第四十話 隣国の少女
騒ぎが起こってから数分後。金山一家は、その少女と一緒に、遊園地のベンチに集まっていた。
他の客も、先程の騒ぎなど忘れたように、思い思いに楽しんでいた。
「悪いわね。私の仲間が、あいつらにまた変なこと吹き込んだみたいで。石人達が単純なのをいいことに、変なことを言う奴らがいて困るわ……。悪いのはその馬鹿共だから、頼むけど石人共を恨まないでね……」
「そう……判ったわ。……ありがとう」
ベンチに座る、微妙な表情の少女を見下ろしながら、鉄子が心底済まなそうに言う。日本人が石人に、おかしなことを吹き込むのは、今時珍しいことではない。
日本のとある好色家に教え込まれて、おかしな口調で喋ったり、そっち方面趣味丸出しの服を着て出歩く者が、度々出てくるのである。石人達の純真さと、日本への過剰な信頼が招いた事態であろう。
「まあ……そっち方面の話しはこれで置いておくとして。あんた何でこんな所に一人でいるわけ? 親はいないの?」
そしてもう一つの疑問を直接問いただす鉄子。遊園地に子供がいるのは、なにもおかしな事ではない。だがそれは保護者同伴であればの話しである。
あの石人の職員は気にしていなかったようだが、日本人の鉄子からすれば、実におかしなものに思えたである。
「来てないわ……私一人でこの町に来たから……」
「一人で? バスで来たの?」
「うん……」
「どこから来たの?」
「第8牛人町」
「ふうん……親の許しは得てるのかしら?」
子供に向かって尋問のように問いかける鉄子。この様子に、彼女の母は同意するような面線で、一鉄の方は少女の方を気の毒そうに見ている。
「ううん。私が勝手に来た。遊園地ってところを、一度来てみたくて」
「親と一緒じゃ駄目なわけ?」
「行きたいって言われたけど、駄目って言われた……ああいう日本人がいっぱいいる所だと、私達は虐められるから駄目だって……だから私一人で勝手に来たの。どうせ今、二人とも寝たきりだしね」
「寝たきり? 病気か何か?」
「さあ? 最近流行ってるみたいだけど。何もしてないの、急に疲れて、やる気が沸かなくなる人」
「……ええ、そうね」
これには鉄子も思い当たる話しである。ここ最近、この県の各地で、人が急に気だるくなったり、疲れるはずもない程度の仕事で疲れ切って、仕事を休んだり、入院したりする者が増えているのだ。
それもここ数日で、急に増えてきている。
最初は慣れない土地の移住の、環境の変化かと思われていたが、最近では“亡霊”との関連性も疑われ、警察隊の霊能課より、そっち方面の調査も始まっている。
「まあつまり親は、今家にいるわけね。でも……こんな遊園地に来るために、よくそこまでしたわね」
うっかり“こんな”と口にしてしまう鉄子。だが実際の所、ここは遊園地としては、あまりちっぽけなところで、子供にそこまでさせるほど、魅力的な所には見えない。
「だって私……あの町から全然出たことないし。他の町に行きたいって言われても、絶対に駄目って言われたし。何でもいいから、外に出たかったの……」
「そう……そんで実際に、良くないことが起きたわね……」
今までのことを思い出して、何やら元気ない少女。そして納得と同時に、若干同情する鉄子。確かに今の日本では、日本人優位主義の思想が、市民の間に広がってきている。
そして日本に取り残された、外国人やその血縁者に、きつく当たる者もいるという。元々の国際関係から、それは一部の国の者に限られていたが、それは次第に元々友好国出身の者にも広がっていた。
国際的な圧迫から解放され、莫大な領土と資源を得たこの状況で、日本の元いた世界の全ての国に勝ったと、勝手な優越感に浸っているのだ。
そのために特地に来て、日本人との関わりを避けて暮らすもと在留外国人も多い。特地の限界集落並に小さな町で、幼い頃からずっとその閉鎖的な世界で暮らし続けるのは、子供や若者にとっては、相当なストレスであろう。
「ていうかあの学生証見ると、あんたの名前完全に日本人みたいだけど? 齋藤 雪って……」
鉄子がさっき見た学生証に書いてある名前。それはどう見ても、その国の人間とは思えないものであるという、新たな疑問が生まれていた。
「うん、そうだよね。私って日本で生まれて、ずっと日本で育ったから」
「親が外国人だって事か? 片方だけ?」
「ううん、二人とも。お仕事で昔日本に来てたんだって」
「子供が生まれるまでずっと日本で働いてたの? それで日本人と同じ名前を?」
「うん。お父さんもお母さんも、すごく日本が好きだったみたい」
一瞬不法滞在の可能性を疑ったが、それを口にするのはやめておいた鉄子。
今まで尋問のように少女=齋藤 雪に問いかけていたが、さすがにこれは詮索すべきでないことと思ったのである。
「ねえ鉄子……この子どうする気なの? こんな流れで関わっちゃって……」
鉄子の母が、何やら不機嫌そうにそう問いかける。その口調からは、厄介ごとに首を突っ込むなと、無言で警告しているように感じる。
「う~~ん、そうね……」
「じゃあ一緒に遊ぼうよ! 齋藤さんもいいよね?」
鉄子が何か考え込んだ先に、そう声を上げたのは、一鉄であった。今までずっと黙っていて、唐突に口を出したのは、そんな発言であった。
「え……いいの?」
「一鉄、あんた何言ってんの? こんな外人の子に……」
「いやちょっと待て……一鉄さっきまで、ここをつまんなそうにしてたじゃん? ていうかもう通ったとこを、また巡る気?」
母親の制止する声を無視して、一鉄は鉄子だけを見て、彼女の問いに答える。
「う~~んそうだけど……え~~と……何て言うかちょっと気が変わったかな?」
「なにその歯切れの悪い理由? こいつに同情でもした? それとも惚れた?」
「ううん、別に惚れてない」
前者の問いは否定しないが、後者をきっぱりと否定する一鉄。これにまた母親が、何か言っているが、鉄子も一鉄も、きっぱり無視して話しを進めた。
「え~~まあ青春の一歩手前と思っておくわ。まあこの子を一人で遊ばせるのも何だし、別にいいんじゃないの? 齋藤はどうだ?」
「え? うん、いいよ……じゃなくて、ありがとうございます。お願いします!」
やや困惑しながらも、少し嬉しそうに、雪がそう口にする。ここまで一人で来てみせる、割と度胸のある少女だが、やはり一人では心細かったのかも知れない。
「じゃあ私と母さんは、こっちで待ってるから、あんた達二人で楽しんできなさい」
「さっきからなに勝手に決めてるのよ! 外人なんて、なに企んで……ぶっ!?」
叫び出す母親の口が、突如鉄子の掌に軽くはたかれる。動揺する彼女に、娘が責めるような眼差しで後ろ向きに見つめていた。
「今の世の中、人種差別は厳禁よ。私自衛官だからさ、そういうのを見る目厳しいから、自重してよね母さん……」
「えっ、ええ……」
実の娘からの、厳しい口調の咎めの言葉に、今まで喋っていた母親も、ようやく大人しくなり、あっさりと二人の遊園地巡りを許可する。
「話しの続きだけど、私達はここにいるから、迷ったらここにくることね」
「別に迷わないよ、こんなちっぽけな遊園地。端っこからでも、姉さん達が見えるし……」
「そういうことも言わない! ここの人達に失礼よ!」
それから二時間ほどして、彼らは遊園地の乗り物から、公共バスに乗り換えていた。
万石市の大きな塀から離れ、広大な草原を駆けていく、観光バスのようなカラフルな色のバス。舗装されていない、道路よりもやや険しい道を、バスが少し車体を揺らしながら、悠々と進んでいく。
「本当にこれで良かったわけ? 何だかあっさりと終わっちゃったみたいだけど……」
「ううん! すごい楽しかったよ! ごはんもおいしかったし、本当にありがとう!」
このバスに乗ってる乗客は、十数人ほど。多くは仕事の都合で、集落を行き来している者だが、その中に鉄子・雪の姿もあった。
ちなみに母親は、雪と一緒に行くのを嫌がり、旅館で待機中である。
「そう、それは良かったわ……(あんな不味い安飯で? どんだけ貧しいのよこの子?)」
あの小さな遊園地を、短時間で回り終えて、昼食を奢り、現在帰途につく一行。やはり子供一人で行かせるのは不安なので、鉄子達が送り迎えることにした。
最初は町の外に出ることを、母に反対されていたが、こうして理由付けをしたことで、一鉄も一緒に行きたいと言い張り、彼も一緒に同行中である。
「一鉄もありがとう……一人だとこんなに楽しくなかったかも……」
「はは、うん、どうも。やっぱりこういうのは、皆で行った方が楽しいよね」
「まだ小五のくせに、随分と悟ったようなことを言うわね。ていうか一鉄、あんた姉さんと一緒だと駄目だったの?」
「え……いやそう言うわけじゃないけど……」
鉄子も突っつくような言葉に、一鉄が少し慌てて言い繕う。そんなこんなで三人は、バスの外の風景を見ながら談笑する。
「へえ……トウキョウってとこの遊園地で、そんなに大きいの?」
「そりゃあね。ていうかあそこが遊園地として小さすぎるのよ」
「うん、僕も去年行ったことある。本当なら、齋藤さんもあそこにいけれればいいんだけど……」
その談笑の中、途端バスに警告音が鳴り響き、スピーカーから車掌の声が、バス内に響き渡る。
『注意勧告! 現在右手数百メール先に、大地魔の存在が確認されました! 現在道筋を反れますので、どうか皆さん、決して声を上げないで下さい! 大地魔は、僅かな人の声でも反応しますので』
そう言って、直後に注意勧告が終わる。繰り返し放送したりはしない。声を出すのが危険だと言ってるのに、車掌が何度も注意という形で、声を出すのは駄目なのは当然であろう。
(また大地魔か……最近多いわね)
今心感機に乗れないのを口惜しく思いながら、鉄子は雑談をやめて口を閉ざす。
他のバスの乗客達も、一斉に黙りこくる。バスの中は一気に静寂に包まれる……と思ったら、それに反する者が現れた。
「えっ!? 大地魔!? どこにいるの!?」
まるで動物園のバスのように、一人の子供=一鉄が、何やら嬉しそうに、右手側のバスの窓に飛びつき、外の風景を探るように凝視していた。
「ちょっと! 声を上げるなって言ったでしょうが!」
一鉄に負けず劣らずの大声を上げる鉄子。そんな彼らを、他の乗客達は、声を出さずに大慌てで、制止の手振りをする。
五月蠅さによる車内迷惑を越えた、命がかかった迷惑行為であった。
(えっと、大地魔ってどこ……あっ、いた!)
バスの窓から見える、数百メートル先の草原に、確かにそれがいた。歪な岩のような表皮の、一つ目の巨人達である。
それがゆっくりと、スローモーションのような動作で、草原を歩き回っている光景が、そこに映されている。
(うわぁ……すごい。もっと近くで見れないかな?)
(見れるわけ無いでしょうが。このバスも、今からあいつらから離れるのよ)
二人が小声で話している最中に、バスが大きく方向転換して、大地魔の群れがいる方向の反対側へと走って行く。本来のルートを大きく外れる行動だが、この場合は致し方ない。
幸い大地魔は、こちら側に興味を引くことはなく、どんどん窓からその姿が小さくなっていく。乗客達も、一安心と胸を撫で下ろしていた。
「やっぱり見てみるもんだよな。今度は心感機人と戦ってるところを見たいな!」
「あんたいい加減にしなさいよね! ていうかあんた、それならテレビで見てるでしょう。姉さんがそれに乗って戦ってるところも見てるわよね?」
「うん! 母さんも、それの丸いの(BDディスク)いっぱい買ってるけど……」
「じゃあ諦めなさい! 全くこの多感なお子様が……」
一段落して声を張り上げて会話する二人。ふと鉄子が、大地魔が見えなくなった窓際を眺めて、ふと口に漏らす。
「でもこんな近くに大地魔が出てくるなんてね……ついさっき生まれたのか? 最近増えすぎね」
「そうよね。私の村の回りにいっぱいいるし……」
「……え?」
独り言のつもりで言った言葉に、返事をしたのが雪。その言葉に、何やら不穏な者を感じて鉄子が反応する。
「いっぱいって……つい最近までいたってこと?」
「今でもいっぱいいるよ。村の回りに、三十匹ぐらいにいたかな? 去年から少しずつ増えてるわ。そのせいで、外に出るのがちょっと怖いのよね……」
「いやいや……怖いって言うか……何で駆除されてないのよ!? 自衛隊に通報はしたの!?」
集落の近くに、大地魔が彷徨いているのに、放置されている。普通に考えれば、これは大問題である。現職の自衛官が、聞き捨てならない言葉を聞いて、焦り出す。
「うん……お母さんは“日本人は無駄金を払ってまで、私達を助けたりはしないよ”て言ってるけど……」
「そっ、そう……」
件の石人達に差別を吹き込んだ者達も含め、上に報告することがまた増えたと、鉄子は苛立ちながら思っていた。




