第14話:通信
その日の夜。
バイトを終え、外に出ると、空気はひんやりしていた。
昼間のざわめきが嘘みたいに、街は静かだ。
「お疲れ、新人」
蓮が伸びをしながら言う。
「今日はちょっと顔死んでたな」
「そうか?」
「いつもよりな」
白瀬が鍵を閉めながら横目で見る。
「無理はしないで。倒れられると困るから」
「心配してるんですか」
「戦力としてね」
「ドライだな」
「まあでも」
蓮が笑う。
「頼りにはなってるぞ」
「……それはどうも」
軽く手を振り、二人と別れる。
帰り道。
足は自然と、いつものルートを辿っていた。
でも——
今日は少し違った。
無意識に、足が止まる。
視線の先には、小さな公園。
昼間は子どもが遊んでいた場所。
今は誰もいない。
「……なんで」
来たことがある気がする。
でも、記憶にはない。
ベンチに座る。
静かな夜。
遠くで車の音がするだけ。
その時——
頭の奥に、ノイズのようなものが走った。
キィン、と耳鳴り。
視界がわずかに歪む。
「……っ」
思わず目を閉じる。
そして——
『——応答しなさい』
声がした。
はっきりと。
すぐ近くで。
でも、周りには誰もいない。
「……誰だ」
反射的に口に出す。
『橘翼。聞こえているなら返答を』
冷静な、女性の声。
知らないはずなのに、
どこかで聞いたことがあるような感覚。
「……どこだ」
周囲を見回す。
人影はない。
街灯と、空の暗さだけ。
『周囲確認の必要はない。通信は直接接続されている』
理解が追いつかない。
「……どうなっている」
自然と、そんな言葉が出る。
一瞬の沈黙。
そして、わずかに声のトーンが変わる。
『……やはり。記憶が戻り始めているのね』
「……何の話だ」
『いいから答えて。今はどのくらいわかる?』
質問の意味は分からない。
でも、答えなければいけない気がした。
「……違和感がある。」
『十分よ』
短く、はっきりとした返答。
『こちらは管理局、通信担当——雨宮レナ』
『橘翼。あなたは任務中に記憶障害を起こした』
「……任務?」
『詳細は後回し。時間がない』
ノイズが強くなる。
『これから定期的に通信を行う。勝手な行動は控えて』
「待て」
思わず声を上げる。
「……俺は、何者なんだ」
ほんの一瞬、間があった。
『……そのうちわかるわ』
それだけ言って、
通信は途切れた。
静寂が戻る。
何もなかったかのように。
「……なんだよ、それ」
理解できることの方が少ない。
でも一つだけ、はっきりした。
自分は、
ただの記憶喪失じゃない。
そして——
自分の知らない“自分”が、
確かに存在している。
夜の公園に、一人。
翼はしばらく動けなかった。
静かな空の下で、
世界は何も変わっていないように見える。
でも確実に、
何かが動き始めていた。




