表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第7話:バイトをしよう!

 記憶がなくても、腹は減る。


 それは当たり前のことだ。


 現実的で、容赦のない事実だった。


「……金、減ってるな」


 翼は宿泊施設の机に財布を置き、中身を確認していた。


 榊に世話になりっぱなしというのも落ち着かない。






「というわけで、俺バイト探そうと思う」


 その日の拠点でそう言うと、全員の動きが止まった。


「おお」


 森 翔が一番に反応する。


「社会人デビューか」


「バイト経験ゼロみたいに言うな」


「記憶ないんだからゼロ判定だろ」


「腹立つなその理屈」


「いいと思うよ」


 天野 沙良が頷く。


「生活も安定するし、外とのつながりもできるし」


「珍しくまともな意見だな」


「“珍しく”いらない」


 久我 智はスマホを見ながらぼそっと言った。


「翼、接客向いてそう」


「なんで」


「顔怖くないし、意外と優しい」


「意外とって何だ」


 榊は腕を組んだまま短く言う。


「無理はするな。それだけだ」


「……心配してくれてるのか?」


「戦力が減ると困る」


「言い方」


「で、どこ受けるんだ?」


 翔が身を乗り出す。


「まだ決めてない」


「じゃあ俺のおすすめある!」


「嫌な予感しかしない」


 一時間後。


 翼は駅前のカフェの前に立っていた。


「なんでここなんだ」


「雰囲気が翼っぽいから!」


 翔がドヤ顔で言う。


「意味分からん」


 ガラス張りの落ち着いた店だった。


 木目調の内装に、静かな音楽。


 駅前なのに少しだけ別世界みたいな空気がある。


 店名は——Cafe Lumenカフェ・ルーメン


「ここ、人募集してたよ」


 沙良が入口の張り紙を指さす。


『スタッフ募集中 週2日〜可』


「本当にあるんだな……」


「疑ってたの?」


「お前らの情報源だからな」


「ひどい!」


「入れば?」


 智が言う。


「外で突っ立ってても始まらない」


「……それもそうか」


 翼が扉を開けると、鈴の音が鳴った。


 コーヒーの香りがふわっと広がる。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から声がした。


 出てきたのは、一人の女性だった。


 年齢は翼たちより少し上に見える。


 黒髪を後ろでまとめ、エプロン姿が妙に様になっていた。


 目元は涼しげで、落ち着いた雰囲気。


「……求人を見て来ました」


 翼が言うと、女性は少しだけ目を丸くした。


「あなたが?」


「なんか失礼じゃないか」


「ごめん。もっと軽い感じの子が来ると思ってた」


 そのまま小さく笑う。


「でも、悪くない第一印象」


 後ろから翔が小声で囁く。


「美人だな」


「黙れ」


「私は白瀬しらせ しずく。この店の社員兼、現場責任者」


 女性——白瀬 雫はそう名乗った。


「面接ってほどじゃないけど、少し話せる?」


 数分後。


 翼はカウンター席に座り、簡単な質問を受けていた。


「接客経験は?」


「……あるかもしれません」


「曖昧ね」


「事情があって、記憶がなくて」


 白瀬は一瞬止まり、すぐに表情を戻した。


「冗談?」


「本当です」


「変わった応募者ね」


 だが、引いた様子はなかった。


 むしろ少し興味深そうだった。


「じゃあ質問変える。忙しい時に大事なのは?」


 翼は少し考える。


「周りを見ること。自分の仕事だけ追わないこと」


「……いい答え」


「適当に言った」


「それでその答えが出るなら十分」


 白瀬はメモ帳を閉じた。


「採用」


「早くないか?」


「人手不足なの」


「切実だな」


 外で待っていた翔たちが騒ぎ出す。


「うおおお!翼、社会人!」


「バイトだろ」


「初出勤いつ?」


 沙良が笑いながら聞く。


 白瀬が入口から顔を出した。


「明日の夕方。来られる?」


「……いきなりだな」


「嫌なら今断ってもいい」


「行きます」


 白瀬は満足そうに頷いた。


「よろしい。じゃあ遅刻しないで、新人くん」


 そう言って店の奥へ戻っていく。


 翼はその背中を見送りながら思った。


 また一つ、新しい場所が増えた。


 記憶はなくても。


 過去が分からなくても。


 日常は、少しずつ広がっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ