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淡い残光  作者: 蒼狐


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第12章 交差する影と光

 湖畔から帰って二日後、楓は悠真と再び会った。


 今回は、二人とも無言の了解で、ホテルではなく街外れの静かなレストランを選んだ。

 窓際の席で向かい合い、食事のほとんどを残したまま、互いに言葉を探していた。


 悠真が先に口を開いた。


「俺は……もう、妻に離婚の話を切り出した。

 君の返事を待って、すべてを進めるつもりだ」


 楓はフォークを握る手に力を込めた。

 胸の奥が熱くなり、同時に冷たい痛みが広がる。


「私も……夫に、すべてを話したわ。

 美咲の前では、まだ何も言えないけど……」


 悠真の目が、わずかに輝いた。

 しかし、楓はゆっくりと首を横に振った。


「でも、まだ決められない。

 あなたと一緒に生きる未来も、家族とこれまで通り生きる未来も、

 どちらも、私には重すぎるの」


 悠真は静かに息を吐いた。

 彼の指が、テーブルの上で軽く震えていた。


「俺は君を待てる。

 でも、いつまでもじゃない。

 ……君が選ばないなら、僕は一人で進むしかない」


 その言葉は、優しく、しかし残酷だった。

 楓は目を伏せ、涙が零れるのを堪えた。

 レストランを出た後、二人はしばらく無言で並んで歩いた。

 別れ際、悠真がそっと楓を抱きしめた。

 その抱擁は、これまでで一番優しく、しかし一番悲しかった。


 家に帰ると、夫の拓也がリビングで待っていた。

 美咲はもう寝ていた。

 拓也はソファに座ったまま、静かに言った。


「美咲には、まだ何も言っていない。

 ……お前はどうしたいんだ?」


 楓は夫の正面に座り、初めてまっすぐに向き合った。

 十二年間の結婚生活で、こんなにも正直に気持ちをぶつけたことはなかった。


「私……他の人を愛してしまった。

 でも、拓也のことも、美咲のことも、愛しているの。

 どちらも失いたくない。

 こんな身勝手なこと、言える資格なんてないけど……」


 拓也は長い間黙っていた。

 やがて、疲れたような、けれども穏やかな声で言った。


「俺は……お前を恨む気はない。

 ただ、美咲を傷つけたくない。

 離婚するなら、ちゃんと話し合おう。

 でも、まだ家族でいたいなら……もう一度、やり直せるか考えてくれ」


 その夜、楓は自分の部屋で一人、膝を抱えて泣いた。

 夫の優しさ、悠真の情熱、娘の無垢な笑顔。

 すべてが愛おしく、すべてが苦しかった。


 翌朝、楓は久しぶりに美咲を学校に送り出した。

 娘の手を握りながら、楓は静かに思った。


 私は、もう子供ではない。

 誰かの妻でも、誰かの母でもなく、

 一人の女として、生きる責任がある。


 その日の午後、楓はノートパソコンを開き、久しぶりに自分の言葉で文章を綴り始めた。

 それは、書評でも小説でもない、ただの独白だった。


 〈私は今、二つの光の間で立っている。

 一つの光は情熱で、私を輝かせてくれる。

 もう一つの光は、静かで温かく、長い時間をかけて私を照らしてきた。

 どちらを選んでも、私は何かを失う。

 でも、失うことを恐れて、光を拒むのは、生きているとは言えないのかもしれない。〉


 書き終えたとき、楓の胸に、初めて小さな確信のようなものが芽生えた。

 まだ、答えは出ていない。

 しかし、答えを探す自分を、ようやく肯定できるようになっていた。


 淡い残光は、

 まだ、彼女の人生を照らし続けていた。

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