妖精と悪魔 8
朝日が程良く部屋を温めた頃、僕はしゃっきり目を覚ました。
ルシアと登校の約束を半ば無理矢理取り付けた高揚感が僕を囃し立てる。
きっとオリバーもルイスも、僕がもう目を覚ましているなんて思いもしないだろう。家を出るまでまだ時間がある。手早く着替え、必要な教材を鞄に詰め込み、そっと部屋を出る。
使用人の朝は早く、既に動き回る気配を感じる。
抜き足、差し足、忍び足。悪戯をする心持ちで廊下を歩く。焼き立てのパンの匂いがふんわりと漂っている。
タウンハウスに着いてからのご飯はとても美味しかった。領地にいた時と変わらない味がして、ルイスに聞いたらなんと、領地から食材を取り寄せているのだと言う。
産まれてから十数年間慣れ親しんだ地を離れるので、少しでも早くこの場所に慣れるように、とお父様とルイスが話し合ってくれたんだそう。
お爺様は早々にお父様へ当主の座を譲ったので、タウンハウスには暫く主人不在が続いていた。
とは言え、仕事で王都に来るお父様が滞在する事もある。
それでも久しい主人にタウンハウスの使用人たちは張り切っている、らしい。
そろそろと廊下を進み、談話室に着いた。
大きな窓から庭が見え、小鳥達が地面をつついている。
そっと窓を開き、手を伸ばすと小鳥達は警戒心無く寄ってきて体を寄せてくる。
暫くの間小鳥達と戯れていると、談話室の扉が勢いよく開き、驚いた小鳥達は皆逃げていった。
振り向くとオリバーが額に汗を光らせ、部屋に飛び込んでくるところだった。
「リエル様!探しましたよ!置き手紙の一つくらい置いてください!」
「あれ?置いて…ない…ね…。うん、ごめん」
僕を起こす為に部屋を訪れたら人影が無く焦っただろう。
置き手紙を書くのを忘れるくらい僕は浮き足立っているらしい。
「ハーブティー要りますか?毎朝飲んでいるアレ」
「もう起きてるから大丈夫。お腹空いたなぁ。まだかなぁ」
オリバーの提案を僕は断る。
毎朝、僕はハーブティーを飲む。なんだか目が冴えるから。
でも、今日はしっかり目が冴えているから必要ない。
談話室でオリバーと喋っていると、ルイスが顔を出した。朝ご飯の支度が出来たらしい。
スキップしたくなるのを我慢しながら、ルイスに着いていき、美味しい朝ごはんに舌鼓を打ち、家を出る時間になった。
馬車に乗り込み、ルシアを迎えに行く。
そわそわしている僕は何度も椅子に座り直し、オリバーに呆れた顔をされた。
* * *
人の口に戸は立てられない。
貴族学園に妖精の子と悪魔の子が入学することは周知の事実だった。
現に、馬車を降り、並んで歩いていると至るところから視線を感じる。
ルシアに対し害そうと思っていた者は、僕が傍にいる事で改心するだろう。
逆に、僕に取り入ろうと思っていた者は、傍にルシアがいる事で、寄ってこないだろう。
僕はルシアの盾であり、ルシアは僕の盾である。お互いに、益はある。
「ねぇ、ルシア。同じクラスだといいね」
「私は絶対嫌。ちょっと触らないでってば、もう」
手を繋ぐと、眉を寄せて怒るが、ルシアは手を振り払わない。
騒めきは膨れ上がり、そして。
何処からか飛んできた魔法攻撃を目線一つで花弁に変える。
大量の花弁が降りかかってくる状況に、ルシアは勿論、誰もが目を丸くしていた。
そんな中、顔を青くして震えている一人の生徒に目を向け、僕はとびっきり極上の笑顔を浮かべる。
「歓迎どうもありがとう」
「ひ、ひぃ!」
逃げられた。
それもそうだろう。魔法、エネルギー波を全く違う物質に変えるには、膨大な魔力が必要になる。
手荒い歓迎を逆手に、僕は力量の差を見せつける場を手に入れたのだった。
「僕は、売られた喧嘩は買うつもりなんだ。ねぇ、文句あるならどうぞ?」
それから、卒業する迄、僕は妖精の皮を被った悪魔と呼ばれるのだった。
そして、ルシアは、悪魔に気に入られた哀れな女の子として同情を集める事になるのだが、また、別のお話。
これにて、完結です。
また後で、後書きを書かせていただこうとは思っていますが、此処までお付き合いありがとうございました!




