魅せられた者
黄昏とねこねこが激闘を繰り広げる一方で、ユーリ達は観戦室にある複数のディスプレイを見ながら、その戦いについてお互いに語り合っていた。
「うーむ。転送位置からしてねこねこの不利になるかと思ったが、ねこねこが優勢な展開となったな」
「確かにね。これはねこねこが上手かった。武器獣ピックラッドを使っての大規模哨戒で、相手の位置を先に把握したのが功を奏した形だね。
今回みたいにフィールドが広いと、探知系のカードで探知しても、辿り着くまでに移動される可能性が高いし、物量で虱潰しにして、同時に足止めもするってのはベストな選択だ」
CCOの言葉に、naruが同意の意を示す。
「お互いの意識の差もあるだろうな。相手が近接タイプだからと、出会うまでは体力温存で行こうと、積極的に索敵を行わなかった黄昏と、相手に利を与えないために、積極的に索敵を行っていたねこねこでは、どう足掻いてもねこねこが先攻を取ることになっていたはずだ。
つまるところ、広大なフィールドだから猶予があると油断した黄昏の失策だ」
常在戦場の心構えがたらんと、あーさーは厳しい目で黄昏を見た。
「後手後手に回って、相手の優位な距離に詰め寄られた。
ねこねこはもう自分のデュエルスタイルである武器獣との連携を始めてる。
黄昏に取っては厳しい戦いになりそうだ」
「接近戦にもつれ込めば、優れた新人類であろうとはめ殺すからな、ねこねこは。
あのゲームのような教え込ませたコンボは、一度嵌まれば容易に抜け出せるものではない」
ブレイブカードでは、ユニットカード一枚一枚に個別でAIを詰んでおり、ユニットを召喚して学習させれば、事前に教え込ませた命令に合わせた行動をさせることが可能だ。
ねこねこはそれを使用して、事前に漢字一文字に対する行動を幾つも仕込むことで、様々な状況において、瞬時に連携の取れたユニットの行動を起こせるようにしている。
それはさながら格闘ゲームのコンボのようなもので、○×□△ボタンを押して、次々とその場に合わせた攻撃を繰り出すように、その場の状況に応じた複数の漢字の組み合わせが相手を捕らえて、そのまま嬲り殺しにすることが出来るのだ。
「それは黄昏も理解しているよ。
だからこそ、ギリギリまで引きつけて防御魔法を使用することで、相手のコンボのタイミングを外したんだろうしね」
それが黄昏をよく知るnaruの見立てだった。
「むぅ?」
「如何したんだいユーリ?」
黄昏とねこねこの戦いをじっと見ていたユーリが突如そんな声をあげたため、naruは初心者であるユーリの疑問に答えようと問いかけた。
ユーリはnaruの方へと振り返ると、一瞬口籠もるも、好奇心に勝てなかったのか、疑問に思っていたことをnaruへと伝える。
「カード名を言ってないのに、カードの効果が発揮してた」
「ああ、なるほど。確かに知らないと、カード名を言わないと効果を発揮しないように見えるかも知れないね。
でも実際はそうじゃないんだ。使いやすいからカード名を宣言してるだけで、ブレイブカードでは【思念操作】、【音声操作】、【手動操作】の三つの操作方法が存在しているんだよ」
「三つもあるの?」
「そう。それで、それぞれの操作方法は【対象指定】、【使用指定】、【発動宣言】の各フェイズで別々の形で使用することが出来る」
そう言うとnaruはブレイブカードの公式サイトの説明ページを表示した。
そこには『カードの発動について』というタイトルと共に、幾つかの簡潔な絵が表示されている。
「各フェイズはそれぞれカード発動の流れを示しているんだ。まず対象指定でカードを発動させる対象や空間を指定し、次に使用指定でどのカードを使用するかを決定する。最後に発動宣言で実際にそのカードを発動するタイミングを宣言するといった流れだね」
「ふ~ん……」
「もっともこれは基本的な流れで、カード効果の種類や、操作方法の種類によって、一部順番が前後することもあるから、必ずこうなるというわけではないけど」
興味深げに聞くユーリに対して、naruは公式サイトの解説ページの絵を見せながら、丁寧に内容を説明していく。
「なら発動宣言を先にしていた?」
「いや、それは違う。黄昏は発動宣言のフェイズを、思念操作で操作したんだ」
そう言ってnaruは、発動宣言について書かれた絵を表示した。
「発動宣言フェイズでのそれぞれの操作は、音声操作がカード名の宣言する、手動操作がデュエルリングで発動対象カードを選択する、思念操作が思考で発動対象カードを選択して、発動確認メッセージに許可を出すとなっている。
黄昏は思考で発動宣言を行っていたから、外部に知らせる事無くカードを発動させることが出来たんだ」
naruのその説明を聞いたユーリは首を傾げた。
「むぅ? なら、なんで全部、思念操作で操作しないの?」
それは当然の疑問だった。
カード名を宣言すれば、どんなカードを使うか知られて対処される可能性が上がってしまう。
ならば相手に、使っているカードを知られないように、全て思念操作で行った方が遥かに有利に戦えるはずだとユーリは考えたのだ。
そのユーリの疑問にnaruは頷く。
「確かにね。全て思念操作で操作することが出来れば恐ろしく強くなるだろう。
だけどそう上手くはいかない。発動宣言の思念操作は操作がとても難しいんだ」
「なんで、考えるだけなら簡単にできる」
「そうだね。でもその簡単にできるというのが問題なんだ」
「???」
「このゲームでは、相手のカードや動きを読んで、それに対抗する手段を、自分の手札と相談しながら考える必要がある。
だから常に戦いながら、相手がこう来たらこのカードを使おう、相手がこう来なかったらあっちのカードを使おうと常に思考しているんだ。
そのため、単純に使おうと思っただけで発動するような仕組みだと、カード発動の誤爆が大量に起こることになる。
故に思念操作では、誤爆防止のために、発動対象を選択した後、幾つかの確認メッセージに許可を出す必要があるんだ」
そこまで説明したところであーさーが横から補足を口に挟む。
「ブレイブカードはリアルタイムで進行するカードゲーム。カードの打ち合い、武器のぶつかり合いをしている中で、確認メッセージに思考を割かれるのは、明確な隙になり得る」
「だからこそ、多くのプレイヤーは思念操作を発動宣言として使用しないんだ。
カードゲームにおいてタイミングというのは重要だからね。ワンテンポ遅れてしまう思念操作を使ってカードを無駄打ちするよりも、音声操作を使用してカード名を知られても良いからタイミング良く発動させた方が良いという考えが主流なのさ」
カードゲームにおいてカードの発動タイミングというのは重要なものだ。
効果的なタイミングで発動させることが出来なければ、そのカードは死に札になるし、最悪、逆に利用されて、相手に利を与えることになりかねないからだ。
「でも、黄昏は思念操作を使った」
ユーリはnaruの説明を聞いて、反発するようにそう呟いた。
音声操作を使用するのが主流のはずなのに、思念操作を使用していると。
「まあ、何事にも有効なタイミングというのはあるからね。
思念操作は発動に手間がかかるけど、今回のように事前に何が来るかわかっていて、その他のことに手を取られずに待ち構えることが出来るなら、無理なく発動することが出来る。
黄昏はカード名を宣言するよりも、ギリギリまで引きつけて、相手の攻撃を不意に防ぐことで、相手の勢いを削ぐことを優先したのさ」
「むぅ……」
naruの説明を聞いてユーリは唸った。
確かにギリギリまで引きつけて発動させたことで、ねこねこの次の手を封じて、先んじて攻撃に移ることが出来ていた。
「今回のように各フェイズでどの操作を使うかも、戦略の一部となるんだ。
例えば対象指定では、音声操作では口頭で指定した場所が対象となり、思念操作では使いたい場所を視認することで現れるマーカーが対象となり、手動操作では現出させたカードが存在する場所が対象となるんだけど、普通は視認している場所に対して直ぐに使用できる思念操作が使われるが、手動操作も、事前に設置することで擬似的な罠として、視認外で効果を発動させたり、或いは現出したカードを相手に投げることで牽制する、と言ったことで結構使われたりするんだ」
「カードを投げて相手の後方にユニット出して挟み撃ちにするというのは一般的な戦法の一つだ。どんな達人であっても、前後で囲まれて同時に攻撃されると、きついものだからな。
……ただ、現出したカードには耐久値があって、それがゼロとなり、壊されたら発動出来ずにそれまでとなるから、防ごうと思えば簡単に防げるものではある」
「あーさーの言う通り、手動操作でのカードの現出にもデメリットはあるからね。
現出したカードを破壊されるというのもその一つだけど、一番のデメリットは現出したカードは未発動でも使用済カードとして扱われてしまうということかな。
現出したカードを回収して、デュエルリングに収納しなおせば未使用カードに戻せるが、それまではリバイブのコスト対象として使用することが出来なくなる。
下手にそこら辺に現出したカードを仕掛けまくっていたら、手札が足りなくなって、奇襲を受けてあっさりと負けてしまうということだってあり得る」
そこまで話すとnaruは纏めるようにいった。
「これまで色々と説明したけど、基本は思念操作で発動位置を指定して、音声操作で使用対象の指定と、発動の宣言を行うと思っていれば大丈夫だよ。後は状況に合わせて他の操作を使用していくって感じかな」
そして話し終えたnaruはユーリに視線を向けるが、ユーリは難しそうな顔をしていた。
「それが基本的な操作なの?」
「何か気になることがあるのかい?」
「……音声で毎回カード名を読むの大変そう」
ユーリはそれほどしっかりとカードを確認したわけではなかったが、ブレイブカードを始めるときに選ばされたスターターデッキの内容物を見たときに、それなりに長いカード名があったはずだと思い出しながらそう呟く。
「ああ、なるほどね。毎回カード名を全て言わないといけないとなると確かに大変だけど、効果を発動して使用済み状態になった手札だったり、サーチカードなどで手札に加えたりした、カード名が公開済みの手札のカードは、名称を省略して発動することが出来るから、そこまで大変でもないよ。
実際に黄昏も、フレアノスを召喚するときは、略称で発動宣言をしていたでしょ?」
「確かに」
「それに武器獣とかのテーマカードを使用する時は、ねこねこがやったように同時に宣言する場合は、テーマ名の部分を一度言えば以降は省いて発動出来るし、複数回発動する時は二体とか言えば二回名前も呼ぶ必要がないからね。
そうやって音声での操作が面倒にならないように、色々と省略出来るようになっているんだ」
「ふ~ん……」
ユーリが納得したようにそう呟く姿をnaruは目にしながら言う。
「他に使いにくいなと思った機能があったら、メニューから出せる運営への要望に記載するといいよ。ものによってはオプションという形で実装したりしてくれるし、駄目でも検討だけはしてくれるみたいだから。
……っと長々と話しすぎてしまったね。黄昏達の試合に目を戻そうか」
naruのその言葉を聞いて、ユーリは直ぐに黄昏達の戦いに視線を戻した。
二人の戦いを映すディスプレイの中では、黄昏とねこねこの一進一退の攻防が繰り広げられていた。
黄昏がねこねこと距離を取ろうとすれば、ねこねこはユニット達との複雑な連携で、逃げ道を塞いでそれを防ぎ、ねこねこが黄昏を追い詰めるために更なる接近戦へと踏み込めば、黄昏はカードやプラフを使って、その歩みを無理矢理止めさせる。
――それは一種の芸術だった。
まるでお互いが熟知しているダンスを踊るように、お互いの手札や思惑を読み、己のための一手を講じて、そしてそれすらも読み合って更なる手を打っていく。次々と繰り出されていくお互いの一手は、リズムを刻むように、相手の上を行こうと獰猛に踊り狂っていた。
そんなお互いがお互いの手をつぶし合う凄惨な戦い。
だが、そんな中にあっても二人の顔には笑みがあった。
ユーリはそれを見て、黄昏が言っていた言葉を思い出す。
『……カードゲームってのはさ。一人じゃ出来ないんだぜ? 必ず対戦相手がいるんだよ。そしてその相手こそがもっとも大切なんだ』
『お互いがお互いをしっかりと認識しあって、対等だと認め合って戦うからこそ、そこに駆け引きが生まれる。互いの知略の応酬が始まる。相手が自分の想像もつかないことをやってくるような意外性の楽しさが出る』
(あの時、黄昏が言っていたのはこういうことだったのかな)
ユーリの見つめる先、楽しそうに戦う黄昏とねこねこはお互いを認め合っていた。
そうしてお互いを強者だと認め合うからこそ、それを出し抜き上を行こうと全力で考え、行動していた。
そしてそれによって生み出される想像もしていない意外な展開にお互いに驚き、それすらも楽しんでカードを打ち合っている。
自分の出した技を妨害され、相手に利用される。
そんなことをされれば、その事にいらついたり、不機嫌になったりするのが普通だ。
二人にもきっとその気持ちは少なからずあるかもしれない。
だが、二人はそれ以上にそう言った自分を越えていく手を楽しんでいた。
全力で布石を引いても運や相手の手一つで容易くひっくり返される。
――でも、だからこそ楽しい。
思い通りに行かない状況を、次々と変わっていく戦況を、どうやって己の力で変えていくか考え、そしてそれを乗り越えていく――そんなカードゲームの醍醐味を垣間見て、自然とユーリの心の内はワクワクとした思いで熱くなっていった。
「これがカードゲーム……」
そしてユーリは思わずぽつりと呟いた。
苦労しながらも状況を打開しようと足掻くその姿は、VRゲームをやり始めた時の、上手くいかずに四苦八苦しながらも、ゲームを楽しんでいた自分の姿そのものだった。
そしてそれを思い出した時、再び黄昏の言葉が蘇る。
『ユーリ。このカードゲームの世界で、ブレイブカードで、ただ作業のように相手を倒す。そんな相手を見ない、独りよがりの、一人遊びをしてて楽しいか? ユーリはこの世界を楽しめているのか?』
その言葉にユーリは思う。
自分は楽しめていなかったと、自分がやっていたのは別の何かだったと。
そうして理解したときに、ようやくユーリは真っ新な目でブレイブカードを見ることが出来た。
そしてユーリはブレイブカードの凄さが、改めてわかったような気がした。
「これがブレイブカード……!」
(このゲームならユーリももう一度……!)
そんな淡い期待をさらに強くし、胸を躍らせながら、子供のようにキラキラした目で決闘を見つめるユーリ。
(狙い通りだね黄昏)
そんなユーリを、過去の自分達を見るような優しい目をしながら、naru達は見守った。




