第三十九話 万石市
かつて鉄実達が一戦やらかした部隊が駐留している、かつてこの地区の最高戦力が揃っていた、第十七駐屯地。
その西方、鉄実が逃げた方向よりやや南に反れた方向に数十㎞先に、一つの町があった。その名は「万石市」。
この地区で最初に日本国が建設した町で、かつては第一水晶町という名で呼ばれていた町である。名前が付いたのはつい最近である。
その町はこの特地第三県の県庁地が設置されている町で、この第三県の中枢と言えるところである。
総人口は現在約十七万人。今まで鉄実が訪れた町のどれよりも大きい。当然町面積も広く、広大な土地を囲う城壁の内部に、土地の3割が農地・2割が生活水を溜める役割を放つ人造湖・残り5割が多くの人々が住まう市街地である。
日本の地方都市と変わらないレベルの、多くの建築物が建ち並ぶ。町の中央には、高さ百メートルにも及ぶ、大型の電波塔が、町全体を支配する王者の城のように、高々と聳え立っていた。
また市街地と人造湖の境界の土地には、実に広く平らなコンクリートの地面に覆われた平地がある。
見通しの良いこの土地には、幾重のも大きな鳥のような羽の生えた、超大型の乗り物=ジャンボジェット機が現在一台ほど停まっている。
ここは日本の空港と直通で飛行機が飛び交っている、この第三県唯一の空港である。
日本本土と直接人や物の行き交いがあるこの町は、当然のごとく、周辺一帯に無数に散らばるようにある、中小集落よりも、町の栄えぶりが良い。
さてそんな特地基準ではかなり大きな町の中に、ある人物が第十七駐屯地より訪れていた。
「よう、母さんに一鉄、久しぶり! ちょっと背が伸びた!」
「はい、姉さん久しぶり……でも何日か前に、テレビ電話で会ったよね?」
「ああいうのは、会った内に入んないのよ」
万石空港の控え室にて。つい先程来たジェット機から、大勢の人達が降りてきて、空港内を、荷物を持って進む。
ある所では、家族や知人同士が、再開して語らう者達もいる空間。その中には、あの以前鉄実と心感機で激突した、あの鉄子もいた。
鉄子は普段良く着る、自衛官の制服姿ではない。デフォルメされた鰐の絵が描かれたTシャツに半ズボンという、薄着の私服姿である。
ただし腰には、何の為か刀が差されている。今の時代の日本だと、銃刀法に引っかからないのかという疑問が出るだろうが、今はそれは置いておこう。
彼女が出迎えたのは、鉄子の母親らしい妙齢の日本人女性と、弟らしき青いパーカーを着た十歳ぐらいの少年であった。
「久しぶりね鉄子。でも本当に大丈夫だったわけ? 事故で怪我をしたって聞いたけど」
「前に話したじゃないの。あのぐらいの傷、今の技術ならすぐ治るって(……私の心感機はまだ直ってないけどね)」
「本当に気をつけなさいよ……まさか心感機で事故が起こるなんて……」
「はは……」
母親の言葉に、やや引き攣った顔を見せる鉄子。彼女が怪我をした原因の事件には、彼女にとって納得できない色々なことがあって、ついこんな顔をしてしまう。
「まあ、折角久しぶりに休みが貰えたんだし……早速特地を色々案内してあげるわ。それで一鉄は何が見たい?」
彼女が問いかけるのは一鉄という少年の方。鉄子の家族がここを訪れたのは、ほぼ彼が原因であったのだ。
彼は以前から、特地に行きたいとせがんでいた。丁度夏休みに入ったことと、鉄子の休暇が重なったこと(数日前に亀戦車の件も関係しているが……)で、彼女が電話で、今来てみたらどうだと言ってみたのだ。
「じゃあ姉さんの基地に行きたい! 姉さんの乗ってるロボット見たい!」
「え? ……それはちょっと無理よ。だってまだ修理が終わってない……ていうかあそこは一般人は入れないの!」
これに一鉄はやや不満げにしながらも、すぐに次の要望を口にする。
「じゃあ大地魔を見たい! あそこなら外行けば誰でも見れるだろ!」
「それは……ちょっと危ないけど……まあできるかな?」
「駄目に決まってるでしょ! この町の中だけにしなさい!」
今度は母親の方から待ったがかかる。折角の久しぶりの観光旅行だが、少々楽しみ方に手間取りそうな感じであった。
「うわぁ~いい眺めよね……ほらあそこにテレビ塔が見えるわ!」
「……そうだね」
作った感じの明るい口調を上げる鉄子に対し、彼女の目の前に対面している一鉄は、何やらつまらなそうに、実に適当な感じで答えていた。
現在二人は、この町の唯一の遊園地に来ていた。多くの機械仕掛けの遊具が並び、多くの子供の笑顔で楽しんでいる、子供の楽園である。事実この町に住んでいる、石人の少年少女達は、実に楽しそうに遊んでいる。
だが日本で生まれ育っている一鉄には、あまり面白くないようだ。それもその筈、この遊園地は、日本にある有名レジャー施設と比べると、とてつもなく小規模であった。
敷地の広さも、遊具の性能・規模も、日本の屋上遊園地と変わらないレベルである。入り口の方から、遊園地の全景が、ほぼ見えてしまう。
現在二人は、観覧車に一緒に乗っていた。彼らの母親が、観覧車の下から、彼らをデジカメで録りながら見上げている。見上げる距離はあまり高くなく、十数メートル程度。実はすぐ近くに生えている樹木の方が、背が高かったりする。
二人は大きな籠のような、狭っくるしい二人乗りの席から、この万石市の風景を眺めている。ただしその風景の半分は、隣に生えている高木の枝葉に隠れて見えないが……
「よし……じゃあ次はどれに乗ろうか?」
「ええとね……じゃああれで……」
露骨に楽しくなそうな様子で、一鉄は半径の短いメリーゴーランドを指差す。東京ディズニーランドにも行ったことがある一鉄には、ここはあまり楽しくないようだ。
もしこれが地元のレジャー施設ならば、それなりに楽しめたかも知れないが、特地に行けるという期待感とのギャップが大きすぎたのかも知れない。これに母親が、堪えきれなくなったのか、鉄子に言葉を投げかけた。
「ねえ鉄子……もっと楽しめそうなところとかないの? もっと特地にしかないようなのとかないの?」
「そうは言ってもね……特地で名物っていったら、化け物以外にいないし……」
正直これは難題であった。何しろ特地にある町は、最大でも十年未満の歴史しかない、新興の集落である。
歴史ある名所などないし、今は開拓に必死で、娯楽施設なども、この小型遊園地のように最小限しかない。折角自分の勧めで、二人を特地に招いたのに、少々困った事態に鉄子が悩む。
「ちょっと、何で駄目なのよ! 私一人じゃ駄目だって言うの!」
「一人だろうが二人だろうが、駄目なものは駄目だ!」
遊園地の入り口の方から、甲高い声で何やら騒がしい声が聞こえてきた。一方はかなり幼い声変わりもしていないような年代の声。もう一つはまだ若い男性の声だ。
(何……この町で揉め事?)
珍しい事もあるものだと、鉄子達が目を向けると、そこは遊園地の入り口の券売り場の方であった。小さなプレハブ小屋のような券売り場で、石人の職員が一人の子供と何やら言い争っている。
(親がいないけど……子供が一人で遊園地に来たわけ?)
少女は黄色系の純人で、年齢は十一~十二歳ぐらいだろうか? 一鉄より一つ上ぐらいに見える。
肩掛けのバッグを持った、桃色の着物姿だ。これは普段着としては、今時珍しいものでもない。
「何でよ! 理由を言いなさいよ! 石人は優しい種族の筈でしょ! それとも本当の石みたいに、脳味噌が冷たく固まってるわけ!? だったら頭焼き石にして、仕事やり直しなさいよ!」
「この学生証に書いてあるのは何だ?」
小学校の学生証であろう物を指差し、その職員がきつい口調で言い放つ。
「何って何か悪いことでも書いてあるって言うの?」
「これに書いてある君の国籍だ。悪いが日本以外の国の人の客は入れられん!」
「何よそれ!? 意味分かんないわ! どういう理屈で、そうなるわけ!? 私が何人だろうが、あんたらには関係ないでしょう! 第一あんたらだって、日本人でも人間でもないじゃない! この石ころ人形!」
職員が口にした、とある国の名に、少女だけでなく、近くで見物していた鉄子も驚愕する。
現在日本は、元在留外国人・特地人・日本人を区別させるために、身分証に出身地など記載させる制度がある。
だがそれがたまに、元々の国家関係が原因で、問題が起こることがある。
元々転移による日本人優位の思想が広がり、元外国人に対して見下した態度をとる者が増えるご時世。時折、別に日本と仲が悪かったわけでもない国の人間も、差別の対象となるようなった。そしてこの身分証への記載義務が、それに拍車をかけた感じだ。
だが鉄子には、純真無垢であるはずの石人が、その問題を起こしているのが信じられなかった。
「ちょっと鉄子!?」
「姉さん?」
職員の言葉を聞いた鉄子の中に、強い苛立ちの感情が芽生え、そして何か考えるより先に、彼女は件の二人の方へと駆けだした。
「ちょっとあんた! 今自分が何言ってるのか分かってんの!? 今の時勢に、人種差別とはいい度胸よね!?」
獣人や石人といった、人間以外の種族との共存を強いられた今の日本では、こういった差別撤廃の対策を、転移以前よりもかなり厳しく行うようになった。そのため、こういった公然の場で、堂々とそれを行うのは、確かにかなり勇気がいる行為である。
突然話しに割り込んできた鉄子に、職員はかなりたじろいていた。
「えっと……あなたは?」
「第十七駐屯地所属の、金山鉄子二曹よ」
鉄子は自衛隊の身分証を見せつけると、職員は更にたじろぐ……というより困惑している様子であった。
「え……自衛隊の方? でもこれは自衛隊の人達が……間違ってた?」
「あん? 何言ってんのよ? 間違う?」
「え……だって自衛隊の人達がこうしろって……」
客と職員のいざこざかと思ったら、何やら職員の発言が、おかしな方向に向かっている。これに今度は鉄子の方が、僅かに困惑した。
「こうしろ? 何よ? まさかあんたら、同僚に何か唆されたか?」
「え~~と……この辺りに良く来る自衛隊の方々が“外国の人間は、外道ばかりだから、会っても絶対に相手にするな。もし関わってきたら追い出せ”と……」
「ああん!?」
二度目の憤慨をする鉄子。ただしそれはこの職員ではなく、自分の同僚に向けてのものであった。
「誰よそれを言った奴? 所属と名前は?」
「そう言われても……名前とは聞いてませんし、何人もいましたし……俺も前に、喫茶店で自衛隊の人達が触れ回ってるのを聞いて……」
「そうかい……もういいわ。じゃあ私から正しい忠告をして上げるわ。そいつらの言ってることは、全部間違いよ。これから先は、どこの国の、どんな人種だろうと、絶対に追い出すようなことはしないことよ!」
「ええ……でも……」
ますます困惑する様子の職員。ある自衛官からは、こうすると正しいと言われ、別の自衛官からはそれが間違いと言われる。彼からすれば、何が正しいのか、さっぱり判らない話しである。
周りを見ると、同じようなことを言われたらしい石人達が、同じく困惑した様子。何人かいる、石人以外の客が、そんな彼らを呆れた様子で見ていた。
ちなみに騒ぎの本元である少女の方は、状況に取り残されて、困惑した顔で立ち尽くしていた。
「迷うな! 差別は駄目って最初に指導したのは日本でしょうが! ……それからあんたらね。日本人が言ったのは全部正しいなんて思うな! 少しは疑うことも学べ!」
石人の純真無垢さが元で時折起きること。悪意ある日本人の吹き込みに、鉄子は以前から抱いていた苛立ちを、一気に吹き出したように叫んでいた。




