第五話「知恵神の使徒」
常々感じた違和感はゼノビア・フェルディナント大統領との対談で確信になった。ジゼルの特殊な目では四人、しかし実際にはその場に護衛が五人いた。いるはずの一人をジゼルの眼は認識していなかった。更に途中でぶつかった男に対する妙な感覚。彼に対してはキースも何か思う節があったらしい。
「上手い事カモフラージュしているが、あの纏っている魔力はどうにも本人との定着度が安定していない」
自分の持つ魔力量を誤魔化したり、隠匿したりする術は幾つか存在する。基本的には極限まで下げる術が用いられる。どれだけ高等な術だとしても魔力をゼロにすることは不可能。どう頑張っても一は残る。術にも詳しいキースは僅かな時間の洞察で男が別の人間からどういった術を施されている事を見抜いた。
「ジゼル、あの男の眼鏡に度は入っていたか?」
「…あ、無かった気がする!」
伊達眼鏡を掛けていたと言う事だ。術を掛けた人物も、眼鏡を掛けた男もジゼルたちの力をよく分かっていない。寧ろ二人の事を認知していなかった可能性が濃厚だろう。先に魔力をゼロに誤魔化すことは不可能と言った。誰もがどれだけ少なくとも一以上は魔力を宿している。だが例外がいる。生まれつき魔力を一切持たない代わりに人間離れした身体能力を持つ一族。
「戦神の遣い、戦争を呼ぶ者、名をガレア家。奇跡を否定した荒ぶる戦を司る神の血を継ぐ人間だ。その血は戦いを求める。獣のようにな」
魔法に対しても魔法を使わずに敵を殺す。様々な戦争に必ずと言っていいほどガレア家の人間がいた。恐れられる存在だ。今では大人しくしているように見えたが、もしもその男がガレア家の人間であると言うならば厄介事が起こるのは最早確定だ。いよいよ人々が一所へ集結してきた。直接自分の眼で大統領を見ようとしているのだ。そしてそこに紛れて不審な人物がいる事をジゼルの眼が見抜いた。一人だけ妙に挙動不審な男がいる。明らかにおかしい動きだが、こうも人が多いと警備を担当する軍人たちの眼にも留まらないようで、誰も不信感を抱いていない様だ。
『ダリィな…』『面倒くさいな…』
「全然…やる気ないね」
「心を読まずとも顔を見れば、そんなこと分かるだろ」
相手が動くのとほぼ同時にキースの手が動いた。彼の影が一瞬で伸びる。隙間を縫って挙動不審な男の影と繋がる。
「やらせねえよ」
「―アンタもね」
空から飛来したのは無数の礫、それを防ぐ術は、この速度で、これだけ多くの人数を一気に解決する方法は咄嗟に出ない。規模が違う。ならば、ここは民間の探偵の出る幕では無いだろう。謎の襲撃者はここに彼が来るなど思ってもみなかった。正確には教えられていたタイミングよりも早すぎる。最も大きい隕石が一刀両断された上に、無害のレベルにまで粉々になった。はためく青いマントが誰なのか国民ならよく分かっている。華麗に着地した男は声を上げる。
「皆さん!避難をお願いします!パラス大広場から出てください!軍人の誘導に従って!」
彼の声は人々を安心させる力を持っている。降り注ぐ他の礫も消えた。あの小さな凶器を全て弾くような芸当は誰でも出来るような御業では無い。相手も正体不明の狙撃手の正体に既に気付いている。
「天弓…雑魚が、粋がってんじゃねえよ!」
口の悪い女は舌打ちした後、立ちはだかる隻腕の剣聖と探偵と助手を睨みつける。彼女が身に着けるジャケットにはどこかの組織の紋章が刻まれている。
「聞くが良い、野郎共!アタシの名はドレイク・ハリス、知恵の神の使徒の者だ!神の指令により、殲滅を開始する!」
薄暗くてもよく見える派手なピンクの髪を振り乱し、堂々と名乗った女ドレイク。しかし言っていることは要はこちらの言い分は聞かずに殺すと言う殺害予告である。名乗る前に既に行動を起こしているのだから余計に質が悪い。
「知恵の神?」
「知恵という運命を司る神だ。知恵神ナラカ、使徒というのは神の餞別を受けた人間の事だな。要は神のお眼鏡に敵った人間という事だ。それを堂々と名乗って、神の指令を理由に民間人を攻撃するのか。やっていることはただのテロ行為だな」
様々な運命と言う概念がある。その概念が神格化され生まれた神。神が特別誰かを気に掛ける事は無い。例えば川を流れる水が特定の誰かが来た時だけ流れが早くなったり、遅くなったりすることが無いように、神もまた特定の誰かを目に掛けたり、気にしたりしない。そんな最上位の存在が少しでも興味をひかれた人間が使徒と呼ばれる人間になる。
「ドレイクと言ったな。その殲滅、止めてくれないか」
「何?」
ドレイクは少し機嫌を悪くする。それも気にせず隻腕の剣聖ゼノン・ステリオンは話を続ける。
「アンタが神の使徒か否かはさておき、この国の人間が一体何をしたっていうんだ?」
「何もしていないな。だが神の命令は我ら使徒にとって絶対。知恵神ナラカの神託により、この日を選び、作戦を実行した。隻腕の剣聖、貴殿の噂はよく耳にしているぞ」
ドレイクはゼノンを見下ろす。風が吹き抜け、マントと共に右袖が大きく揺れる。そこには何も無い。あるはずの右腕は存在しないのだ。ドレイクは彼を鼻で笑った。
「無様だな、剣聖。戦神に無謀にも挑み、剣聖の生命線たる腕を失った。笑い者だな」
彼女の嘲笑を前にしてもゼノンは一切態度を変えない。本物の神に挑んだと言うのか、それとも戦神の血を持つガレア家の人間と戦い負けたのか。どちらでも良い。結果が今なのだから。先に動いたのはドレイクだった。彼女の振るう剣とゼノンが抜いた剣が火花を散らす。




