第2話:ボラサーにようこそ!
ボランティアサークル——通称ボラサー。
その拠点らしい建物に来てから、一時間ほどが過ぎていた。
「で、翼は好きな食べ物とかあんの?」
森 翔が机に肘をつきながら聞いてくる。
「急に薄い質問だな」
「いや、こういうの大事だろ。人となり分かるし」
「人となりを食べ物で判断するな」
「じゃあ嫌いな食べ物は?」
「お前さっきから質問の質変わってないぞ」
翔が大げさに肩を落とす。
「冷たいな、新人」
「距離が近いだけだ」
そう返すと、部屋のあちこちから笑いが起きた。
「でも、よかった」
天野 沙良が紙コップを差し出してくる。
「翼くん、さっきより顔色いいよ」
「……そうか?」
「うん。最初は今にも倒れそうだったし」
受け取ったコップは温かかった。
中身はインスタントのココアらしい。
甘い匂いがする。
「沙良、それ俺の分じゃね?」
「翔くんはさっき二杯飲んだでしょ」
「え、数えてたの?」
「当然です」
翔がわざとらしく絶望した顔をする。
また笑いが起きる。
不思議な空間だった。
初対面のはずなのに、居心地が悪くない。
うるさいのに落ち着く。
そんな場所。
「……」
部屋の隅にいる久我 智だけは、相変わらず静かだった。
椅子に座り、スマホを見ている。
だが時々、こちらに視線を向けてくる。
観察されている。
そんな感覚があった。
「智、怖いって。新人びびってるぞ」
翔が言う。
「別に見てない」
初めて聞く声だった。
低く、短い。
「いや見てたろ」
「見てない」
「いや——」
「そこまで」
榊 伸介の一言で、翔がぴたりと止まる。
部長はファイルを机に置いた。
「遊ぶのは後にしろ。そろそろ活動行くぞ」
「はーい」
翔だけ返事が軽い。
今日の活動内容は、駅前広場の清掃らしい。
「初心者向けだ」
榊がそう言った。
「ボランティアに初心者向けとかあるのか」
「ある。今日は走らなくて済む」
「基準そこなんだな」
外に出ると、雨は止んでいた。
雲の切れ間から夕方の光が落ちている。
さっきまでの重い空気が嘘みたいだった。
「翼くん、こっち持って」
沙良に言われ、軍手やゴミ袋の入った箱を受け取る。
見た目より重い。
「大丈夫?」
「……問題ない」
自然に持てる。
体の使い方だけは、妙に分かる。
駅前広場は人通りが多かった。
学生、会社員、買い物帰りの家族連れ。
ありふれた景色。
誰もが普通に歩いている。
「よし、班分けするぞ」
榊が手短に指示を出す。
「翔と翼で広場側。沙良と智は商店街側。俺は全体見る」
「全体見るって一番楽なやつでは?」
翔が言う。
「文句あるならお前が全体見ろ」
「ないです部長」
「じゃ、行くか新人」
翔がゴミ拾い用のトングを渡してくる。
「新人って呼ぶな」
「じゃあ翼」
「急に馴れ馴れしいな」
「今さら?」
軽口を叩きながら歩く。
駅前のベンチの下、植え込みの脇、自販機の横。
思ったより吸い殻や空き缶が多い。
「こういうの、意外とあるんだよな」
翔が言う。
「誰かがやらないと残り続けるし」
「……お前、意外と真面目なんだな」
「“意外と”いらなくね?」
そのときだった。
駅の大型モニターが、一瞬だけ乱れた。
画面にノイズが走る。
「ん?」
翔が見上げる。
次の瞬間、元に戻った。
広告映像が流れ始める。
「古いなあれ」
翔は気にも留めていない。
だが、翼は動けなかった。
ノイズの一瞬。
そこに、別の映像が見えた気がした。
赤い空。
崩れた駅舎。
誰もいない広場。
「……っ」
頭の奥がざわつく。
息が浅くなる。
「おい、翼?」
翔の声で我に返る。
「顔色悪いぞ」
「……いや、大丈夫だ」
大丈夫じゃない。
でも、説明できない。
そのとき。
人混みの向こう。
改札前の柱の陰に、誰かが立っていた。
黒いフードを被った人物。
こちらを見ている。
「……誰だ」
「ん?誰が?」
翔が振り向いた瞬間、もういなかった。
人の波に紛れたのか、最初からいなかったのか。
分からない。
ただ、胸の奥だけが妙にざわついている。
「翼」
いつの間にか、榊が後ろに立っていた。
「……部長」
「無理するな」
短い言葉。
だが、その目はいつもより鋭かった。
まるで——
フードの人物の存在を、知っているみたいに。
「……あれ、誰だ」
思わず聞く。
榊は数秒黙り、
「見間違いだ」
そう答えた。
嘘だ、とすぐに分かった。
夕方の駅前。
人々は変わらず行き交う。
笑い声も、電車の音も、何一つ変わらない。




