第四話「大統領とジゼル」
大統領ゼノビア・フェルディナンド、彼女がしがない私立探偵ジゼル・オルメスと顔を合わせる。ゼノビアは老齢ではあるが背筋が伸びており、年を感じさせない出で立ち。そんな彼女の空気は自然とジゼルの体を緊張させる。しかしゼノビアは柔らかく微笑む。
「そう緊張しないで頂戴。大統領も国の一員であることに変わりは無いわ。今日は手を貸してくれるそうね。ゼノンが随分と貴方の腕を高く評価していたわ」
少数の護衛だけがここの守りを担当している。誰もかれも屈強そうな者ばかりだ。ジゼルの眼にはたった四人しかいないように見える。そのうちの一人、恐らく護衛担当者の責任者だろう。より屈強な男がジゼルを鋭く睨んでいた。
「貴様、大統領の前でサングラスなど掛けるな。外せ」
「え、これは外せなくて…」
他者に告げられない理由がある。それでも外したい男と徐々に言い争いに発展していく。大統領の宥めも効果が薄くなっている。事情は、ある程度察することが出来る。これはゼノビアが抱える最大の悩みの種である。ジゼルはキースに目を向けた。静観を貫こうとしたキースはゼノビアに耳打ちをする。ゼノビアに何を話したか分からないが、彼女が諦めたように頷いたのを確認した。キースは今にもジゼルに殴りかかりそうな男に声を掛けた。男はキースを見下ろしている。対してキースは相手を見上げる。
「大統領、こいつらを始末します」
「駄目よ。彼女たちは大事な客人。それに善良なる市民を手に掛ける事を私が許可するとでも?」
ゼノビアの警告すらも相手は無視をする。護衛としてあるまじき行為だ。そしてそれをキースは堂々と指摘した。
「大統領の護衛が聞いて呆れる。護衛対象を不快にさせるのがお前たちの仕事か?」
「何処の馬の骨とも知らない奴に言われる筋合いは無い―ッ!?」
男はキースの赤い瞳を直視した。瞬間、男の腕が力なく垂れさがる。さっきまでの興奮が嘘のように消えている。キースは男に命令を出した。本来なら相手も聞く耳を持たないはずだ。
「”黙って見ていてくれ”。口出しをするな、それは護衛のするべき仕事では無い」
大人しくなった護衛を他所に話を進めることになった。ゼノビアは事前にゼノンからサングラスの話を聞いていた。特殊なジゼルの瞳を珍しがり、ちょっかいを出す人間が多い。彼らから身を守るために彼女はサングラスを身に着けているのだ。人によって事情は幾らでもある。話しずらい事情があるのも当然。
「でも大統領は反対しなかったんですか?民間人たる私の手を借りると言う話が出た時は」
「しないわ。それを恥だと言う人もいたけれど、国民を守るためにつまらない意地を張っている場合では無いから。断られたならば、それまでだった。私よりも警備に関して経験豊富なユリウスに全て任せていたのよ」
ゼノビアは自分が十三人委員会を含め、国の重鎮から歓迎されていない事を理解している。共和国として大統領は国民の投票で決まる。ゼノビアは国民には愛されていても国の重鎮たちからは何も愛されていない。寧ろ疎ましく思われていると自覚している。だからこそ何か仕掛けてくるだろうと彼女は予想している。長い事、政治の世界にいれば様々な陰謀を目にするのも必然らしい。
「当時の選挙戦に参加していた者の一人にエバーラードという男がいる」
「エバーラード…ユリウスさんの戦友!」
ゼノビアが肯定するように頷いた。他の参加者もいたが、彼は特に注目を集めていた。名前も世間に轟いていたから当然だ。だが彼の思想に国民は賛同できなかった。国民が求めるのは戦争でも無い、国土の拡大でも無い。求めるのは戦争とは無縁の平和だ。今あるものをより良くしていく。ゼノビアの思想の方が
国民の求めるものと合致していたのだ。ならば彼女に票が集まるのは必然。やろうと思えば裏から集計結果を誤魔化すことも出来てしまうだろうが、それをしなかったというか出来なかったのだろう。何せ当時の集計を統治していたのはユリウス。彼が不正を許すはずが無い。
「彼は強硬手段を易々と取る男です。そんな男が大統領にならなくて私は良かったと思っている。風の噂ではありますが、彼が怪しい動きをしていると聞いて私はユリウスにそれを教えた。彼のほうがエバーラードの事をよく理解していますから」
「ここの護衛はエバーラードが送り込んだ奴ばかりか?」
「えぇ。五人とも、腕は確かよ」
「え?」
ジゼルが思わず声を漏らした。ジゼルの特殊な目は常に発動している。数を数え間違える事も、あり得なくは無いが…。ここでは指摘しない。周囲には護衛が他にもいる。だがどう見ても四人しかいない。
「なら、他の一人は何処を護衛しているんだ?」
「彼は外よ。…そろそろ時間だわ。ごめんなさいね、もっと話をしたかったのだけど」
気付けば日が傾いている。もうすぐスピーチの時間だ。最終調整がある。だがこれが最初で最後の対談となることを互いに知らなかった。屋敷の外へ出る途中、ジゼルは四人という事実と五人と言う事実との食い違いをずっと悩んでいた。そんな彼女を我に返させたのは強い衝撃だった。跳ね返り、尻もちをついたのはジゼルだけで相手は微動だにしていなかった。眼鏡をかけた男は身を屈めて、手を差し伸べる。
「すまない。大丈夫か」
「あ、はい。私もすみません」
少しだけだった。この男に対して違和感は抱きつつも深く考えていなかった。背が高く、眼鏡をかけた男。その男は歩き去るジゼルの姿を凝視していた。そしてその視線にジゼルは気付くことすら無かった。




