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第3話:少しずつ馴染む場所

 その日の活動が終わる頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 駅前広場の人通りも少し減り、昼間の騒がしさが落ち着いた夜の空気へと変わっていく。


「いやー、初日にしては働いたな俺」


 森 翔が大きく伸びをする。


「お前、自分でゴミ袋一個しか持ってなかっただろ」


 翼が言うと、翔は真顔で首を振った。


「数じゃない。気持ちだ」


「便利な言葉だな」


「もっと褒めていいぞ」


 思わず笑いそうになる。


 なんだこいつ。


「翼くん、お疲れさま」


 天野 沙良がペットボトルのお茶を差し出してくる。


「ありがと」


「どういたしまして。初日で結構動いてたし、疲れたでしょ?」


「まあ、少しは」


「少しなんだ」


「見栄だよ」


 そう答えると、沙良はくすっと笑った。


 こういうやり取りが、妙に自然だった。


 今日会ったばかりのはずなのに、不思議と居心地が悪くない。


 記憶がなくても、人と話すことはできるらしい。


 少しだけ安心する。


「よし、撤収するぞ」


 榊 伸介が声をかける。


「拠点戻って片付けしたら解散」


「部長ー、腹減りました」


「知らん」


「冷たっ」


「通常運転だな」


 翔が騒ぎ、智がぼそっと呟く。


 初めて聞いた久我 智のツッコミに、全員が少し驚いた。


「智、お前しゃべれたんだな」


「失礼だろ」


 拠点へ戻る道中も、翔はずっと喋っていた。


「翼ってさ、なんか慣れてるよな」


「何が」


「こういうの。ゴミ拾いとか人手伝うのとか」


「そうか?」


「なんとなく。初めてに見えない」


 その言葉に、少しだけ引っかかった。


 自分でも、そう感じていたからだ。


 初めてのはずなのに、体が自然に動く。


 知らないはずなのに、なぜか分かることがある。


「……まあ、元々いい人なんじゃね?」


 翔が軽く言った。


「自分で言ってて恥ずかしくないか?」


「なんで俺が恥ずかしがるんだよ」


 拠点に戻ると、榊が棚から段ボールを出してきた。


「これ、中の備品整理しとけ」


「えー」


「翔、お前が言うな。半分散らかしたの自分だろ」


 沙良の言葉に翔が固まる。


「……バレてた?」


「全部バレてる」


 結局、全員で片付けることになった。


 軍手、掃除用具、チラシ、文房具、なぜか古いボードゲーム。


「なんでこんなのあるんだ」


「昔みんなでやったやつ」


 榊が短く答える。


「部長もゲームするんだな」


「人並みには」


「なんか意外」


「失礼だな」


 しばらくして、翔が古びたトランプを見つけた。


「お、これやろうぜ」


「片付けは?」


 沙良が聞く。


「遊びながら片付ければいい」


「どういう理屈?」


「天才の理屈」


「却下」


 そんなやり取りを見ていると、少しだけ胸が温かくなる。


 何も思い出せなくても。


 自分の居場所は、案外こうやって始まるのかもしれない。


「翼」


 榊に呼ばれる。


「ん?」


「明日も来るか」


 ぶっきらぼうな聞き方だった。


 少し考える。


 行く場所も、やることも、今の自分にはない。


 それなら——


「……たぶん来る」


「たぶんかよ」


 翔がすかさず笑う。


 榊は小さくうなずいた。


「それでいい」


 その一言が、なぜか妙に嬉しかった。


 窓の外では、夜の街の灯りが揺れている。


 記憶はまだ戻らない。


 自分が何者かも分からない。


 それでも。


 明日ここに来ようと思えた。


 それだけで、今日は十分だった。

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