10.マルティーナと出逢い
ワールヴォル家の者は朝に弱い。
何故かと言うと、徹夜をするから。
身支度を整え、化粧も施し、胸にブローチに見せかけた監視の瞳を付けた。
今日もいい天気だな、と太陽を浴びていると、アル兄さんが私に声を掛けた。
「ティナ、一緒に学園に行こう。馬車を用意したんだ」
「まぁ、ありがとうございます。気を遣わせてしまって…」
「ティナと一緒にいれるから寧ろ有難いね」
アル兄さんと顔を見合わせて笑った。
つくづく思うが、兄達は私に対して過保護だ。五人も兄妹がいて一人だけ妹だからだろうか。
アル兄さんが手を差し出したので手を乗せた。
馬車に揺られ、アル兄さんと魔法の効率的な使い方を論議しているうちに学園に着いた。
名残惜しさを感じながらも、馬車を降り、顔を上げる。
アル兄さんは私の肩を抱き、楽しそうに学園へと向かう。
私とアル兄さんはワールヴォル家の特徴である銀髪と色素の薄い青色の瞳だ。巷では凍騎士とか言われている。
つまり、見ればワールヴォル家の者と分かる。
遠巻きに私の事をひそひそ話す生徒達はアル兄さんとまるで恋人の様に密着する様子に驚いている。
はしたない、と漏れ聞こえるが私も、その言葉が聞こえている筈のアル兄さんも全く気にしていない。
むしろ見せつける様にアル兄さんは私の頭に顔を擦り付ける。
「ティナはいい匂いがする…。昨日は何してた?」
「お菓子を作ってましたわ。妖精達にお礼をする為の」
「俺には?兄さん達には?」
「勿論残してます。ふふ、自信作ですの」
楽しみだなぁ、と笑うアル兄さんに釣られて私も笑ってしまう。
余計に周りからの視線がきつくなるがこう言うのは無視に限る。
「あー、もうお別れか。じゃあな、ティナ」
「アル兄さんも」
学年によって階が別なので階段で別れる。
分かりやすくしょんぼりするアル兄さんに手を振り、自分の教室に向かう。
私が通ると皆が口を閉じる。
疫病神にでもなった気分。
授業まで少し時間はあるし、予習でもしよう。
四方八方から視線を感じつつ、一番前の真ん中の席に腰を下ろす。座席指定はされていないので、何処に座るのも自由だ。私が一番前の真ん中の席に座るからか前の方の席に座る生徒は少ない。
教室は広く、席の数と生徒の数が合わないので、一クラス全員が着席しても空席の方が目立つ。
私の鞄は特別性だ。
見た目はそんなに大きくないが、沢山の物が入る。異空間に教科書やノート、ペンを入れている。
鞄から教科書を取り出し、予習を始めていると、珍しく隣に誰かが座った。
気にせず予習を続けていると、焦れた様に声が掛けられた。
「勉強中申し訳ない。おはよう、マルティーナ嬢」
「おはようございます、クロウリー様」
「昨日の事で、確認したい事があるのだが」
昨日、と言う単語にクラスメイト達が耳をそばだてるのが分かった。
朝から、噂は聞こえている。
何でもエリザベスのお茶会に参加した私は、エリザベスお気に入りのティーセットを壊しお菓子をぶち撒けた。そしてエリザベスに怪我をさせた、と。
「あぁ、そうですわ。甘いものはお好きですか?」
「嫌いではないが」
「差し上げます。お口に合えば良いのですけれど」
クロウリーから話しかけてくれたのは丁度良い。昨日、徹夜でせっせと作ったお菓子だ。
妖精達のお礼に作るついでに、クロウリーのお礼用にも作った。
「ありがとう。…それで、怪我は大丈夫か?」
「ワールヴォル家の女ですわ。あれ位なんて事」
「君は、護られるべき令嬢だ」
「あら、あら?初めて言われましたわ。ふふ、恥ずかしいものですわね!」
真っ直ぐに私を見つめる真紅の瞳がじりじりと焦がす様だ。
護られるべき、なんて家族でも言わない。剣も魔法も努力に努力を重ねて磨いた。
多少の嫌がらせやしょうもない罵倒も受け流せるくらいには心も強い。
一人で立っていけると自負していたのだ。
だからこそ、クロウリーの言葉に柄もなく照れてしまい、赤くなった頬を両手で包んで思わず喜んでしまった。
「…もし良ければお昼を一緒にとらないか?」
「いつも一人だったので嬉しいですわ。ぜひ」
一瞬クロウリーは言葉を詰まらせた様に見えたがさらりと昼食に誘ってくれた。
クロウリーは周りの視線を気にしないタイプなのだろう。現時点でビシビシと視線が刺さってくる。
ずっと図書室に篭りきりで食堂に行った事が無かった。今日こそ食堂に行けるかも知れない。
凄く楽しみだ。
クロウリーは成績も良く、剣の腕も立つらしい。
きっと有意義な時間になるに違いない。思わず口元が緩んだ。
マルティーナは強いからこそ護られると弱いです。




