大学の秘密研究施設
「ああ!有機農家レストランのお弁当じゃないですか!すごぉ〜い!」
由依が歓声をあげる。
「地元の契約農家からの野菜しか使わずに、旬食材の良さを最大限に活かしてるって評判のレストランですよね。
ネット番組で行きたいって、オーダー出してるんですけど通らないんで、私もよけいに気になってたんです。」と、結子も続いた。
「オーナーの娘さんが、この大学の卒業生で私の研究会にいたご縁で、時々注文を取りに電話をかけてきてくれるんですよ。
ここから研究室に戻ったタイミングで、ちょうど電話をくれたんで、3つお願いしたら
『団体オーダーの配達で近くに行くんで持って行きます。』って、持ってきてくれたの。」
「マジですか!
あの店並んでもなかなか食べられないのにぃ…確かお弁当は数量限定のはず。」と、由依が驚く。
「ふふふ、ご縁は大切にしておくものですね。ありがたいわ。」と、丸山先生が笑った。
3人は、なごやかに有機農家レストランの弁当を食べながら、由依も研究チームの一員だと言う、丸山助教授の研究会の話になった。
「何の研究会なんですか?」
結子が二人に尋ねると、由依が
「海洋生物科学です。」と答え、結子はつい
「へ?」と言う、なんとも間抜けな声を出して丸山先生を見てしまった。
もっとも結子がそうなるのも無理はない。
この大学は文学部も併せ持つ大学ではあるが、一般的には工学理系のイメージが強く、海から少し離れたどちらかと言うと山地に近い場所にある。
海洋生物と関わりありそうなものは、結子がこの大学に関することで知る範囲に見当たらない。
そもそも丸山先生は、日本文学のご専門。根っからの文学部助教授というのが結子の認識だったからだ。
由依が言うには、スーパーコンピュータによる最先端の情報技術工学を駆使して植物を分析したり、生物の特殊能力を解析解明することで、新たな医療・福祉機器を開発する試みながら人々の暮らしや地球環境に役立つテクノロジーの開発に貢献しようというのが丸山先生の研究会の活動目的だと言う。
その研究会は、丸山先生がこの大学に赴任した15年ほど前に、船舶の建造、修理、保守、点検などを行うための専用施設「船のdock」を持っていた造船会社の跡地を大学が買い取って、研究施設として使っている施設で行われていると言う。
研究施設にある船のdockは、一方が海に面していて、三方が陸地に接してコンクリートや鋼で作られた巨大な水槽のような構造になっている。海に面した側の入口には「ドックゲート」と呼ばれる巨大な扉があって、船を入れた後に海水を排出して内部を乾燥させる仕組みになっているそうだ。
「最大6万トン級のタンカーまで受け入れていたdockなのよ。」と、丸山先生に言われても結子には全くピンとこなかったのだが、由依が
「6万トン級タンカーって、全長200mくらいのタンカーで、中型タンカーでも小さい方に入るそうです。石油を外国から運んでくるのは、今は30万トンクラスが主流っていいますから、時代の波に乗った造船会社は手狭になって出たそうです。」と言ったので、野球付きの結子は
「全長200mくらいってことは、私がウグイス嬢をやっていた市立球場のバックネットからバックスクリーン後ろまでくらいかな。」と、自分なりの換算で大きさを想像していた。
そんなことを考えていた結子に、丸山先生が
「この大学には、当時そんな施設を買い取る財力はなかったんだけど、由依ちゃんが言ったように、上り調子で拡大していった会社だから、施設提供の協力と研究費の援助まで申し出てくださったのよ。」
「それは、丸山先生の研究が造船業界も注目する研究だったからですよ。」
由依の言葉に結子が反応した。
「丸山先生の研究が、造船業界も注目?」
「江戸時代の文献に出てたことを追いかけてたの。入り口はヘッピリ虫だったの。」
「ヘッピリ虫?」いちいち驚かされる結子のリアクションを、由依は可愛らしいものを見守るような笑顔で見ていた。
「石の下の湿った場所にいるゴミムシの仲間で、ミイデラゴミムシという虫で、身の危険を感じる刺激を受けるとお腹から大きな音と一緒に、 煙と臭い毒ガスを発射する虫。
この虫の話から江戸時代の文献に興味を持った私は、フジツボが貝じゃなくて、カニやエビの仲間じゃないかって言う文献があってね。
それがきっかけでフジツボや牡蠣の研究したら、固着動物が付きにくい塗料商品ができたの。」
丸山の言葉に、由依が続く。
「その丸山先生の研究に、豊功の研究知識が加わって、新しいものを作り出したんですよ。」
「そこにつながる?」
「どうしても越えられなかった壁が、由依ちゃんの彼氏、豊功くんのおかげで乗り越えられたのよ。
まあ、見た目は古い造船工場跡の建物と施設だけど、中身は最新鋭の設備、装備が充実してるの。水戸先生も一度来てくださいよ。
あの研究施設なら、あの夜、横川先生や伊勢崎先生と話したこともじっくりお話ができるわよ。」
そう言って浮かべた丸山の笑顔は、底知れない闇から顔を覗かせたような、不敵な笑いに結子には見えた。
怖いとか嫌な感情はなく、むしろ自分の可能性が広がりそうな不思議な期待感を持っていた。




