第四十一話 不思議の町1
(やれやれ……また大地魔とばったりか。最近多いよな……)
現在このバスを運転している純人(おそらく日本人)の運転手は、そううんざり思いながら、淡々と仕事をこなしていた。
特地移民が始まったときの大型雇用に応募し、ようやく手に入れたこの仕事。怪物が居座っている土地にバスを走らせる、この危険な仕事は、給金に見合わないと常々思っていた。そして最近の大地魔の発生率上昇に、その思いはますます強くなっていった。
(大分コースを外れたけど……今度は迷わないようにしないとな。またあの時にみたいにどやされるのは……おや?)
運転手はハンドルを握りながら、前方を見ていると、彼の目にふと不思議なものが映った。
ここから見える遠方の草原に、一つの集落があった。それは珍しいものではない。この特地には、大小無数の集落が各地にあるのだ。
(あんなところに、あんな町あったか? また俺が記憶違いしたんだろうか?)
彼が覚えている限りでは、地図上にこの地点に集落はないはずだった。しかもその集落、この危険な特地では、何とも無謀にも、大地魔に町を見えなくさせるための塀がなかったのである。
遮蔽物がなく、遠方からで姿がはっきり見える、一つの町が、堂々とそこにあったのだ。
その時、突然バスのエンジンから、あまり良くない音が聞こえてきた。
『現在このバスは、エンジン部分に不具合が生じたため、これより最寄りの町に修理に向かいます。乗客の皆様には、何卒ご迷惑をおかけして申し訳ありません』
車内に放送された内容に、乗客達にややどよめきが走る。眉を潜めるものいた。
大地魔との接近に、さっきまで緊迫した空気だったところを、今度はバスの故障であるから、不愉快に思うのも仕方がない。
「やれやれ……巨人の次は、これかよ。今日はやたらとトラブルに遭うわね……」
鉄子がうんざりた口調でそう言う。
やがてその町にバスが停車し、車掌が外に降りる。他の乗客も、時間がかかるなら暇を潰そうと、何人か降りていく。だがその中には、もっと別の危機的な理由で降りるものもいた。
(何なのよこの町? 塀を作らないなんて、どうかしてるわ……)
バスが真っ直ぐ町の方向を進むときは、方向的に乗客側に町は見えなかった。だがすぐ側まで来て、窓から町の様子を見たときに、その外観に鉄子は絶句していた。
その町は塀に覆われていなかった。この特地では、大地魔対策のために、人の姿が外に見えなくするための、隠れ壁が必要である。
塀を作る予算がなくても、布の壁で視覚だけでも見えなくさせるのが、法律では義務づけられなくても、そうするの常識である。
ついさっき、大地魔が近辺に現れたのを目撃したばかりである。あれでは大地魔が近くに寄ってきたら、すぐ町の人の姿が見つかって、襲撃されるのが目に見えている。
鉄子としても、この杜撰な町の建立を見過ごすことはできなかった。
「あんたら、私ちょっとこの町に用ができたから……て、あんたらもくんのね?」
「「うん!」」
言ってる側から鉄子について行こうと、彼女の側に寄っていた二人。鉄子の問いに即決で肯定する。
「あのね……この町、結構やばいのよ。もし近くに大地魔が来たりしたら、そく潰れるわ。何かあったら、すぐにバスでここから逃げないと」
「でも鉄子さん……このバスで故障してるし、運転してる人も、どっか行っちゃったし……私この中の方が怖いんですけど」
「ああ……そういやそうか」
「俺も行く! こんな所で、ずっと待ってろ何て、暇で暇でどうかしちゃうぞ!」
「はいはい……判ったわよ。じゃあ私の傍を絶対に離れないように、いいわよね?」
そんなこんなで、鉄子達一行は、この無防備な謎の町に、ちょっとした探検に出向くことになった。
ドン! ドン! ドン!
そう話している間に、何故かさっきまで自分が通ってきた方向から、妙な音が猛々しく響き渡る。この音に乗客達も驚き入る。
「何今の? 花火?」
「砲声ね。大地魔討伐の部隊がもう来たのかしら? もしくは……」
もし自衛隊の部隊が、近くに来ているなら、戦闘が終わるのを待ってから、そこに頼んで修理を頼むという手もなくもない。
だがこのバスは、あくまで最寄りの町に頼るようで、バスは真っ直ぐ、その目の前の町まで向かっていった。
「うわぁ……すげえ。アニメの町みてえだ!」
「そうなの? 私アニメとか知らないから、判らないんだけど?」
「まあ、確かにそんな感じね。ていうか何なのここ?」
鉄子達一行が、踏み込んだその領域は、現代人の感覚からすれば、あまりに奇異なものであった。
塀に囲まれていないその町は、レンガ造りの煙突付きの建物が建ち並んでいる。造りが悪いのか、所々歪んでいるところもあった。
町には自動車などの姿がなく、街灯などの機械的なものが一切無い。道は舗装されていないところ多く、土が剥き出しになっている。舗装されていないところも、それはアスファルトなどではなく、切り崩した石を積み上げた、原始的な様式であった。
町に自動車や自転車の姿はない。代わりに木製の馬車が、道を横断している姿が見えた。その馬車は、観光用の馬車と見るには、やや地味で安っぽそうなデザインである。
またチラホラ見える町の住民達も、現代人の服装とは大きく異なる。今の日本本土や特地では、古い時代の着物が流行ってきている。そのため町を歩く人々の身なりも、多種多様になってきている。
だがこの町の人々の衣装は、それとも違う、西洋ファンタジーの村人のような、粗末な布地の服を着ているのである。
そしてそこにいる人々は、どうみても旧来の日本人とは違う、白人種であった。そんな人々が、町に入ってきた鉄子達を見て、立ち止まる。家屋の中から、窓からこちらを覗いている者もいた。
この映画のセットのような、時代も国も、日本とは逸脱した町の風景。これには鉄子達だけでなく、町を見に来た他の乗客達も動揺しているようであった。
「すいません、私万石観光バスの者です。私どものバスが、急に故障が起きまして。ここで修理のできる場所はご存じないでしょうか?」
バスの運転手が、町を歩く人々を見渡しながら、そう言葉をかける。そもそもこれが、この町に来た目的だ。
町民達は、その言葉を聞いて、互いに顔を見合わせる。そしてある一人の中年女性が、口を開くが……
「!%#%’&$&%&’’……」
そこから発せられた声は、明らかに日本語ではない言語であった。何やら険しい表情で、何か言っているが、運転手にはそれが何を言っているのか判らなかった。
運転手は一瞬きょとんとしたが、すぐに困った顔で首を横に曲げる。
「え~~と、皆様の中に、この方の言葉が分かる方いますか?」
助け船を、一緒に来た他の乗客に求める運転手。だが彼の期待に応えられる者はいなかった。
「さあ、さっぱりわかんねえな。俺日本語しかわかんねえし」
「まあ……日本しか国がない世界で、日本語以外はいらないって感じだったからな……英語なんて誰も習わないって……」
「う~~ん、でも聞いた感じだと、これ英語じゃないっぽいわよ。ていうかこの人達、どこの外人なの?」
結局誰も、彼らの言葉が分からない。そもそもこの町の人達が、何者なのかという、新たな疑問が生まれるだけである。
他の町民達も、こちらに何か声をかけたり、こちらを見てひそひそ何か話しているのが見えるが、当然彼らが何を言いたいのか、判るはずがない。
「仕方がない……これから無線で、当社より修理の要請をします! 皆さん、更に時間をおかけしますが、どうかご容赦下さい」
町での修理請負は不可能と判断した運転手。すまなそうな様子で、乗客達にそう弁明する。当然この有様に、乗客達も憤慨する者が多かった。
「何だよそれ……こんな所で遭難なんて、馬鹿にしてんのか?」
「どうする? ここで時間を潰すか?」
「やめましょうよ。何かこの町、気味が悪いわ……バスの中で大人しくしてましょう……」
「そうだよな……大地魔が来たら、こんな町、あっというまに潰れるぜ。バスの中の方が安全だ」
「その方が賢明ですね。さっきの砲声からして、もしかしたら、自衛隊が近くにいるかも知れませんし、やはりそちらに頼りましょう」
色々、気分宜しくない雑談を交わしながら、運転手と乗客達が、バスの所まで引き返していく。そんな様子を、町民達は、ジッと見つめながら、何も言わずに見送っていた。
そして鉄子達は、どうしたのかというと……
(何なのかしらね、この町? 建物も、随分年季が入っている感じだし……もしかして特地の現地人? いや、それが今日まで見つからないはずがないか……)
鉄子の方は、バスの故障が云々より、この町自体が気になって仕方がない感じであった。彼女も職業上、こういった不審な場所を、黙って見過ごす気にもなれなかった様子。
(とりあえず……無線で上に報告する前に、少し調べた方がいいかしら? そうなるともチビ共は、一旦バスに戻して……て、うぉい!?)
鉄子が子供らに目を向けると、さっきまで傍にいた、あの二人の姿が無かった。考え事している最中に、はぐれてしまったかと、一瞬焦る。
だがすぐに彼女は安堵の息を吐く。一鉄と雪は、彼女からそう離れていない道の端、そこに停車してある馬車に駆け寄っていたのだ。
「ちょっと、あんたら何やってんの? 勝手に触っちゃ駄目でしょうが!」
馬車を牽く馬に寄り添い、黒い毛皮で覆われた身体を摩ったり、馬の顔を覗き込んでいた二人。今のところ馬は大人しくしているが、御者が迷惑してないかと声を上げる鉄子。
「姉さん? ああ……大丈夫みたいだよ。この人、触っていいか聞いたら、何か頷いてたし」
「うわぁ……これが馬なのね? 武田さんが飼ってる山羊とか、さっきのメリーゴーランドの馬よりずっと大きいわ」
どうやら馬を初めて見るらしい雪。しきりに馬の身体を触っている。そして馬の背に乗りこもうとすると、鉄子も慌てて止めに入る。
「待て待て駄目よ! いくら何でもそこまでしちゃ……。ていうか危ないから、いい加減に離れない!」
「う~~ん。何か馬って、石みたいに身体が冷たいのね。動物だから、もっと温かいと思ったけど」
「はいはい……判ったから、もうそこまでよ(……冷たい?)」
馬の生体に関してはよく知らないが、驚かせると暴れるのではという不安があり、雪を馬から引き剥がす。何やら引っかかる発言があったが、今はそれはスルーすることにした。
「あのね、二人とも良く聞いて。私はこれから、ちょっとこの町の様子を見て回ってみるから。二人はバスで大人しくしててね。あそこはマジックミラーがあるから安心だし」
「……え? 嫌だ!」
「嫌です!」
鉄子の言葉に、即効で拒否する二人。これに鉄子は驚いた……というより脱力した様子である。
「嫌って、あんたら……」
「バスの中でずっと待ってろってのか!? そんなの退屈すぎるよ! 見て回るなら、俺たちも連れてけよ!」
「私も行く! この町、何か面白そう!」
元気いっぱいに、同行を要求する二人。元々見慣れない世界を見ることを、二人とも望んでいたため、こうなると意思は固いようだ。
「いや、あんたらね……」
「ていうか何で、俺たちこの町にいちゃ駄目なの!? この町何か危ないのかよ!?」
「それは……何かこの町の奴ら、怪しい感じだし……」
「人種差別は駄目だって、さっき姉さんあんなに言ってたじゃん。そりゃあここの人達、暗そうだけど、そういうのは駄目だろ! それに姉さんは俺らの保護者なんだろ!? それを俺たちをほっぽっていいのかよ!?」
何気に痛いことをつく一鉄。流石にこれには鉄子も悩み始める。
(ああ……うん。どうしようかしらね? このまま二人を置いてどっか行ったって言ったら、母さんから叱られそうだし……。だからって、こんなところに二人を連れ回すのも……いやそれは町の前のバスに置いていくの同じか? じゃあ、町の調査をやめる? いやそれもちょっとね……)
あれこれ考えた結果、鉄子は早急に結論を出した。見渡すと、今まで鉄子達を見入っていた町民達は、こちらに興味を失ったのか、殆どがその場から離れていた。
「はいはい……もうしょうがないわね。じゃあ、一緒に行くわよ。でも絶対に私から離れないでよ? さっきみたいに、勝手に私の傍から離れないようにね」
「「うん!」」
ノリノリで再度元気よく答える二人。そして三人は、唯一バスに戻らず、この不思議な町の奥に進むことなった。
(まあ元々一人で行くのは、ちょっと怖かったけど……子守となると手が焼けそうね。まあ、何かやばそうな奴らが出たら、こいつで斬ればいいけど……)
鉄子は左腰に差した日本刀と、右腰にかけた拳銃を見て、そう考えながら進んでいった。




