第七話
ジグソーパズルの歴史は木から始まった。
私はラインヴァル領で木工パズルをいろいろ作ってたけど、木製ジグソーは作らなかった。ジグソーは紙で作るという思い込みがあったからだ。
でもそれじゃだめ。歴史を無視して一足飛びの商品を出しても受け入れられないんだ。私がジグソーパズルを再現するなら、その歴史も可能な限り再現しないとだめなんだ。
私は問屋街で木工用の糸ノコを注文しておいた。それは昼過ぎになって駆動馬車で届く。
足踏み式の糸ノコである。作業者は椅子に座り、足元にあるペダルを踏むとはずみ車が回り、鉄製の糸ノコが上下に動き出す。音はとても静かで、駆動部分ではキラキラ光る歯車が粛々と動いている。
「バールさん、扱える?」
「やってみよう」
バールさんは筋肉質な体を折りたたんで機械に向き合い、ペダルを踏む。足の動きはごくわずかだけど、糸ノコは高速で、一定の速度で動いている。
キリーが杉板に地図を書き写していた。バールさんはそれを受け取ると、ゆっくりと押し出して切り始める。
「爺ちゃん、曲線が多いからゆっくりやろう」
「そうだな、マキナーとゴルダートンの間は特に慎重にやらねばならんな」
マキナーというのは私たちがいる国。ゴルダートンは隣国である。
ゴルダートンは世界最大の資源国。世界の屋根とも呼ばれるゴルダ山脈の9割を領有し、あらゆる鉱石と宝石、石炭などを産出している。
マキナーとゴルダートンの歴史は戦乱の歴史であり、それは鉱山の奪い合いの歴史だった。
ゴルダ山脈とは呼ばれるけど、実際は22の山岳群で構成された巨大な領域、5000メートルを超える山だけでも100以上ある。人間が頂を踏んだことのない山もたくさんあり、貴重な鉱石が山ほど眠っている。
有望な鉱山が見つかればマキナーとゴルダートンが領有を主張して争いになる。ある時は武力でカタをつけ、ある時は買い取り、ある時は戦争の余波で坑道が埋まる。そんなことを繰り返している。
そして、ゴルダ山脈のマキナー側の1割、2つの山脈と百を超える鉱山。
それを領有しているのは、何を隠そうシュトラウフ家なのである。シュトラウフ家は鉱山の見張り役であると同時に、国境の最前線を守り続けた家でもあるのだ。
まあそんなわけで、マキナーとゴルダートンの間の国境線はぐちゃぐちゃなのだ。見た目は開いたジッバーみたいになってる。バールさんは慎重に、それでいて素早く板を回転させる。
「うむ、完成だ」
出来上がったのは厚さ8ミリの木製パズル。15あまりの国がそれぞれの形状に切り分けられ、中央にマキナーとゴルダートンがある。その接点だけ歪なことは、それはそれで味わい深く思えた。
「これを量産するわけだな、うむ、技術的には問題ない」
「ありがとうバールさん。じゃあ細かなデザインはこれから詰めるとして、一日に何個作れるか計算を……あ、そうか、時間測んなきゃいけないんだった」
「11分40秒ですよ、カルコさん」
キリーが言う。懐中時計をひらひらと振る。
「爺ちゃんの腕だと熟練による時間の短縮は大きくないです。糸ノコの速度も速すぎず遅すぎずで適切でした。おそらく11分を切ることはないでしょうね」
「助かったわキリー、じゃあ余裕を見て1時間で4個としましょう。1日8時間を作業にあてて32個かしら」
「いいや」
バールさんが割って入る。
「切った木材にはやすりをかける必要がある。ニスも塗らねばならん。わしが全部やるなら一日に8個だな」
「私と晨は営業に出ないとだし……キリーは手伝える?」
「時間のかかる工程はニス塗りですね。僕がやります。それだと一日に20個ぐらい行けますかね……ああでも、装飾もやらないといけませんね」
私は糸ノコの機械を見る。お母様が内職で使っていた織り機よりもだいぶ大きい。切るときにブレないようにがっしりとしたフレームが必要なのだろう。
「この機械をあと二つ買うわ。最初は私と晨も切る作業に参加する。3日やって在庫を溜めてから営業に行きましょう」
「社長、それだと百個以上できるよー。ゼロからの営業でそんなに売れるかー?」
「一種類じゃないの」
晨はそう言うけど、私には自信があった。
いや、自信を持たなければいけないのだ。最初の紙製ジグソーパズルの時だって、絶対の自信があったから男爵を動かすことができた。
私は若造の小娘で、前世の記憶があってもたぶん小娘のままだけど、それでもジグソーパズルの素晴らしさだけは信じられる。
私が自信を失うことは、許されないから。
「パズルは五種類作る。お客様に選んでもらうの」
※
「なるほど、木製パズル……ですか」
私と晨が訪れたのは病院である。乳幼児と小児を専門とする病院は近年だいぶ増えてきたらしいが、まだまだ珍しい存在だ。ここは30床ほどを備えた大手の病院である。
「はい、私どもラインヴァル・パズル社の売り出した新製品です」
私はビジネス用の装飾の少ないドレスを着て、晨は彼女の生まれ故郷のものなのか、体にぴったりと吸い付くタイトなドレスを着ている。まだ12歳なのに堂々としていて、私の方が小娘に思える。ちなみに晨の裾丈は膝下ぐらいである。
私たちの前にはローテーブルがあり、四つのパズルが並べられている。5つ目、取っておきのやつはまだ完成してない。
向かいにいるのは高齢の女性。この病院の理事長であり、私と同じような地方貴族の出らしい。
「地図をこのように玩具とするのは面白い試みですね。子どもたちも楽しく地図が覚えられそうです」
ぱちり、と小気味の良い音を立ててピースがはまる。
バールさんの手掛けたパズルは素晴らしい精度だ。木製パズルはその境界線を削り取ってオガクズに変えているので、理論的にはピース同士に隙間ができる。その隙間を埋めるために、バールさんは外枠にプレスをかけた。
私には理屈がわからないけど、大型の万力のような機械で完成したパズルに側面から圧力をかけるのだ。これで隙間が詰まり、パチリという気持ちいい音が鳴る。
圧力をかけすぎるとピースが割れてしまったり、そもそもハマらなくなるので、プレス機の操作はバールさんにしかできない。
ニスもいい色が出てるし、彩色も装飾文字も美しい。私の目から見ても十分な品質である。
「そちら、熟練の職人による手作りでしてねー。丁寧にやすりをかけておりますので、お子様の繊細な手でも安心ですよー」
晨がそう説明する。
「お値段はですねー、地図のものが4000ギアール。他は一律で2000ギアール。手作りでこのお値段は破格ですよー」
「確かに、そうですね」
破格どころか赤字になるほど安い。
まだ箱もできてないし、デザインも試行錯誤してる段階のサンプル品だからだ。何というか、この世界は「私」の世界より何もかも速い気がする。商売という慎重を要するはずの出来事が、うたた寝して眺める車窓の風景のように過ぎ去っていく。生き馬の目を抜く時代、というやつだろうか。
「それで……こちらもパズルなのですか?」
理事長は残りの三枚を見て首をひねる。それはそうだろう。そのパズルはピースが繋がっていない。例えば犬、と書かれた犬の形のくぼみがあり、鳥、と書かれた鳥のくぼみがあるのだ。
同じようなものが三枚ある。列車や馬車、船など乗り物のパズルと、上着や帽子、ステッキなど服飾品のパズル。そして犬や鳥など動物のパズルだ。
「これは、そのままはめこむだけ、のような」
「はい、お子様はそれを使って動物ですとか、身につけるものについての知識を学ぶのです」
「それは……わざわざ学ぶようなことなのですか?」
そう疑問に感じるのは、幼児教育への考え方の違いだろう。
このような決まった形にはめ込むパズルの対象年齢は2歳から3歳だ。子供向けというより幼児向け。ギアラッドに限らず、この世界では3歳以下の子供の知育玩具というものは「ない」のだ。そのぐらいから親が何かを教えるという感覚は薄く、貴族などは乳母に丸投げである。
だけどしょうがない。私はジグソーパズルの歴史を駆け抜けるんだ。そのために幼児向けパズルを外すわけにはいかない。
「理事長、この病院では病気によって幼いころから療養しているお子様も多いと聞いています。そのようなお子様が外の世界を知るために、目や耳で学ぶ知識以外に、もう一つ重要なことがあるかと思います」
「もう一つ、というのは?」
「はい」
私はピースの1枚をつまむ。亀の形をしたピースだ。
「形です。子供は指を使うことで形を覚えるのです。それは空間を把握するという能力。この病院を出てからも覚えている、貴重な経験なのです」
「形……ですか」
「指を使ってものを掴む。握る。つまむ。子供はそのようにして世界を知るのです。このパズルが、その第一歩となれたなら光栄なことで――」
※
「やったよー、順調に売れてるよ姉さーん」
晨は上機嫌でそう言う。これで五つの病院と二つの孤児院を回って、かなりの勝率で売れている。単に玩具のセールスマンではここまで売れないだろう。私のセールストークがそこまで達者とも思えないし、やっぱりジグソーパズルの力だろうか。
「悪くない成績だけど……これだとほんとにドサ回りだね」
とりあえず売れるという確認はできた。素晴らしい前進には違いない。
だけど私は工場を建てて量産しようというのだ。私と晨だけで個別営業してても、生産量に追いつくはずがない。
やっぱりデパートか、それなりのお店に並べてもらう必要があるけど、前に紙製のジグソーで失敗してることが足かせになってる。
「もう少し営業してから、その実績をお土産にしてデパートに売り込むよ」
「姉さーん。実績作りならいいとこがあるよー」
ここは病院から出て少し歩いたところ、ギアラッド南部の大通りである。晨はある方向を指さす。並木道の向こうに大階段があり、その上に、霧にかすんでいる白亜の建物が。
「ヒュデオン幼年院。貴族様の子息が通う学校だよー。下は3歳から上は6歳まで、どれもイイトコのお子さんだよー」
そう言えば聞いたことがある。
ヒュデオン幼年院はごく幼いうちから通える学校だ。このギアラッドで唯一、幼児教育というものが意識されている場所らしい。
そこに入った子供は礼儀作法から身だしなみ、歌唱に体操、道徳の基礎、修辞学などを教わるそうだ。全寮制学校に入るための予備教育でもあるとか。
ただ非常に格式が高く、爵位を持つ家の長男長女か、それなりの寄付金を積んだ家しか入れないという噂だ。
「カルコ姉さんも貴族の出だよねー、何とかなるんじゃなーい?」
「無理かな……ラインヴァル領の名前はギアラッドじゃほとんど通用しないの。私たちはただの新参のおもちゃ屋だよ」
「でもヒュデオン幼年院に売り込めたらすっごい箔がつくよー、デパートなんかでも一発だよー」
「それは……分かるんだけど」
手は、なくもない。
ヒュデオン幼年院に在学したかどうかは分からないけど、たぶん、どんな場所でも顔が利く人物がいる。このギアラッドで、いえ、マキナーという国で知らない者のない剛腕の人。
でも……。
「ま、さ、か、男爵を頼りたくないとかー?」
いつの間にか晨が私の足元に来て、体操座りみたいな体勢で私の顔を見あげてる。やっぱりお見通しみたいだ。
「う、うん……なるべくなら、自分の力だけでやりたい、かな、みたいな」
「今さら何いってんのー? 二億出してもらって工場建てるんだよー? 別に追加融資とかじゃなくて、ちょいちょいっと紹介状書いてもらうだけだよー? というか男爵が出資してる事業なんだから、男爵にとっても仕事のうちでしょー?」
「あうう」
何から何まで正論である。というか私だって手段を選べる状況じゃないのは分かってる。できることは全部やらないといけないのに。
「わ、わかったよ、ちゃんと男爵にお願いするから……」
「そーお? ならいいけど」
うう、気が重い。
というより、一度失敗したぐらいで気負いすぎなのだ。男爵に失望されたくないとか、なめられたくないとか、そんな感情が渦巻いてる。
それはつまり子供っぽい反抗心とか、前世の記憶があるからって生意気だとか、自分への罵倒がつのるばかりの事態である。
そして翌日。
私は、ヒュデオン幼年院の前に来ていた。
男爵はいないし、紹介状など持ってない。結局、男爵を頼ることはできなかったのだ。
金属格子の大門は白銀に輝いている。門の前には衛兵もいる。近づけばすぐに排除されるだろう。小娘の当たって砕けろの精神など歯牙にもかけてくれなさそうだ。
だけど……。
「さあ、早く参りましょう」
なぜ、この人が一緒なのだろう。
シュトラウフ公爵夫人が、男爵の奥様が……。




