表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

第9話:日常

 初バイトから数日。


 翼の生活には、ある程度の流れができ始めていた。


 昼はボラサー。


 夕方からはCafe Lumen。


 空いた時間は宿で休むか、ぼんやり考え事をする。


 記憶は戻らない。


 それでも、毎日は少しずつ形になっていた。


「翼ー!聞いてくれ!」


 拠点に入った瞬間、森 翔が飛んできた。


「嫌な予感しかしない」


「なんと俺、カフェの割引券もらった!」


「普通に嬉しそうだな」


「常連への第一歩だ」


「ただの客だろ」


 沙良が後ろからため息をつく。


「翔くん、三日連続で行ってるからね」


「地域経済回してるんだよ」


「言い方だけ立派」


 智は椅子に座ったままぼそっと言った。


「迷惑客にならない程度にして」


「俺そんなに信用ない?」


「あると思ってたのか」


「智、最近当たり強くない?」


 いつもの空気。


 騒がしくて、でも落ち着く空気。


「翼」


 榊に呼ばれる。


「今日、活動終わったら時間あるか」


「バイトは夕方からだけど」


「その前に備品運び手伝え」



 午後は近くの福祉施設へ物資運搬の手伝いだった。


 段ボール箱を車から下ろし、台車で運ぶ。


「翼くん、力あるよね」


 沙良が感心したように言う。


「そうか?」


「重いの平気そう」


「持ち方がうまい」


 智も珍しく会話に入る。


 言われてみればそうだった。


 重心の取り方、腕の使い方。


 考えなくても体が知っている。


「昔、やってたのかもな」


 翼が言うと、翔が笑う。


「何?引っ越しバイトのプロ?」


「お前よりは使えそうだ」


「ひど!」


 活動が終わると、そのままカフェへ向かう時間になった。


「いってらっしゃい、社会人」


 翔が手を振る。


「まだバイトだ」


「いつか社長になれよ」


「話飛びすぎだろ」


 Cafe Lumenに着くと、白瀬 雫がレジの点検をしていた。


「おはよう、新人くん」


「夕方ですけど」


「私の中では仕事始まったら朝なの」


「独自ルールだな」


 蓮は厨房から顔を出した。


「お、来た来た。救世主」


「何があった」


「今日は団体予約ある」


「それを今言うのか」


「今思い出した」


「最悪だな」


 白瀬が無言で蓮の頭をはたいた。


「痛っ」


「思い出した時点で言いなさい」


 しばらくして、店内はかなり忙しくなった。


 注文、会計、ドリンク運び。


 翼も前より動けるようになっていた。


「新人くん、5番テーブルお願い」


「了解」


「返事だけじゃなくて笑顔も」


「難易度上げないでください」


 5番テーブルへ向かうと、見覚えのある顔がいた。


「……部長?」


 榊 伸介だった。


 一人でブラックコーヒーを飲んでいる。


「何してるんだ」


 翼が小声で聞く。


「客だ」


「そのまんまだな」


「様子見だ」


「心配性かよ」


 榊は少しだけ口元を緩めた。


「仕事ぶりは悪くない」


「それ、褒めてる?」


「七十点くらいだな」


「白瀬さんと採点基準近いな」


「知り合い?」


 白瀬が近づいてくる。


「サークルの部長です」


「へえ」


 白瀬は榊を見る。


「静かそうで助かるタイプのお客さんね」


「そうでもないです」


「余計なことは言うな」


 榊が帰った後、白瀬がぼそっと言った。


「あなた、意外とちゃんと見られてるのね」


「……そうかも」


 閉店後。


 店の外で夜風に当たりながら、翼は空を見上げた。


 数日前まで何もなかった自分に、少しずつ場所が増えていく。


 記憶はなくてもいいとは思わない。


 でも——


 今ここにあるものも、きっと本物だ。


「何黄昏れてんの、新人」


 横に蓮が立っていた。


「別に」


「青春っぽかったぞ今」


「うるさい」


 笑いながら歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ