20.ジェイコブの歩み寄り
夕日が半分ほど姿を隠し、辺りを紅く染めていた。
目を覚さないマルティーナを馬車に乗せ、ワールヴォル家へと向かう。
ワールヴォル家に着くと、マルティーナの兄達に迎えられる。
「ティナはどうしたんだ?」
「魔法の演習中に倒れました」
一番上の兄、ダンテの問いにそう答える。ダンテは心配そうに眠るマルティーナを見つめていたが、さっさとマルティーナを部屋に運ぶ様、俺に言った。
「お前はまだティナの婚約者だから、責任を持って運べ」
二番目の兄、エルモは無愛想にそう言い捨てた。
特に反論する気も無かったので小さなマルティーナを抱き抱え、兄達の背中について行く。
ワールヴォル家に来るのはいつ振りだろうか。
学園に入学する少し前からろくにマルティーナに会いに来なかった事を思い出す。逆に、マルティーナが俺に会いに来なかった事も。
言葉を交わす事を辞めたのはいつからだろう。
互いに、目が合わなくなったのは。
マルティーナの部屋に着き、ベッドにおろす。
まだ眠っているマルティーナはまるで人形の様だ。顔色こそ悪いが。
ダンテが「もう今日泊まれば?」と気軽に言うものだから思わず頷いてしまう。
ブロード家に連絡しとくな、と片手を上げ去って行く。
残ったのは俺とマルティーナだけだった。
マルティーナの部屋は予想通り、質素だった。
フリルもレースも無く、本棚には本が詰まり、机には紙とペンが散らばり、床にも本棚に入りきらなかった本が積まれている。
端の方に追いやられた裁縫箱の上に刺しかけの刺繍。
そういえば何処で寝れば良いのだろうか。
聞きに行こうとしたが扉には鍵が掛かっていた。
諦めて椅子をベッドの近くに持ってきて腰掛ける。
手持ち無沙汰でやる事も無いので積んである本の中から適当に一冊選んで開いてみた。
マルティーナだけしか読まないのか、至る所にびっしりと書き込みがしてある。
(本当、命削ってまで何してんだマルティーナ)
俺には分からない。
何故頑張るのか。俺を見返す為だとは思えない。
マルティーナは、直ぐに俺を追い抜いて行ってしまうから。
書き込みだらけの本を開いたままぼんやりしていると、マルティーナから声が掛けられた。
どうやら起きたらしい。
「ジェイコブ?」
「起きたか。具合はどうだ?」
「頭がフラフラする」
枕に頭を沈めたまま、マルティーナは顔を顰めた。
いつも無表情か嘲る顔しか見なかったのでそんな顔も出来たんだな、と思っていた。
「なんで私の部屋にいるの?」
「マルティーナが倒れたから運んだ」
「変なの。エリザベスはどうしたの。なんで優しいの」
小さな手が宙を彷徨っていた。
その手を握ると、マルティーナは透明の雫を落とす。
マルティーナの口調はあまりにも幼く、夢現の様だ。
それとも、こちらが素なのだろうか。
「マルティーナ」
名を呼ぶと泣き濡れた瞳が俺に向いた。
マルティーナは起き上がり、ベッドに座る。マルティーナは横に座れと、近くを手で叩いて催促した。
マルティーナの横に座ると、マルティーナはそっと手を握ってきた。
体温が低く、少しひんやりとしている。
「肩を貸して」
「…あぁ」
マルティーナは俺の肩に寄り掛かった。睫毛は涙で濡れて輝いていた。
素直に感情を出しているとまるで子供だ。
大人びた顔も表情が乗るだけで印象がまるで違う。
夜は長い。
すれ違っていた数年間を埋めるには短いが、お互いのことを知るには充分だろう。
最初に決めていた流れと違う展開で書いているのでこれから少し更新が滞るかも知れません。




