第30話:三時間前
A-01は。
今、この時代にいる。
誰も言葉を発せなかった。
部室に流れるのは、時計の針の音だけ。
「……三時間前?」
最初に口を開いたのは翔だった。
「いや待て」
写真を指差す。
「これ本物なのか?」
ひよりも画面を覗き込む。
「加工とかじゃないんですか?」
榊は首を振った。
「違う」
「分かるのか?」
智が聞く。
「未来のデータ形式だ」
短い返答。
それだけで十分だった。
つまり。
この写真は本物。
そしてA-01は現代に存在する。
翼は写真を見つめた。
駅のホーム。
金色の髪。
こちらに背を向けて立つ少女。
たったそれだけなのに。
心臓が妙に騒ぐ。
「……どこの駅だ」
智が呟く。
全員が画面を拡大する。
しかし画質は荒い。
駅名までは見えない。
「駄目か」
その時だった。
「これ」
沙良が画面を指差した。
「大学の最寄り駅じゃない?」
一同が顔を上げる。
「え?」
翔が聞き返す。
「ほら、この広告」
沙良はホームの柱を拡大する。
そこには小さなポスター。
文字は潰れている。
だが。
見覚えがあった。
「……本当だ」
翼が呟く。
先月から貼られている大学祭実行委員会の広告。
最寄り駅にしかない。
「じゃあ近くにいるのか?」
「可能性は高い」
榊が答えた。
部室の空気が変わる。
さっきまで遠い未来の話だった。
でも違う。
A-01は手が届く場所にいる。
「探す?」
ひよりが聞く。
だが。
誰もすぐには答えなかった。
スマホには確かに書かれていた。
《接触は推奨されない》
その言葉が引っかかる。
「理由が分からない以上」
智が言う。
「無闇に会うのは危険かもしれない」
「でも探さなきゃ始まらないだろ」
翔が反論する。
「それも正しい」
珍しく意見が割れる。
その時。
翼のスマホが震えた。
また知らない通知。
全員が固まる。
翼はゆっくり画面を見る。
そこには文字が一行だけ表示されていた。
《橘翼へ》
心臓が跳ねる。
続いて文章が現れる。
《彼女を探さないでください》
部室が静まり返る。
さらに。
《あなたは既に一度、彼女を失っています》
「……は?」
翼の声が漏れる。
失った。
その言葉と同時に。
頭の奥で何かが砕けた。
夜空。
崩壊した街。
伸ばした手。
届かなかった指先。
そして。
涙を浮かべながら笑う金髪の少女。
『ごめんね』
その声だけが、
やけにはっきりと聞こえた。
「っ!!」
翼は反射的に立ち上がる。
「翼!」
沙良が驚く。
だが翼は写真を見つめていた。
胸が苦しい。
理由は分からない。
記憶もない。
それでも。
確信だけはあった。
この少女は。
自分にとって、
絶対に忘れてはいけない存在だった。




