子が知る限り、あの空間を知る唯一の人物である由依と共有したい。
共有しておきたい。
理由はわからないけれど、結子の中で由依と共有しておくべきだ、という意思が頭の中で深く働く。
「箇条書きで書き出した分だけ聞けたら良しとしよう。」
そう思ったところに、結子のスマートフォンがショートメッセージの着信を知らせて画面が明るくなる。
「長女から?」
「お母さん、香恵がめちゃくちゃ喜んで、ありがとうって。
今5人でファミレスデザート中。お母さんにもちゃんと買って帰るから。」
「香恵ちゃんにも、またおいでって伝えて。重大な送り届けと帰宅まで気をつけてよろしく。デザート待ってる。」と返信した。
そのスマートフォンが結子の手の中で震えた。
由依からの電話だ。
「もしもし、水戸です。」
「先生、こんばんは。北岡です。
夜分にすみません…今ちょっとお時間よろしいですか?」
「大丈夫よ。こんばんは、由依ちゃん。
私も今、由依ちゃんにお聞きしたいことがあって、電話しようと思ったところだったのよ。」
「そうだったんだ。じゃあよかった。」
「うん。由依ちゃんのお話から聞かせてもらってもいい?」
「はい。
ひょっとして先生なら夕方にもあそこに入ってるんじゃないかと思って、入って行ってみたらいらっしゃったんで。来週大学でお会いする前に、お話ししておきたいというか、共有したいことがあって。」
「そうなのね。あ、由依ちゃん今、大島くんと一緒なの?」
「はい。豊功の部屋で一緒にいます。隣で聞いています。」
「え?そうなの?」
「はい。」
「先生、大島です。お昼、写真撮らせてもらってありがとうございました。」
「いえいえ、どういたしまして。
あ、スピーカーモードか。じゃあ。豊功くんも一緒に聞いてくださるのね。」
「はい。実は随分前から、由依さんと僕は一緒にいまして。」
「うん。由依ちゃんからお昼、お話をある程度、豊功くんのことも伺ったわ。
じゃあ、お二人も共有されてて、私も共有させてもらえるお話ってことね。」
「はい。
そして、これは今の段階では、結子先生と豊功と私だけの3人だけの話にしておいて欲しいんです。」
「わかったわ。」
「絶対お願いします。」
「うん、約束する。」
「ありがとう、先生。
あのね、先生。
私、この大学には復讐のために来たの。」
「え?はあ?」
いきなりこの女子大生、何を言い出した?




