第28話:被験者番号0
《被験者認証完了》
その文字が表示された瞬間。
翼の視界が白く染まった。
「翼!」
沙良の声が遠く聞こえる。
次の瞬間。
知らない景色。
白い部屋。
冷たい照明。
ガラス越しに誰かがこちらを見ている。
『被験者番号0、接続安定』
機械音声。
『記憶同期率32%』
誰かが言う。
『やはり適合する』
『橘翼なら可能だ』
そこで映像が途切れた。
「っ!!」
翼は机に手をついて呼吸を整える。
全身から汗が噴き出していた。
「大丈夫か!?」
翔が駆け寄る。
「……今のは」
翼は荒い息のまま呟く。
「研究施設みたいな場所だった」
澪と榊の表情が変わる。
「何を見た」
榊が聞く。
「被験者番号0って言われた」
沈黙。
数秒。
誰も何も言わない。
その反応だけで分かった。
「……知ってるんだな」
榊は目を閉じる。
「知っている」
「説明しろ」
翼の声は強かった。
「俺はいったい何なんだ」
榊はしばらく黙った。
そして静かに口を開く。
「未来の橘翼は、最初のクロスリンク適合者だ」
部室が静まり返る。
「最初?」
智が聞く。
「ああ」
榊は続ける。
「時間軸を越える技術は、元々存在しなかった」
「じゃあどうやって」
「実験だ」
翼の胸がざわつく。
「実験?」
「政府は時間崩壊を防ぐために、人間を使った適合実験を行った」
沙良が顔をしかめる。
「人間を?」
「失敗例は数え切れない」
部室が重くなる。
「その中で唯一成功したのが」
榊は翼を見る。
「橘翼だった」
誰も言葉を発しない。
翼自身も。
何を感じればいいのか分からなかった。
「……じゃあ俺は実験体だったのか」
「違う」
答えたのは澪だった。
「少なくとも、私はそう思ってない」
澪は真っ直ぐ翼を見る。
「あなたは何度も人を助けた」
「……」
「何度も世界を救おうとした」
その声は震えていた。
「だから被験者なんかじゃない」
部室が静かになる。
その時。
ピロン。
壊れたはずのひよりのスマホから音が鳴った。
全員が固まる。
「え」
ひより自身も驚いていた。
画面は割れたまま。
なのに。
通知が表示されている。
そこには一枚の画像。
誰も見たことのない集合写真だった。
赤い空。
崩壊した街。
そして。
そこには翼がいた。
澪もいる。
悠真もいる。
そして。
誰も知らない少女が一人。
金色の髪。
少し幼い顔立ち。
その少女は翼の隣で笑っていた。
「……誰だ」
翼が呟く。
すると。
ひよりのスマホに新しい文字が表示される。
《対象コード:A-01》
《記録喪失済み》
《発見》
澪の顔色が変わった。
「嘘でしょ……」
「知ってるのか」
澪は写真を見つめたまま、
小さく呟く。
「その子は——」
そこで言葉が止まった。
まるで何かに邪魔されたように。
次の瞬間。
澪が頭を押さえる。
「っ……!」
世界そのものが、
その少女の情報を隠そうとしているかのようだった。




