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第23話:忘れたくない名前

 翼が拠点へ戻ると、部室の空気は重かった。


 翔が机に突っ伏している。


 沙良は不安そうにその隣に座り、


 智は窓際で腕を組んでいた。


「翼くん……」


 沙良が立ち上がる。


「どうなってるの、これ」


 翼の後ろから入ってきた澪を見て、翔がさらに困惑した顔になる。


「増えた」


「その感想なんだよ」


 翼が小さく返す。


 だが、いつもの軽いやり取りは続かない。


「……だから」


 翔が顔を上げる。


「マジで分かんねぇんだって」


 机の上には、数枚の写真。


「写真にはいる」


 翔が言う。


「でも思い出せない」


 声が少しだけ震えていた。


「こんなやついたっけってなる」


 沙良が苦しそうな顔をする。


 部屋が静かになる。


 その時。


「……いた」


 智が低く呟いた。


 全員がそっちを見る。


「普通にいた」


 智は写真を見たまま続ける。


「声でかかったし、毎日うるさかった」


 翔が目を見開く。


「智、お前覚えてんの?」


「全部じゃない」


 智は少し眉をしかめる。


「なんか、頭の中がズレる感じはある」


「ズレる?」


 澪が反応する。


「思い出そうとするとノイズが入る」


 智はこめかみを押さえた。


「でも、“いた”って感覚だけ残る」


 澪が驚いたように智を見る。


「……認識の保持?」


「何それ」


 智は淡々としている。


 榊が静かに言った。


「普通なら、最初に消えるのは記憶だ」


「でも智は消えてない」


 澪の声には警戒が混じっていた。


 翼は智を見る。


「お前、大丈夫か」


「頭痛いくらい」


 軽く言う。


 だが顔色は少し悪い。


「無理して思い出してる?」


 沙良が聞く。


「別に」


 智は窓の外を見た。


「ただ、“消える”の気持ち悪いだけ」


 その言葉が、妙に重かった。


 翼はスマホを取り出す。


 ひよりとのトーク画面を開く。


 ちゃんと残っている。


 昨日のスタンプも、意味の分からない勢いのメッセージも。


 でも。


 画面が一瞬だけノイズみたいに揺れた。


「っ……」


 澪の顔が変わる。


「存在の情報が薄れてる」


「止める方法は」


 翼が即座に聞く。


 澪は数秒迷い、静かに答えた。


「“この世界との繋がり”を強くする」


「繋がり?」


「記憶、感情、関係性」


 澪は写真を見つめる。


「世界に、“ここにいる存在だ”って認識させ続ける」


 翔が苦い顔をする。


「いや、でも俺……」


「思い出せなくてもいい」


 翼が言った。


 全員が翼を見る。


「覚えてるやつがいればいい」


 その瞬間。


 ガチャ、とドアが開いた。


「お疲れさまで——」


 ひよりだった。


 いつも通りの笑顔。


 いつも通りの声。


 だが。


 翔だけが、困ったような顔をした。

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