第17話:翌日
翌日。
翼は少し早めに拠点へ来ていた。
誰もいない部屋。
静かな空気。
机や椅子、壁の掲示物をぼんやり眺める。
ここは変わらない。
昨日までと同じ場所。
なのに——
「……未来、か」
まだ実感はない。
でも否定もできない。
知らない知識。
勝手に動く身体。
そして榊の存在。
全部が繋がり始めている。
「早いな」
後ろから声。
振り返ると榊がいた。
「部長こそ」
榊はいつものように自然だった。
まるで昨日の話などなかったかのように。
「……聞きたいことがある」
翼が言う。
「だろうな」
榊は机に荷物を置き、少しだけ息をつく。
「だが今は話せない」
「またそれか」
「中途半端に話せば、お前は確実に壊れる」
その言い方が妙に現実味を帯びていて、翼は言葉を止める。
「……俺はそんなに危ない状態なのか」
榊は数秒黙ったあと、静かに言った。
「お前は昔から、抱え込みすぎる」
その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。
「……昔って」
榊は答えない。
代わりに窓の外を見る。
「少なくとも今は、“今の自分”を優先しろ」
今の自分。
その言い方が引っかかる。
まるで、“元の自分”が別にいるみたいだった。
「おはようございますー!!」
勢いよくドアが開く。
ひよりだった。
「あ、部長と翼さんだけ!」
「朝からうるさいな」
「元気担当なので!」
いつものやり取り。
それだけで空気が少し軽くなる。
続いて翔と沙良、智もやって来た。
「お、今日は全員早いな」
「翔くんだけ遅刻ギリギリだよ」
「セーフだから問題なし!」
騒がしい。
でも、この空気は嫌じゃない。
未来の話を知った後だと、余計に思う。
こんな普通の時間が、
どれだけ貴重なのか。
「今日は駅前で配布手伝いな」
榊が資料を配る。
「チラシ配りかぁ」
翔が露骨に嫌そうな顔をする。
「笑顔の練習しとけ」
智が淡々と言う。
「翼さんは笑顔うまそうです!」
ひよりが言う。
「そうか?」
「なんか安心感あります!」
その瞬間。
胸の奥に、小さな痛みが走った。
安心感。
知らない声が、頭の奥で重なる。
『お前がいると安心する』
「……っ」
視界が一瞬ぶれる。
「翼くん?」
沙良が気づく。
「いや、大丈夫」
まただ。
最近、増えている。
断片的な記憶。
知らない誰かの声。
でも、不思議と怖くはなかった。
駅前へ向かう途中。
翔とひよりが競争みたいに前を走っていく。
「待てって翔先輩ー!」
「先輩じゃなくてもいいぞー!」
「そこなんですね!?」
その光景を見て、沙良が笑う。
「ほんと賑やかになったね」
「……そうだな」
翼は少しだけ空を見上げる。
未来がどうとか。
使命がどうとか。
分からないことは多い。
でも今、自分がここにいる理由は——
もしかしたら、
この日常を守るためなのかもしれない。




