第16話:雨宮レナ
その夜。
翼は再び、あの公園に来ていた。
理由は分からない。
でも、“ここに来れば繋がる”と、どこかで理解していた。
ベンチに腰を下ろす。
夜風が静かに吹く。
「……来たぞ」
誰に言うでもなく呟く。
数秒後。
耳鳴り。
ノイズ。
そして——
『確認。通信接続を開始します』
昨日と同じ声。
冷静で、感情を抑えた女性の声。
「雨宮レナ」
一瞬だけ沈黙。
『……名前は覚えていたのね』
「忘れろって方が無理だ」
『そう』
短い返答。
相変わらず淡白だ。
「聞きたいことがある」
『順番にして。こちらも時間に余裕はない』
翼は少し眉をひそめる。
「未来って何だ」
『そのままの意味よ。あなたは西暦2148年から来た』
あまりにも自然に言われて、逆に現実感がなかった。
「……本気で言ってるのか」
『冗談を言っている状況に見える?』
見えない。
むしろ声には切迫感すらある。
『現在のあなたは時間遡行任務中。コードネームは“クロスリンク”』
その単語に、頭がわずかに痛む。
Cross Link。
どこかで聞いた。
いや、“知っている”。
「っ……」
『橘?』
ノイズ混じりの声。
その瞬間。
視界が揺れた。
暗い通路。
赤い警報灯。
誰かが叫んでいる。
『翼、走れ!!』
知らない男の声。
次の瞬間、映像は途切れた。
「……はぁ、っ」
呼吸が乱れる。
『記憶フラッシュか』
レナの声が少し低くなる。
『想定より早い……』
「今のは何だ」
『過去の記憶断片。無理に追わないで』
「無理にって——」
『脳への負荷が大きい』
言い方が、やけに慣れている。
まるで何度も見てきたような。
「お前は……俺のことをどこまで知ってる」
少しだけ間。
『全部』
即答だった。
『幼少期。訓練時代。任務記録。戦闘データ。性格傾向。全部』
「……気味悪いな」
『管理局だから』
でも、その声はほんの少しだけ柔らかかった。
『……それに』
ノイズ。
言葉が途切れる。
『私は、あなたと長い付き合いだから』
翼は黙る。
長い付き合い。
その響きに、妙な引っ掛かりを覚える。
「……俺は、未来で何をしてた」
『時間改変災害の防止』
「災害?」
『この世界は一度、大規模崩壊を経験してる』
レナの声が静かになる。
『都市消失。人口減少。時間軸汚染。』
理解できる単語と、できない単語が混ざる。
『あなた達は、それを止めるための部隊だった』
「……達?」
『あなたと、榊伸介を含む特務チーム』
その名前に、翼は息を止めた。
「部長も……未来から来たのか」
『……知らされてなかったのね』
レナが小さく呟く。
『榊伸介は、あなたより先に現代へ降りた先行任務者』
頭の中で、点が繋がっていく。
榊の言葉。
妙に落ち着いた態度。
自分を見ていた視線。
全部。
「……なんで黙ってた」
『それは彼の判断。私は関与してない』
通信の向こうで、警告音のようなものが鳴る。
『時間切れね』
「待て、まだ——」
『次回通信までに、自分の行動記録を整理して』
「は?」
『あなたは思ってる以上に、“戻り始めてる”』
最後に。
ほんの少しだけ、レナの声色が変わった。
『……無茶はしないで、翼』
その一言だけが妙に人間らしくて。
通信は切れた。
静かな公園。
でも翼の中では、もう何も静かじゃなかった。
榊も未来から来た。
自分は時間遡行任務者。
そして——
世界は、一度壊れている。
夜空を見上げる。
今まで見ていた景色が、
まるで別の世界に見え始めていた。




