妖精と悪魔 3
談話室にあるソファーの固さを掌で押して確かめていると、最後に言伝を頼んだ執事がお茶を持って入ってきた。
「お茶をお持ちいたしましたが、何か気になることでもございましたか?」
「ううん、これはただの癖みたいなものなんだ。硬いか柔らかいか先に知っておきたいだけ」
昔、弾みをつけて座ったソファーが硬くてそのまま跳ね返されたことがある。
逆に、硬いかも知れないと警戒して、ゆっくり座ったら柔らかくてどんどん沈んでいったことも。
先に知っておけば楽なだけで、意味は特にない。何か仕込まれてるか確認しているわけでもない。
「慎重であらせられるのですね。リエル様は」
「うーん、そうなのかな」
目尻に刻まれたシワが優しく、きゅ、と身を寄せていくのを眺めていた。
そう言えば、まだこの執事の名前を知らない。名前を知らなければ、呼ぶことが出来ない。
「ねぇ、先に自己紹介してもらってもいいかな」
「勿論です。紹介が遅れたことお詫び申しあげます。私めはルイスと申します。僭越ながら執事長を任されております」
「じゃあ、困った時はルイスに相談させてもらうね」
漸く僕はソファーに腰を下ろす。程良い硬さのソファーはしっかりと僕を受け止めた。
ルイスと世間話をしていると、オリバーがトランクを一つ持って入ってきた。
革ベルトでグルグル巻きにされたそれは、僕の荷物ではないし、オリバーの荷物でもない。
疑問を顔に浮かべ、トランクを眺めていたら、オリバーが眉尻を下げ、ルイスに向いた。
「先程、リエル様宛だと侍女から渡されまして…」
「ふむ、その侍女の特徴を教えていただけますかな」
眼鏡越しに、ルイスの目はぎらりと光った。
僕はトランクに目を向け、じっと目を凝らす。しっかりと封をしてあっても、隙間から黒い魔力が漏れ出している。微かなそれは、きっと僕しか気がついていない。
ルイスとオリバーが話している横をすり抜け、トランクを抱える。
「ねぇ、ルイス。お父様のご友人、悪魔祓いのジェイコブ様にご連絡取れるかな。先にお父様に相談するべきかな…」
「御主人様に相談するべきかと」
「わかった。大きな鏡がある部屋ってあるかな?」
「ご案内いたします」
成長の遅い僕は、貴族学園に入学できる年齢になっても、十歳に見えるかどうかの幼い外見をしている。身長や顔立ち、全てが。
なのでオリバーが軽々と持ち上げていたトランクは、僕にとってはかなり大きな物で、半ば引き摺る形になってしまう。
持っていく途中で開いてしまうかも知れない。けれど、あまりオリバーやルイスに持って貰うのも気が引ける。
微量とはいえ、黒い魔力に触れさせたくはない。
「リエル様、お持ちいたします」
「大丈夫、こうするから」
オリバーが耐えかねてトランクに手を伸ばしてきたが、僕は首を横に振って固辞した。
代わりに、人差し指でくるりと宙に円を描くと、トランクはふわりと僕の手を離れ、床から浮いた。
ルイスが先導し、次に僕、そしてトランクが続いて、殿はオリバー。いくつかの扉の前を横切り、着いた部屋には、化粧台が置いてあった。
随分と大きいそれは、今は滞在していない女主人の為の物だろう。
行儀は悪いが、椅子に膝で立ち、鏡に手を当てて魔力を流し込む。
触れた部分から波打つ様に湾曲し、鏡にはもう自分は写らなくなった。代わりに、僕にとって見慣れた部屋がそこに現れた。
「誰かー!お父様を呼んでー!」
「あ、リエル。なぁに、もう寂しいのぉ?」
ひょいと顔を覗かせたのはリア。
お母様と一番仲良しの妖精だ。なんでも、お母様が人間だった頃からの付き合いだとか。
おっとりとした口調はいつも変わらない。
「違うよ、お父様に相談があって。至急だから呼んできてくれる?」
「クロちゃんってば最近忙しそうだから、ティナにも声掛けてくるわねぇ。ねぇねぇ、後ろのトランク開けてないよねぇ?」
リアは早速トランクに気が付いた。流石妖精。
鏡に顔を近付けて問いただしてくるので、僕は思わず仰反るのだった。
「開けてないよ。どうするべきかをお父様に相談するつもりだったんだ」
「うんうん、いい子ねぇ。じゃあ、クロちゃんとティナに声かけて来るからちょぉっと待っててねぇ」
背中に生えた羽を動かしながら、くるりと背を向け、リアは飛び立った。
僕らはただ、待つ。鏡の前で。
少し時が流れ、先にやって来たのはお母様だった。
子持ちに見えない美貌を持つお母様は、妖精なので、衰える事がない。
歳をとっても老けず、ただ年月を積み重ねるだけ。僕は半分人間なので、人より時間はかかるけれど、成長はする。
お母様は、学生時代、無理がたたって妖精に孵ってしまったと言う。それこそ、悪魔絡みの事件で活躍したとも聞いている。
「リエル、そちらはどう?」
「お母様!王都はとても活気があります。オリバーと共に思わずひしめき合う人を眺めてしまいました!」
「良かった。その調子だとすぐに馴染めそうね」
感情を表に出すのが苦手なお母様は、ぎこちない微笑みを浮かべていた。
でも、それは真実、心から喜んでいる笑顔なのだとわかる。
お母様と取り留めのない話をしていると、仕事に一区切りつけて来たらしいお父様がやってきた。
「リエル、そっちはどうだ」
「お父様、お母様と同じ事を聞かれるんですね」
お父様とお母様は顔を見合わせていた。二人とも表情が普段からあまり変わらないけれど、どこかむず痒そうな顔をしている。
両親のことなら、見たらわかるのだ。
「ところで、用事とは?」
「はい。今日王都に着いたのですが、屋敷に怪しい荷物が届いて…」
お父様の目はすぐに僕の後ろに鎮座するトランクに向けられた。
僅かに目を細め、黙り込むお父様は、ゆっくりとお母様の方を向く。
「これは、頼るしかないな。ついでに会わせてもらおうか」
「えぇそうね。早かったけれど、いい機会よ。リエルがあの子を気に入ればいい方向に進むかも」
両親の会話に首を傾げる。
結局、答えを教えてもらえず、すぐ屋敷にジェイコブ様がやってくるだろうから、トランクを見張っていなさい、とだけお父様に告げられたのだった。
遅筆で申し訳ございません。
落とし所をいまいち見つけられず書きたい事が湧いてくるのでもうしばらくお付き合いいただくことになるかと思います。
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