第22話:消える
“日常が消える”。
その言葉は、想像以上に重かった。
「……どういう意味だ」
澪は視線を逸らさずに答える。
「時間軸が不安定になると、“存在のズレ”が起きる」
「ズレ?」
「本来存在しないはずの出来事が増える。逆に、あったはずのものが消える」
風が強く吹く。
「最初は小さい違和感だけ」
澪は続ける。
「物の配置が変わる。記憶が食い違う。昨日話したことが、誰かの中では無かったことになる」
翼は息を止める。
最近の違和感。
知っているようで知らない記憶。
「……それが進むと?」
榊が代わりに答えた。
「人そのものが消える」
沈黙。
歩道橋の下を車が通り過ぎる音だけが響く。
「そんなの……」
現実味がない。
でも。
二人の顔は冗談じゃなかった。
「だからあなたが必要なの」
澪が静かに言う。
「橘翼。“クロスリンク”の中心だったあなたが」
「俺は何も覚えてない」
「それでも」
澪は少しだけ声を強くした。
「あなたしかできない」
その時だった。
ピシッ。
小さな音。
翼の視界の端で、空間が一瞬だけ歪む。
「……っ」
次の瞬間。
歩道橋の手すりの一部が、ノイズみたいに揺れた。
そして。
一瞬だけ、“消えた”。
「なっ……!?」
翼が目を見開く。
すぐに元へ戻る。
だが、確かに消えた。
榊が舌打ちした。
「もう始まってる」
「早すぎる……」
澪の顔にも焦りが浮かぶ。
「今の何だ」
「局所的時間欠落」
澪が即答する。
「現実の一部が、一瞬だけ別の世界線にズレた」
意味が分からない。
でも、危険なのは分かった。
その時。
翼のスマホが鳴る。
画面には“沙良”の文字。
「……もしもし」
『翼くん!?』
沙良の声は珍しく焦っていた。
『今どこ!?』
「外だ。どうした」
『翔くんが変なこと言ってて……!』
嫌な予感。
『“ひよりちゃんって誰?”って……!』
空気が凍った。
「……は?」
『みんなで一緒にいたのに、翔くんだけ“そんな子知らない”って……!』
翼の背筋が冷える。
澪の顔色が変わった。
「まさか……」
榊が低く言う。
「存在が消されたか」
電話越しで、翔の声が聞こえる。
『だから誰なんだよ、その新入部員って!』
ひよりの笑い声も、返事も聞こえない。
まるで。
本当に“存在していない”みたいに。
「っ……!」
翼は反射的に走り出していた。
「翼!」
澪が呼ぶ。
でも止まれない。
頭の中で、一つだけ強く響いていた。
消える。




