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第二話「それぞれの前日」

共和国政治組織、十三人委員会第八席エバーラード・モリアーティ。高貴な政治家、誰に対しても平等に接しており誰もが彼の事を敬愛する。過去には軍人として前線で戦った経験もある人間。その男は自身の邸宅で優雅にワインを飲んでいた。


「君も飲むかね。これは貰った物だが、些か高過ぎる。ここまで高価な物でなくても、人から物を貰うのは嬉しい事だ」


半透明のワインの奥には自分より背が高く、若い青年が立っている。充分この邸宅は天井が高いはずだが、青年の身長だとこの天井も低く見える。


「いや、仕事中だから俺は飲まない」

「真面目だな、モンスター。今は仕事では無いだろう。肩の力を抜いたらどうかな」


青年は普通の人間では無い。


「大統領の暗殺…随分と大層な事を企んでいるんだな」

「では止めるかね?」


エバーラードは青年を見据える。エバーラードの暗躍には何人かが薄々と感づいているようだ。厄介なのは共和国軍元帥と隻腕の剣聖。後者の名を出したとき、僅かだが青年が反応した。彼は腕組を緩め、左目を片手で覆う。退役し、長らく戦場に立つどころか武器すら握っていないエバーラードも青年の放つ異質な殺気に身震いする。これが一族最強と謳われる人間。彼らの異質さは、この世の誰でも持っている物を持たず、代わりに人外染みた身体能力を得た事だ。その力の前に何人もの猛者が敗北を喫している。


「…剣聖」

「ん?」

「剣聖が来るのか」

「あぁ。式典だぞ。そんな重大な事で、剣聖が現れないはずが無かろう」


その言葉を聞くと青年は立ち上がり、エバーラードに背を向けた。


「式典当日にまた来る」


青年は確実に依頼を遂行する。エバーラードはそれよりも抱えている不安要素がある。青年の雇うための報酬はかなりの出費である。確実に大統領の息の根を止める為の投資として自分を納得させているが、出来ればその不安要素も何とかしてしまいたい。ユリウス・アレシアが会話していた人間は探偵。目立った功績も無いはず。だがエバーラードはかつてユリウスと共に戦った仲間、彼の事をよく理解している。噂によれば探偵の事をユリウスに教えたのは隻腕の剣聖ゼノン。剣聖のお眼鏡に敵った人物ならば、油断など出来ない。気が付けば式典の前日になっていた。当日の警備や設備の準備が着々と進められているパラス大広場にジゼルとキースは足を運んだ。中央には噴水があり、それをバックに当日は大統領がスピーチをする。広場を囲う様に花が咲いている。


「よっす、来たな探偵と助手。待ってたよ」


太陽のような橙色の髪と彼の屈託のない笑顔が眩しい。ゼノン・ステリオン、隻腕の剣聖。右腕は無い。過去の戦いで敵に切断されてしまった後、彼は義肢を付けずにそのまま放置していた。実力も高く、剣聖という呼び名で呼ばれるが彼の親しみやすさは人を惹きつける魅力。ざっと人数は十六人。当日はそれ以上の人数が集まるらしい。


「ユリウスさんに私たちの事を教えたのはゼノンだよね」

「あぁ。こっちはさ、出世競争?とかに必死な奴も多くて何か不祥事が起こると意図的に隠したり、寧ろ誘発させたりすることも無くは無い。ジゼルはあんまり権力とか興味無いだろ。それに―」


ゼノンは周囲に目を向けた後、少しジゼルに近付き耳打ちするように囁く。


「最近、軍内部も国の上層部も怪しい動きが多い。こっちで全て何とかしたいが、何が起こるか俺にも予想が出来ない。権力への執着も、金銭にも媚びない人間ってのも思い当たる節が無かったんだ」


次はジゼルがゼノンに自分が持っている情報を伝える番。


「実は、事務所にユリウスさんが来た時に彼以外の誰かが数人、事務所の近くに来ていたみたいです。目深にフードを被ってたし、顔もハッキリとは見てない」

「そうか…」


ゼノンはユリウスが意図して一人を装っていたのかと考えたが、それはユリウスではありえないと考え直す。彼は堂々と行動をする。戦うためではなく、頼み事をしに行くだけなのに部下を数人連れていく理由は無い。ゼノンはジゼルの能力を知っている数少ない人物の一人。彼女が複数が隠れて見ていたと言うのなら、正しいのだろう。そしてここでキースも自身の推測を提供した。


「ユリウスの退職前最後の大仕事がここの警備の指揮だろ。ここで問題が起これば彼に全責任がのしかかる。そしてやろうと思えば俺たちを犯罪者としてでっち上げ、犯罪者と結託した大罪人に仕立て上げられる…ゼノン、元帥へ嫉妬や憎悪などを抱く人間はいるか」


飛躍し過ぎな推測だが、可能性はゼロでは無い。やろうと思えばできる。ゼノンが真っ先に挙げたのは十三人委員会第八席エバーラード・モリアーティと言う男だ。


「あの人は元帥の戦友。寧ろ彼の方が元帥になるだろうと考えられていたが、ユリウスさんの方が元帥に相応しいと現大統領が強く推した。どちらも拮抗していたから、大統領の言葉が決定打になったんだ。嫉妬と言う部分では充分じゃないかな」

「十三人委員会か…いざって時は幾らでも根回しが出来そうだね」


まだここでは断定できない。全てが起こるのは式典当日。準備しているのはジゼルや共和国軍の警備担当者たちだけでは無い。当然、大切なスピーチを控える大統領も準備を整えている。大統領の名をゼノビア・フェルディナンド、こちらも凛とした壮年の女性。彼女は一人、窓から愛する国の、首都の景色を見つめていた。そして密かに覚悟を決めている。



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