12.クロウリーの想い
私はクロウリー・メルストン。
国境沿いに領地を持つ、辺境伯の長男だ。
わざわざ王都の学園に来る必要は無いが、婚約者でも探してこいと父に言われ仕方なくやってきた。
辺境伯と言うのは、国境を守る家となる。権威や金に目が眩んだ令嬢はごまんと居て擦り寄ってくるが、私が求める者ではない。
背中を預けることが出来て、しっかり家を守れる様な女性が好ましい。
中々そんな好条件の女性はいる訳も無く。
媚を売ってくる令嬢達に辟易していた。
授業も終わり、しつこく付き纏ってくる令嬢達を巻いて、庭園まで辿り着いた時、男子生徒の怒鳴り声と陶器の割れる音が聞こえた。
喧嘩だろうか。思わず見に行くと、憤慨した様子の男子生徒と、その後ろでほくそ笑む女子生徒。その前には破片の中倒れ込んでいる女子生徒がいた。
止めなければ、と思った。
すると、倒れ込んでいた女子生徒は立ち上がり、身長こそ小さいが胸を張り、立ち向かっていた。
頭から血を流し、制服には大きな茶色のシミやお菓子がべっとりと付いているにも関わらず毅然とした態度をとっている。
今、私が行くのは彼女のプライドを傷付けてしまうかも知れない。
そんな考えが頭をよぎり、足を鈍らせていると、ぼろぼろの令嬢を置いて二人は去って行った。
銀髪の令嬢、同じクラスのマルティーナ・ワールヴォル。
彼女の良くない噂は耳にしていたが、まるっきりの嘘だと分かった。
それに、少し見ただけで分かる。彼女はちまちま嫌がらせする器ではない。正面から苦言を呈しにいくだろう、と。
彼女は魔法でその場を綺麗に片付け、息を吐いた。
その瞬間、小さな身体はぐらりと傾いだ。
思わず駆け寄り、その身体を支える。
きつく閉じられていた瞳は、倒れていない事を不思議に思ったのかそろそろと開かれた。
色素の薄い青の瞳と視線がかち合う。
彼女はとても綺麗な顔をしている。
大きな瞳に細い鼻、小さく形の整った唇。まるで人形の様だ。
「…マルティーナ嬢、大丈夫ですか?」
「すみません、クロウリー様。ただの貧血ですわ。お見苦しい姿で申し訳ありません」
「怪我を」
芯の通った少しハスキーな声。
マルティーナは私から逃げる様にさっと身を翻し、カーテシーをした。
怪我をしているのが信じられないくらい素早く、動きにブレが無い。
私は、伸ばしかけた手を引っ込める。
彼女は、今、拒否をしたのだから。
「後日またお礼させて頂きます。では」
それだけを言うとマルティーナはスカートの裾を翻し、去って行った。
付いて行きたい気持ちを抑え、ちらりと辺りを見渡す。
見知らぬ生徒がマルティーナの後を尾けようとしているのが見えたので、風魔法で妨害をしておいた。
あんなボロボロの彼女に危害を加えさせる訳にはいかない。
暫くその場に立ち尽くしていたが、辺りに誰も居なくなったので、寮に帰る事にした。
マルティーナとしっかり話してみたい。
ワールヴォルは騎士の家系で、婚約者として申し分ない。あの意思の強さは好ましかった。
さっき彼女を怒鳴っていた男子生徒は噂の婚約者だろう。後ろにいた女子生徒は略奪者。
きっと婚約破棄をする事になるだろう。そうなった時、彼女に婚約を申し込みたい。
まずは、孤立しているマルティーナの傍にいよう。傍で、護りたい。
倒れかけた身体は折れそうなほどに細かった。
そして、翌日。
朝から不思議な話が聞こえてくる。
マルティーナは昨日お茶会に参加し、エリザベスのお気に入りのティーセットを壊し、お菓子をぶち撒けた後、怪我をさせた、と。
エリザベスは婚約者の後ろに立っていたあの女子生徒に違いないだろう。
馬鹿な話だ。怪我をしていたのはマルティーナで、お菓子で汚れていたのもマルティーナだ。
エリザベスはまるっきりの無傷だったでは無いか。
嗤ってしまいそうだ。
人の不幸を啜っている者たちは真実などどうでもいいのだろう。
ふと、周りの生徒がある場所を見つめている事に気が付き、そちらにめをむけると、マルティーナと仲睦まじく歩く男子生徒がいた。
マルティーナと同じ銀髪に色素の薄い青の瞳。彼女の兄に違いない。
距離の近さは気になったが、雰囲気から感じるに普段からじゃれあう事が多いのだろう。
はしたない、と誰かが呟くと伝染していく。彼女の兄がぎろりと睨みつけるとすぐに静かになったが。
何事かを話しているらしい兄妹は四方からの視線を注がれている。
全く気にしていないらしいマルティーナがふと零した笑みに私を含む男子生徒は息を呑んだ。
とても可憐だった。
小さな身体と整った顔は動く人形の様で。神聖な物であり、神秘的でもある。
可憐に、そして、無邪気に笑うマルティーナに目を奪われている生徒は一人や二人では無い。
兄妹は別れ、マルティーナは教室へと向かっていた。
マルティーナはいつも一番前の真ん中の席に座る。さっさと教科書を出して予習を始めた彼女の横の席に腰掛け、息を吸った。
周りの視線が鬱陶しい。勝手に指を咥えていれば良い。
「勉強中申し訳ない。おはよう、マルティーナ嬢」
マルティーナは表面的な笑顔を浮かべた。
兄に見せてくれた様な心からの笑顔をいつか引き出せたら。
そんな事を考えていた。
▼クロウリーは ジェイコブの 名前を 覚えていない !




