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Healingの時と同じ夢遊状態で

 通勤時間帯を避けたせいか、比較的空いている朝の電車で座れてよかった。

 ポケットWi-Fiの電源を入れる。

 長押しで電源マークが表示されたところで、指を外す。


 また初めて見る文字が表示されていた。


「dungeon」


「dungeon?冒険者ゲームかなんかのエラーメッセージ?

 そんなアプリ入れてないけどなぁ。

 ていうか、これポケットWi-Fiじゃん。」


 そう呟いて結子は、スマートフォンを取り出して画面を見る。


 すると、Healingの時と同様に「開く」と「閉じる」のアイコンが表記されていた。


 結子が「開く」のアイコンをタップすると、電車の座席に座っている感覚はそのままに、車内放送も聞こえる。

 車窓を通りすぐて行く景色も、いつもと同じ。


 ただ脳内で別の結子が、見ず知らずの町の高級マンションの建物の前に立っている。

 俯瞰画像で見ると今日の服装そのままの結子である。

 結子の前を人が行き過ぎる。

 会話も聞こえる。

 マンションの住人らしい人が出入りする様子も見える。


 しかし、マンションの入り口近くに立っている結子の姿は、そこを行き交う人にもマンションに出入りする住民の人にも見えていないようだ。

 歩道の中程に立っていた結子は、横から自転車が来たと思って自転車の方に向いたが、自転車の人は驚いた様子も全くなく、そのままなにもないが如く減速することもなく、結子の身体を通り抜けて行った。

 驚いて結子が思わずよろけた先にいた、通園バスを待つ親子のママさんを横から押すようになった、と思ったが、実際には、結子が親子をすり抜けただけで、親子には結子の存在はまるで空気の如くで何の変化もなかった。


「Healingの時と同じ、夢遊状態ね。」


 少し落ち着いてくると、住民が出入りしているマンションの自動ドアではない、右端のはめ込みガラスの色が。左端のガラスの色と明らかに違って暗い。

 というか、どこかに繋がる何かの入り口にも見えてくる。


 近寄ってみた。


 薄暗いが、確かにここから中に入れる感じがする。


 離れて見ていた時のようなガラスはない。


 入ってみた。


 マンションの建物の入り口の自動ドアではないところから、建物の中に入ってしまった。

 管理人さんの部屋が正面にある。

 いくら講師としての格好でいるとしても、見慣れない不審な人物だろう。

 だが、結子の姿は、管理人さんには全く見えていないようだ。

 というか、だれにも結子の姿は見えていないのだ。


「そりゃそうか。私の夢の中みたいなもんだもんね。」と一人で納得した。


 結子の進むルートを指し示すように、結子の目の前の一部の風景が薄暗くなっている。

 俯瞰で見るとそのルート表示は明らかだった。

 エレベータに乗れと示している。

 エレベータ前に来た。

 ちょうどエレベータが降りてきて扉が開き、住民の方が何人か降りた。

 そして1階で待っていた住人の方が3人、乗り込んだ。

 当然だが、結子にはいっさい気づいていない。

 まさに空気のような状態である。


 上がって行くエレベータの位置を示す階数とは別に、結子には17階の表示が赤く光って見えた。


「17階。何かあるんだろうな。

 でも、それは今からじゃなくていい気がする。

 ひとまず戻れるかどうか確認しよう。」


 そう思いついて、結子は来た道を引き返して、マンションの外に出た。

 入ろうとすれば再び入ることもできた。

 エレベータ前まで入って、もう一度エレベータの階表示を見ても、やっぱり17階の表示が赤く光っている。


 別の住人の方がエレベータに乗りに来て、階数表示を見たが、まったく気にする様子はなかった。

 立ち位置をずらして、薄暗く見える視界のエリアを表示から外してみると、赤く光ってはいなかった。

 つまり結子の視界の中で、うす暗く見えているところは結子にしかわからない違いが出ていて、それ以外に人には普段通りに見えている現実世界ということなのだろう。


 車内アナウンスが、結子の降りる駅に間もなく到着することを告げた。


 結子は急足でエレベータ前から離れてマンションの外に向かった。

 外に出てマンションからも少し離れた。


 やはり出入り口の自動ドアを挟んで、左側のガラスより右端のガラスが薄暗い。

 スマホのカメラ機能を立ち上げようとしたが「開く」「閉じる」のアイコンが外れなかったので、立ち上げられなかった。

 スクロールも効かない。


 結子は諦めて、「閉じる」のアイコンをタップした。

 その瞬間、半異空間の脳内映像は消えて、完全現実の世界の戻った。

 車内の音の音量が通常レベルで、結子の耳に入ってくる。

 目の前の景色も、現実世界の電車車内の様子だ。


 結子は、カバンにポケットWiFiをしまい、乗り換えの電車の待つホームに歩いて向かった。

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