第8話:バイト初日!
翌日、夕方。
翼はCafe Lumenの前に立っていた。
「……少し早すぎたか」
約束の時間より十五分前。
遅れるよりはいいと思って来たが、さすがに気合いが入りすぎた気もする。
ガラス越しに店内を見る。
落ち着いた照明。
窓際で本を読む客。
カウンターでノートPCを開く会社員らしき男性。
静かで、整った空間だった。
「外で突っ立ってると怪しいよ、新人くん」
背後から声がした。
振り向くと、白瀬 雫がいた。
私服姿で、片手にコンビニの袋を持っている。
「……すみません」
「謝るほどでもないけど」
白瀬は店の扉を開ける。
「早いのは嫌いじゃない。入って」
店内に入ると、昨日よりコーヒーの香りが強かった。
「まず制服ね」
白瀬に渡されたのは、黒いシャツとエプロン。
「更衣室は奥。五分で戻ってきて」
「了解」
「返事だけは優秀」
着替えて戻ると、白瀬は腕を組んで待っていた。
翼を上から下まで見て、小さく頷く。
「思ったより似合う」
「そういう感想なんだな」
「接客業は見た目も大事だから」
「今日は簡単なことだけやってもらう」
白瀬が指を折りながら説明する。
「注文聞く、料理運ぶ、片付ける。以上」
「ざっくりしてるな」
「細かいことは現場で覚える主義」
「不安になる主義だな」
その時、厨房から男が顔を出した。
「店長、豆どこっすか」
金髪混じりの茶髪に、眠そうな目。
翼より少し年上くらいに見える。
「“店長”って呼ぶなって言ってるでしょ」
白瀬が即座に返す。
「私は社員」
「でも実質トップじゃないっすか」
「黙って豆探して」
男は翼に気づき、にやっと笑った。
「お、新人?」
「……たぶん」
「たぶんって何」
「こいつは相沢 蓮」
白瀬が説明する。
「週4で入ってるフリーター。適当だけど仕事はできる」
「紹介の温度差えぐいな」
「事実だから」
蓮は肩をすくめて笑った。
「よろしく、新人。困ったら俺に聞け。雫さんは怖いから」
「聞こえてるけど?」
「わざとっす」
営業が始まると、思っていた以上に忙しかった。
「3番テーブル、水追加」
「はい」
「7番片付けて」
「了解」
「新人くん、返事はいいけど足も動かして」
「今動いてる」
注文を取り、ドリンクを運ぶ。
グラスを下げ、テーブルを拭く。
やることは多い。
だが、体は意外とついていけた。
「……初日にしては悪くない」
白瀬がぼそっと言う。
「褒めてる?」
「五割くらい」
「半端だな」
蓮が横から笑う。
「これでかなり褒めてる方だぞ」
「そうなのか」
「雫さん基準だとね」
その時、入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませー!」
蓮が明るく声を出す。
入ってきたのは——
「おっ、翼働いてんじゃん!」
森 翔だった。
「来ると思った」
翼が即答する。
「応援に来たぞ!」
「ただの冷やかしだろ」
「失礼な。客だぞ」
翔の後ろから沙良も入ってくる。
「邪魔しに来たわけじゃないからね?」
「そこ疑われる自覚あるんだな」
二人は窓際の席へ座る。
翔がニヤニヤしながらメニューを見る。
「おすすめ何?」
「静かに食べる客」
「そんなメニューないだろ」
白瀬が翼を見る。
「知り合い?」
「うるさい知り合いです」
「なるほど」
「新人くん」
「はい」
「知り合い相手でも接客は接客。行ってきて」
翼は注文票を持って二人の席へ向かった。
「ご注文は」
「急に店員モード!」
翔が爆笑する。
「帰すぞ」
「すみません、ブレンド二つで」
沙良が慣れた様子で注文する。
戻る途中、蓮が肩を震わせていた。
「……笑うな」
「無理。面白すぎる」
忙しさの中に笑いが混ざる。
営業後。
店を閉め、片付けを終える頃には夜になっていた。
「お疲れ」
白瀬が言う。
「初日にしては合格点」
「何点ですか」
「六十八点」
「微妙だな」
「伸びしろ込み」
蓮が笑いながらエプロンを外す。
「次は七十点目指せよ、新人」
「低い壁だな」
外へ出ると、夜風が少し気持ちよかった。
新しい場所。
新しい人たち。
そして翼は、ふと思う。
この生活が続けばいいと。




