第36話:刺客
《観測開始》
白い文字が、全員のスマホに浮かび上がる。
誰も触っていない。
それなのに、画面は勝手に切り替わっていく。
「またか……」
翔が息を呑む。
次の瞬間。
部室の時計の秒針が止まった。
カチッ。
四時四十四分。
それ以上、一秒も進まない。
「……時計が」
沙良が呟く。
窓の外を見る。
木々が揺れていない。
飛んでいた鳥も。
空中で静止していた。
「嘘だろ……」
ひよりが小さく声を漏らす。
部室の中だけが動いている。
外の世界は、完全に止まっていた。
「時間停止……?」
智が静かに言う。
榊は首を横に振った。
「違う」
「これは観測領域だ」
「観測領域?」
「外の時間を止め、内部だけを切り離した空間」
澪の表情が険しくなる。
「こんな規模……今まで
でも見たことがない」
その時だった。
コン。
部室のドアがノックされた。
全員が固まる。
外は止まっている。
なら。
誰が。
コン。
もう一度。
「……入るぞ」
低い男の声。
翼たちは思わず顔を見合わせる。
ガチャ。
ドアがゆっくり開く。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒いロングコート。
胸元には銀色のバッジ。
そして、淡い灰色の瞳。
年齢は二十代前半ほど。
見覚えはない。
だが。
澪と榊の顔色が、一瞬で変わった。
「……まさか」
澪が息を呑む。
青年は静かに部室へ入る。
敵意は感じない。
それでも、部屋の空気は張り詰めていた。
青年は翼を見つめる。
数秒。
何も言わず。
やがて、静かに口を開いた。
「初めまして」
「橘翼」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「俺はオブセルウァートルだ」
翔が思わず一歩前へ出る。
「お前が人を消してるのか?」
青年は首を横に振る。
「違う」
「俺たちは消しているんじゃない」
一度言葉を切り。
静かに続けた。
「消える未来を、観測しているだけだ。」
部室が静まり返る。
翼は青年から目を離さない。
「……嘘だ」
青年は少しだけ苦笑した。
「そう思うだろうな」
「でも今日は戦いに来たわけじゃない」
「じゃあ何しに来た」
翼の問いに。
青年はポケットから、一枚の写真を取り出した。
それを机の上に置く。
そこに写っていたのは。
未来の翼。
A-01。
そして。
もう一人。
今ここにいるはずのない人物。
現在の翼と、まったく同じ顔をした青年だった。
青年は静かに言う。
「君は知らないだろう」
「でも、俺は知っている」
「君は一度だけ」
写真に写るもう一人の翼へ視線を向ける。
「自分自身と出会っている。」
部室の空気が、一気に凍りついた。




