クソマップ
決闘が開始した時、ねこねこがまず思ったのはこれだった。
([ククルの数院洞]とかクソマップやないか!!)
[ククルの数院洞]――それは高低差のある広大なフィールドと、数値が刻まれたゲートによる空間転移が存在するマップだ。
このマップはその特徴から、近距離タイプ殺しとして界隈で知れ渡っていた。
(高低差や距離を利用しての遠距離攻撃! いざとなったらゲートに逃げ込んで距離を離せる環境! 一度でも捕捉された上で距離を取られたら、ウチのデッキ構成じゃどうにもならへん!!)
ねこねこのデッキは、相手を自分の周囲10m以内に入れることを想定した近距離戦用の構成になっている。遠距離型への対策がないわけでもないが、それらは牽制用としてピン差し<カードを一枚だけデッキに入れるカード用語>で入れているものであり、今回のような継続的な遠距離戦が発生しうる状況に耐えうるものではなかった。
(先手を取って距離を維持しないとウチの負けや!)
そう考えたねこねこは慌てて、手札にあった[武器獣ピックラッド]を[増殖]で増やして、大量召喚を行い、周囲の哨戒へと向かわせた。
そうして、ピックラッド全体を哨戒に向かわせて、一息ついたところで、ねこねこはふと不安になり手札を見た。
〔ユニット〕【機獣ラージライオ】回数:2(残数:2)
〔トラップ〕【ヒーリングフィールド】回数:2(残数:2)
〔マジック〕【キマイラ捕食】回数:1(残数:1)
(手札が心許ない……ピックラッド全体を、哨戒に出すのはやめるべきやったか?
もし、この状況で相手が奇襲を仕掛けてきたら、この手札で凌げるやろうか……)
決闘は始まったばかり、ピックラッドを哨戒に行かせたことから分かる通り、ねこねこも黄昏も互いの位置を把握していない。
先手を取られるリスクを恐れて、ピックラッドを大量展開して周囲に向かわせたが、ねこねこはそれによって、開始早々二枚の手札を失ってしまった。
(数はいると言っても全部をカバーできるわけやない。何処かに漏れは出来る。
そこを抜けられるか、或いは周囲に展開したことで層が薄くなったピックラッドを倒して強行突破されたら……。
潤沢な五枚の手札を持つ相手に、キマイラ捕食を除いた実質的な手札が二枚のウチやと、割とあっさりと勝負が決まってしまうかもしれへんな……)
カードゲームにおいて手札の差はそのまま現在の戦力の差を示す。
なぜなら手札が多いほど、相手の手札や場のカードに対応して、自分の有利になるように環境を変えていくことが出来るからだ。
仮にお互いのカードを一枚ずつ潰し合う展開になるのだとしたら、先に音を上げることになるのはねこねこの方だ。
だからこそねこねこは自分が取った、ピックラッドを全て哨戒に回すという選択を少し後悔していた。
(今からでも何体か手元に戻す……? いやそれは駄目や! もともとそう言った奇襲に合わないために哨戒に全振りしたんやろ! だからこれでええんや!!)
ねこねこはそう考えて、迷いと後悔を振り切る。
naru達は、ピックラッドを使って先手を取ったねこねこの手腕を褒めていたが、なんていう事はない、ねこねこにはそうするしか勝利の道はなかったから、それを行っただけということだった。
それからしばらく時間が経った後に、ピックラッドが倒される事態が起こった。
「賭けに勝った……! [キマイラ捕食]発動や!」
そう言うとねこねこは、一定時間の間に武器獣が倒されることによってDPを得られるカードを発動し、敵が追い詰められてやってくると思われる方向へと移動していった。
☆☆☆
そうして相手を捕捉したねこねこだったが、黄昏に出し抜かれて一度目の攻めを防がれてしまっていた。
(ラージライオの足がやられた!)
本来なら今の一撃で黄昏に大ダメージを与える予定だった。
仮にそれが出来なかったとしても、ラージライオで牽制をさせている間に、フレアノスを倒して、全員で黄昏をたこ殴りする方向へと持って行けるはずだった。
(ラージライオが間に入れば、フレアノスの援護がしづらくなるはずやった。
そうすれば孤立したフレアノスなんて直ぐにでも蹴散らせたはずやったが……)
状況が変わった。
ギリギリまで引きつけられたことで、判断が遅れてしまい、ラージライオは右前足を部位欠損してしまった。四足歩行を行う獣に取って片足を失うのはダメージが大きい、これでは逃げる黄昏を追うことは出来ないだろう。
「やるやないか! せやけどこっちに向かってきてくれるなら好都合やで!」
ラージライオの攻撃範囲から逃れて、こちらに向かってくる黄昏に、そんな軽口を叩きながら、ねこねこはこれからの展開を考える。
(ラージライオはダメージを回復するまで動けない。
せやから構図はラージライオを除いた二対三の形になる。
いや、それだけやない。
ラージライオという壁がない以上、幾らでもこちら側にカードの追加が可能や)
「そんなこと百も承知! [機獣キャプチャー]をケモノで三回発動、対象はリガードが一で、ファントムが二だ! そして墓地の[リカード]のケモノの効果、墓地からリカードを召喚! ファントムもケモノを発動だ!」
ねこねこの懸念通り、黄昏はあっという間に四体のユニットを周囲に並べた。
「これで数はこっちの勝ちだぜ!」
「ぬかせ! 質ではウチの勝ちや! 『砲』『塔』!」
『砲』の命令によって、サイランスはフレアノスから離れる。
このままフレアノスと相対していても、敵に囲まれるだけだからだ。
そして『塔』の命令によって、こちらへと後退を行う。
漢字の意味とユニットの行動がかみ合っていないと思うかも知れない。
だが、それも当然だ。
なぜならねこねこが使う漢字一文字に意味はなく、ただ適当に漢字辞典を開いて選んだだけだからだ。
大事なのは漢字の音が被らないこと、文字に意味を持たせれば、そこから命令の意図を推察されてしまう。
だからこそ暗号文を作るように、意味のない文字で命令を教え込んだのだ。
(キャプチャーのケモノの効果は、機獣ユニットをデッキから墓地に送って、そのユニットになることが出来る能力やったか。但し、効果は使えるがステータスは大幅ダウンする類いのものだったはず。
せやから、この効果で出たリガードは直ぐに倒せるし、考慮する必要はない。
問題は残りや……)
ねこねこはちらりと、墓地から蘇った人狼の魔獣であるリカードに目を向けた。
(元からキャプチャーで呼び出したリカードは、戦闘では使うつもりのないただの肉壁。それでもキャプチャーを使用したのは墓地利用がしたかったからや)
ことカードゲームにおいて墓地は第二のデッキとも手札とも言われる。
その使い方は様々だ。もとより墓地で発動するカードを、何らかの手段で墓地に送って使用したり、手札に加えたいカードをあえて墓地に送ってから回収することで実質的なサーチとして機能させたりもする。
インフレが進めば、墓地で融合召喚したり、シンクロ召喚したり、手札の損なしでやりたい放題出来てしまうのが墓地という存在なのだ。
(もっとも、インフレ嫌いのここの運営は、墓地利用出来るカードを余りださへんが……。確か、機獣リカードは自己蘇生持ちな上に、そこそこステータスが高い、厄介な奴だったはずやな)
そしてねこねこは、キャプチャーが変化した、幽霊のような魔獣であるファントムに視線を向けた。
(機獣ファントム……ここで問題になるのはステータスやなく効果や。
ファントムのケモノの効果は、HPがゼロになったときに、ゼロにした相手を一定時間、地面から伸びた霊糸で、その場に拘束するというデパフ系……!
彼奴を迂闊に倒してしまえば、動けない間に距離を取られる……! 絶対に倒すわけにはいかへん!)
元々そこまでステータスが高くない上に、キャプチャーの効果で更にステータスダウンしているファントム。
攻撃が少しでも命中してしまえば倒されてしまうそれを、倒さないように戦うのはかなり難しい。
(サイランスでファントムを倒して――)
「ファントム! プレイヤー以外には倒されないようにしろ!」
(そう上手くはいかへんか!)
黄昏の指示で、ファントムは飛んで、サイランスから逃げ、代わりと言わんばかりに、黄昏とフレアノス、リカードが攻め入ってきた。
「『鉄』!」
サイランスがフレアノスに突撃する。
フレアノスは前回と同じようにそれを受け止めるが、前回と違って、サイランス一頭だけの力では、フレアノスを押し込めることは出来ない。
しっかりとサイランスを受け止めたフレアノスが、攻撃に移ろうとする前に、ねこねこは動いた。
とん、とねこねこは手に持った棒で、軽くサイランスを叩く。
その直後、サイランスは光の粒子となり、ねこねこの持つ棒へと吸い込まれた。
そしてねこねこの棒は有機的な力強さを持った槍へと変化する。
「――しっ!」
そしてそのまま槍と化した武器でフレアノスを通り抜け様に切り裂く。
「がぅぅ」
腕を大きく切りつけられてフレアノスが怯む。
部位欠損させることが出来なかったことを残念がりながらも、ねこねこは自分を狙ってきたリカードの攻撃を、体を反らして回避する。
そこを狙って黄昏が双剣槍を突き出してくるが、ねこねこが武器化していたサイランスを解除すると、抜け出した光の粒子が空中に集まってサイランスを形作り、サイランスはその角を落ちるように黄昏に向かって振り下ろした。
「解除は周囲なら任意の場所かよ!」
それを見た黄昏は、思わずそう叫びながらも、振り下ろしてきたサイランスの角を双剣槍で受け止める。
だが、その衝撃で黄昏が動きを止めてしまった。
そしてその機を逃さないと言わんばかりに、予めタイミングを遅らせていた二体目のサイランスがフレアノスへと向かう。
「……させるか! リカード!」
その言葉でねこねこと戦っているリカードではないもう一体が、フレアノスを守るように前に立った。
「この瞬間を待ってたんや! 〔本能解放〕!」
獣属性モンスターの能力を一瞬だけ向上させる本能解放の効果で、瞬間的に加速したサイランスが、リカードを押し流してリカードごとフレアノスを貫いた。
光の粒子となって消えるリカードだが、フレアノスはまだ消えていない。
(届かへんかったか!)
一度に二枚を抜きをする絶好の策だと思っていたが、ダメージ計算をミスってしまい、微妙にフレアノスのHPが残ってしまった。
既に死に体のようなものだが、生き残っているなら行動が出来てしまう。
「がぁあああああ!!」
自らの死を悟ったフレアノスは、主への最後の奉仕をするために、捨て身の攻撃を自らを突き刺しているサイランスに仕掛けた。
逃げることもせず、傷ついた部位への影響も考えず、フレアノスはただただ力強く振りかぶった炎の刃とかした爪を、サイランスに突き立てた。
「ぐぉおおお!」
フレアノスの会心の一撃を受けて、サイランスが叫ぶ。
(ヒーリングフィールドを使うか? いや、あれの回復量じゃもう間に合わへん)
ねこねこはフレアノスと互いに突き刺し合うサイランスを見捨てることにした。
そして介入者のいなくなった泥沼の争いをする二体は、やがて双方とも力尽きて、光の粒子となって消えた。
(サイランスはまだ一体手札にいる。必要になったら補充すればいい。
せやから今は先にこっちを片付ける!)
ねこねこは、角が捌かれて、黄昏から斬られているサイランスに棒を当てて、そのサイランスを槍へと変化させる。
「出たり消えたりと!」
「うちの持ち味やからな!」
「だがそれが隙になる!」
攻撃しようとしていたサイランスが消えて、黄昏は勢いを削がれるが、直ぐに持ち直して、サイランスという壁がいなくなったねこねこを狙う。
だが、そうなることはねこねこも想定している。
「[リアクターウィンド]!」
「っく!」
ねこねこはちらりと一瞬だけ黄昏の方へと視線を向けて、自分と黄昏の間に風の盾である防御魔法を生み出した。
黄昏の双剣槍はその風の盾にぶつかると、それに反発するように強烈な風が生まれて、それが黄昏にダメージを与えながら吹き飛ばした。
リアクターウィンドは風の盾を生み出す。
その風の盾は攻撃を受けたときに、強烈な風で反撃を行う機能を持っている。
ねこねこはこれによって黄昏を引きはがして、リカードを仕留める状況を作ったのだ。
「がぅ!」
「浅い……!」
ねこねこは槍でリカードを切り裂くが、事前に背後に飛び退いて体を反らしていたリカードを、深く斬り付けることは出来なかった。
「もう一度!!」
再び踏み込んで槍でリカードを貫こうとするねこねこ。
だが、そのリカードとねこねこの間にファントムが割って入ってきた。
「っち! 邪魔や!」
勢いがついて止まれなかったねこねこは、槍をファントムから逸らして地面に突き刺す。
そして槍からサイランスを分離させて、ファントムを攻撃させようとするが、ファントムはふらっと飛んで逃げた。
そして再びリカードに目を向けた時には、既にリカードはこちらから距離を取ってしまっていた。
(駄目や。ファントムが邪魔すぎる。ともかく排除しないとあかん)
ねこねこはそう思い、自分の手札へと視線を向ける。
〔ユニット〕【武器獣ラージライオ】回数:2(残数:1)
〔トラップ〕【ヒーリングフィールド】回数:2(残数:2)
〔ユニット〕【武器獣サイランス】回数:3(残数:1)
〔ユニット〕【武器獣アローイーグル】回数:2(残数:2)
〔マジック〕【本能解放】回数:3(残数:2)
〔マジック〕【リアクターウィンド】回数:2(残数:1)
[キマイラ捕食]の影響もあってまだまだ手札は潤沢にある。
未使用の手札は武器獣アローイーグルとヒーリングフィールドの二つ。
ヒーリングフィールドは味方のHPを継続回復するフィールドを作成するもので、武器獣アローイーグルは弓へと変化する鷹だ。
(正直に言ってアローイーグルを使えばファントム達は倒せる。
せやけどそれをするのはリスクがある)
ねこねこは、黄昏が手に持っている黒い無骨な銃を思い出す。
(あれが何の銃かはぱっと出てこうへんが、何はともあれ銃には違いない。
アローイーグルは脆いユニットや、出したところで、あの銃で撃たれて終わりになるのが目に見えとる)
銃系統のカードはそれなりにある。
それ故にねこねこは、黄昏が持つ帝国式フレアバレットについて、どのようなものなのか判断がつかなかったが、それでも遠距離攻撃を行う何かしらの銃火器のカードだと認識していた。
だからこそファントムへの有効な手立てであるアローイーグルを使わなかったのだ。
(アローイーグルは弓が強力な分、残数が少ない。無駄打ちなんて絶対駄目や。
残りの手札のカードにも、簡単に彼奴らを始末できるものはない。ふらふらと飛んで逃げられたら倒すのに手間がかかる。ならあれを使うか――)
ねこねこは思いついた状況挽回のための一手を打つことにした。




