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第一話「探偵ジゼル」

その孤島には慰霊碑だけが今も尚、綺麗に掃除されている。ここには一つの国があった。今はもう地図からも歴史からも消えた国。名前も消えた国。生存者は一人としていない。アルトリア王家が代々治めていた小さくも、どの国からも友好的だった国のはずがこの国は戦争によって滅んだという。国の歴史を追い求めた好奇心旺盛な学者たちが次々と寿命や病、更には事件によって殺された事により以降は調べようとする人間は一切出て来なくなった。エレフセリア共和国。一つの国が消えてから四十年。この国で起こる事件から全てが始まろうとしている。共和国の首都イーリスにて大々的な告知がされている。


『いよいよ来週、建国記念式典が開催されます。イーリスのパラス大広場にてフェルディナンド大統領のスピーチが行われるという事で、共和国軍が警備を担当するとの事です』


ニュースだけでなく、国全体が今や祭り前の騒ぎだ。首都に住んでいるのなら猶更、浮足立つ。


『共和国は他国よりも歴史は浅いですが、この国の始まりは他国を離れざるを得なかった難民や何処の国にも受け入れられなかったはぐれ者たちが身を寄り添って作り上げた集落ということでね。国の結束は他国とは段違いでは無いのでしょうか』


そう、この共和国は他国と比べると多種多様な人々が住んでいる。価値観も容姿も文化も全く異なるが一つの国として成り立っている。こんな大イベントに一般人の出る幕など無いと考えていたが、大仕事を任される羽目になった一般人がいる。それが彼女だ。ジゼル・オルメス、少しばかり有名な探偵である。彼女の噂を聞きつけて国の軍人一人が代表して依頼をして来たのだ。それは昨日の話。事務所にやって来たのは夕方ごろだった。朝も昼も客は誰一人として来ていなかったが、やって来た男は異様な迫力があった。白髪と無精髭と顔の皺は彼の年齢を物語っている。壮年の男だが、未だに衰えを感じさせない肉体。

名をユリウス・アレシア、共和国軍元帥。


「はっはっはっ、そう怖い顔をなさるな」


ユリウスの言葉の対象は対面するジゼルでは無かった。


「ジゼル、だったかな。君の顔は怖く無いさ。怖いのは…君の助手だな。ただの助手にしておくには惜しい人材だ」


この会話にはもう一人いる。名をキース・プリムローズ、ジゼルの助手。ユリウスより断然体格は劣るはずだが、その体格差を感じさせない。身長は同等だが厚みが違う。だからキースの方が見劣りする。流石は元帥。相手の力量を正確に測り、見抜いて見せた。元帥としての、軍人としての最後の大仕事が共和国の建国記念式典であるという。現場の警備全般の指示を彼が行うのだ。


「ならば私たちの出番はありませんよね」

「随分と自分の実力を過小評価するのだな。私も一般人に頼るのは少しばかり気が引けた。体裁もある故、上はもっと煩いのでね」


軍隊とは縦社会。上の命令には背けないと言う風習、暗黙の了解がある。トップたるユリウスでも頭が上がらない相手がいるのは当然か。彼でも国のトップの指示には逆らえない。だが悩めるユリウスに、探偵ジゼルの存在を教えた人間がいる。ユリウスよりも軍の中での立場は低いが、彼は大統領をトップとした政治組織、十三人委員会からも優遇されている。当の本人はそんな事は微塵も感じていないだろう。誰かいたかな、と首を傾げていたジゼルだがキースが相手の名を言い当てた。


「ゼノンか」


隻腕の剣聖ゼノン・ステリオン、若い剣士であり軍人。彼の出身は共和国では無いらしい。そのことを深く追求する輩もいるらしいが、元帥及び十三人委員会は何とも思っていない。寧ろ歓迎している。ゼノンと顔見知りであるジゼルとキース。ゼノンがジゼルたちを強く推す理由は分からないでもない。


「君の力で、式典当日に不審人物を見つけて欲しい」


式典当日は普段以上に多くの人々が行き交う。大統領のスピーチも行われるため大統領を狙った刺客も多いだろう。その程度で探偵に依頼するとは思えない。何かあるのでは無いか。ここでは直接口に出来ない事情があるとユリウスの眼が語っている。そしてその事情を言葉にせずともジゼルならば見抜けると踏んでいる。ジゼルが好んで着用するピンクのサングラス、その奥にある瞳が光を一瞬纏った。キースの視線は目の前のユリウスから外れ、窓の外へ。ジゼルがテーブルを指で二回叩く。ほんの少しの行為だが、これでキースは彼女の意図をすぐに理解する。


「分かりました。でも、あまり期待はしないでください。私はしがない私立探偵。軍人よりも力は劣りますので」

「見つけてくれれば、こちらで対処はする。受けてくれるだけでも有難い」


ユリウスが事務所を出た後、キースとジゼルはその時に察知した事と手に入れた情報を擦り合わせる。ユリウス以外にも何者かがこの事務所付近に来ていた。ユリウスが話すべきなのに話さなかった理由でもある。


「どれだけ綺麗事を並べても、権力に対する思想は幾つも存在する。一枚岩な訳が無い。今の大統領は穏健派、彼女の方針に全員が揃って納得しているわけでは無いだろうな」

「納得してる人が多いから上手く進んでるんだよね。ユリウスさんは何かが起こるかもしれないでは無く、必ず何か起こると踏んで悩んだんだろうな…」


その原因が、他でもない国の上層部の可能性が高い。内部事情をよく知っていれば、容易に犯罪を行えるから。内部で頼る事が出来ないなら、外部を頼るしかない。



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