第21話:幼馴染
歩道橋の上。
夕焼け。
強い風。
翼は、目の前の女性を見つめていた。
塩崎澪。
初めて聞く名前。
なのに——
胸の奥が妙に痛む。
「……どこかで」
翼が小さく呟く。
澪は少しだけ目を細めた。
「覚えてないのに、そういう顔するんだ」
その言い方が、妙に自然だった。
まるで何度も同じ会話をしてきたみたいに。
「本当に俺を知ってるのか」
「知ってる」
即答。
「誰よりも」
榊が横で小さく息を吐く。
「……澪」
「分かってる」
澪は短く返す。
「刺激しすぎるな、でしょ」
そのやり取りだけで伝わる。
二人は昔から一緒に行動していた。
翼は眉をひそめる。
「部長も、あんたも……俺を知ってる」
「うん」
「なのに俺だけ何も知らない」
澪の表情が少し曇る。
「……ごめん」
その一言に、妙な感情が混ざっていた。
後悔。
安心。
悲しさ。
「謝るな」
翼が言う。
「説明してくれ」
澪は数秒黙り、
そしてゆっくり口を開いた。
「未来のあなたは、“クロスリンク”の中心だった」
またその単語。
「時間改変災害を止めるための特務班」
「……俺が?」
「うん」
澪は翼を真っ直ぐ見る。
「あなたは、一番多くの時間を渡った人」
「意味が分からない」
「今はそれでいい」
榊が口を挟む。
「全部理解しようとするな」
澪は少し不満そうに榊を見る。
「でも時間ないよ」
「分かってる」
空気が重い。
でも。
翼が一番気になっていたのは、別のことだった。
「……あんたは」
澪が視線を向ける。
「俺とどういう関係だった」
一瞬。
澪の動きが止まった。
風が吹く。
銀色の髪が揺れる。
「……幼馴染」
静かな声。
「小さい頃から、ずっと一緒だった」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の奥に映像が走る。
夕暮れ。
小さな公園。
笑う女の子。
『翼ー!早く!』
知らないはずの声。
「っ……!」
翼が頭を押さえる。
「翼!」
澪がすぐ支える。
その動きが自然すぎた。
迷いがない。
「……無理しないで」
近い。
声も、距離も。
翼は息を整える。
「……今の」
「記憶の一部」
澪が静かに言う。
「あなた、昔から記憶力すごかったから。記憶が戻り始めたら一気に来る」
「……詳しいな」
「詳しいよ」
澪は少しだけ笑った。
「ずっと隣にいたから」
その笑顔を見た瞬間。
胸が苦しくなる。
懐かしい。
でも思い出せない。
それが、ひどくもどかしかった。
「澪」
榊が低く言う。
「本題を」
空気が切り替わる。
澪の表情が真剣になる。
「……状況が変わった」
「何があった」
「ズレが急激に増えてる」
翼には意味が分からない。
だが榊は表情を変えた。
「もうそこまで来たか」
「想定より早い」
澪は翼を見る。
「このままだと、この時代にも影響が出始める」
「影響?」
「時間軸の崩壊」
その単語だけ、異様に重かった。
「最悪の場合」
澪は静かに続ける。
「あなた達の今のこの日常は、消える」
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