第五話
「…………は?」
私は硬直する。
この世界には「顔から歯車が落ちるような」というコトワザがあるけど、そんな顔かも知れない。
「え、3個?」
「はい、3個です」
「300個ではなく?」
「3個ですよ」
「3億個でもなく?」
「そんなに作ってないでしょ……」
私たちが用意したジグソーパズルは1500個あまり、それを24の商店に卸したのだ。一つ一つの店を私が回って説明して、たしかにどのお店も、店主の感触はあまり良くなかったけど。
「正確に言いますと21個売れてまして、18個返品されてます」
「返品? なんで?」
「理由をまとめてます。作り方が分からない、部品をなくした、犬が部品を食べてしまった、溝が残ってて見栄えが悪い、部品が潰れてる、写真を買って飾る方が良いと思う、特に楽しくない、夫が口をきいてくれなくなった、子供が泣き出した、などですね」
「あう……」
犬は心当たりがある……。いつの時代もジグソーパズルの最大の障害はユーザーがピースをなくしてしまう事なのだ。特に紙製のものが主流になってきた頃、店によっては「部屋で犬を飼っている方、購入おことわり」という看板をユーモアを交えて掲げていたとか。
報告をくれたのは金髪でそばかすのある少年。キリーだ。彼の特徴は申し訳なさそうにしながらズバズバ言うこと。各店舗の報告を机に並べていく。
「すいませんねキャルコットさん。これらの店はもう置きたくないって言ってます。こっちは置いてくれる店ですが、まあ社長と付き合いの深いところばかりです」
「ピースが潰れている事ついてはわしの責任だな」
その場にいた高齢の工員が言う。臼のようにずんぐりした体型で、腕も足も筋肉のかたまり、豊かな白髭を胸のあたりまでたくわえている。キリーの祖父であり、お名前はバールと言う。
「外見は大丈夫でも中の厚紙が潰れていることがある。それは噛み合わせた時に初めて気付く。もっとしっかり点検すべきでした」
「バールさん、そんなこと言わないで。バールさんが発売までもう少し待つべきだって言ってくれたの覚えてる。私が反対を押し切ったの」
私は心苦しくなる。それというのも、ジグソーパズルの精度が良くないことは私自身が分かっていたからだ。
試作品から製品第一号の段階で少しは品質が上がったけど、それでも私の知っているジグソーパズルとは雲泥の差があった。紙はところどころ潰れてるし、印刷も粗いし、糊だって透明度がなくて、ピースに塗ると厚紙が縮んでくるし全体が反ってくる。
それに糊を小分けできるような袋がないので、ガラス瓶に入れて箱に同梱しているのだ。これがかなりのコスト高になってしまっている。
「僕は面白いと思うんですけどねえ、このパズル」
とキリーがなぐさめてくれる。
他の工員さんはというと、それとなく部屋を出ていく人が何人も。
それは私に気まずいという意味もあるけど、たぶん、もうジグソーパズルに関わりたくないのだ。男爵が妙に気に入っている事業ということで集まってくれた人は、この惨憺たる有様を見て潮が引くように遠ざかっていく。
「ところでカルコさん、工場はどーする?」
晨が言う。遠い東の土地から来ているという女の子で、まだ12歳だ。机の上にバンと出すのはドーナツ形の算盤。私には使い方がよく分からないけど、細い指が勢いよく弾をはじく。
「とりあえず男爵から2億ギアールほど引っ張るとして、製紙部門と印刷部門が近いほうがいーよね。剛力歯車から近い立地は競争が激しいけどー、うちはでーっかい工場が多いからねじこめるよー」
「え……工場、でも……」
「でっかいの建てた方がいいんでしょー、青写真描いといたから、あれとかいいんじゃないのー」
晨は三つ編みの黒髪をかき上げて、用意していた中で一番大きな図面を指さす。二つの動力を別の工場から引いて、大型のベルトラインが何本も設置できる広さ、写真用の暗室に工員さんの宿泊施設もある贅沢な造りだ。
「ざっと計算して機械抜きで1億7000万ギアール。まあ初期投資ならこんなもんかなーと」
「だ、だめ、工場は、もうちょっと製品の改良を」
その時、入り口近くにいたキリーが廊下の奥を見る。
「あ、ざわざわしてる、社長が来たみたいっすよ」
「え」
ど、どうしよう。この惨状を見せるの怖い。書類はいったん隠すとか。
そのとき。
晨がぴょんと机の上に飛び上がり、私の両肩を掴む。
「え」
「カルコ姉さん。男爵の出資で工場が持てるなんて一生に一度のコトだよー」
声は明るいが、目に凄みがある。すごい圧で私の頭蓋骨の奥まで睨みつける。小さい手なのに骨にまで食い込んでくる。
「私、チャンス求めてギアラッド来たよー、だからチャンス無駄にする人きらいだよー」
「う……」
がた、と入り口に差し掛かる足音。晨はするりと猫のような動きで机を下りて、私に並ぶ。そして歯車男爵が入ってくる。
「打ち合わせ中か? 売り上げが出たと聞いたが」
男爵がいつもより大きく見える。普段は大柄の工員に囲まれてて、この場にそういう人がいないせいだろうか。
いや、きっと私の気後れのためだ。その赤い髪が火刑のかがり火に思える。
男爵は机の上にあった書類を手に取る。私は一瞬、止めようとしたけど遅かった。
「なるほど、12日間で3つか。カルコ、お前から見てこの結果はどうだ?」
「うぐ」
息が詰まる。何を言いたいのか、自分がどこに立っているか分からなくなる。
でも。
でもここで踏みとどまらないと。
「想定してた通りです!」
私はお腹に力を入れて言う。
「いきなり大ヒットなんて望めないのは分かってます。これは世界になかったまったく新しいパズルです。その売り方も一筋縄じゃいかないし、製品はまだまだ改良していく必要がある。むしろ最初から大いに売れるほうが怖い、それは誰でも分かる凡百なヒット商品に過ぎません。ジグソーパズルがそんな受け止められ方をされたら、飽きられるのも早い」
自分でも驚くぐらい舌が回る。
でも嘘とまでは思わない。最初に作ったジグソーパズルは完成度で言えば20%にも満たない、本当の、本物のジグソーパズルなら、きっと。
「肝心なのは作り続けることです。だから工場は大きなものを作ろうと思います!」
「そうか、わかった」
と、男爵は書類を置く。
「では予定通り2億としよう。ただ商品の卸については俺のコネを使うわけにはいかない。予算の範囲内で営業もやることだ」
「わ、わかりました」
あれ、いいの? と私は率直に思ってしまう。
頑張って啖呵は切ったけど、具体的な数字も何も出せてないし、だいたい未完成だから売れなくて当然というのは説得になってないし。
「それと……カルコ」
と、男爵は鼻の頭をかいて、元来た廊下へと視線を投げてから私を見る。
「今晩あたり観劇でもどうだ。デルベルトホールの回転舞台で新作が封切りになったらしい」
「えっと……は、はい」
「では19時までに屋敷へ戻っておくといい」
男爵は狭い部屋をぐるりと見回す。もう屈強な工員さんはいない。金髪のキリーと、老練の職人バールさんと、算盤をはじいてる晨だけだ。
「社員は3人か。お前たち、カルコのことを頼んだぞ」
「はい」
3人は口を揃えて、そして男爵は退出していく。
私はちょっと腰に力が入らなくなって、壁に沿って体がずり落ちるのを感じていた。
※
回転舞台とはその名の通り回転する舞台であり、すり鉢状の観客席の中央に円形の舞台がある。
舞台はいくつかのユニットに分かれており、外周部分だけが回転したり、役者の一人だけが回転したり、吊り下げ式の舞台がもう一つ降りてきて、上と下で違う場面が同時進行したりする。
シナリオは戦争中の悲恋を描いたものらしい。国をまたいで旅をしていた商人の若者が、ある街で一人の女性と知り合って恋仲になる。
戦争がその二人を引き離す。商人は兵士となって隣国との戦闘に明け暮れるようになり、風の噂で別れた町娘の消息を聞く、そんな話だ。
舞台には回転を生かしたアクションも取り入れられており、サーカスのような要素もある。2時間の公演はめくるめく衝撃のうちに終わった。
「うむ、さすがサピオーネの脚本だな。時代の複雑な変化と、入り混じる心情がよく表現されていた」
「そうですね……後半ちょっとよく分かんなかったですけど」
「だが、旅商人がすぐさま徴兵される流れは少し無理がある気がしたな。そういう男は海外の情勢を知るために貴重だ。兵士にするのでなく内勤にさせたい。伝令係や諜報員にしてもいいだろう」
「はあ」
一流どころのレストランで食事をしながら、男爵は劇の感想を述べる。メインディッシュはローストされた羊の肋肉だ。真四角に成形されていて角は皮膚に刺さりそうなほど尖っている。それを南国の海みたいなターコイズブルーのソースにつけていただく。
「この店はまた新しいことに挑んでいるな。ソースもそうだがこの羊は育てかたから普通じゃない」
「ソースの色すごいですね……前世、じゃなくてラインヴァル領では見たことがないです」
「最近の流行だな。一流店ほどソースの色にこだわる。安い店なら食用顔料を使うが、この店なら食材同士の化学変化で色を出すのだろう」
味は八角を利かせたほうれん草って感じだ。普通にものすごくおいしい。
私は真っ赤なルビー色のドレス。領地から持ってきた一張羅より一桁高い。男爵は白地に金ボタンのスーツという出で立ち。ギアラッドでは黒の礼服は一般市民の着るものであり、貴族は色がはっきりしたものを着る。
白を着るのは上位貴族が多いが、身分と言うよりは男爵の押しの強さを表すような気がした。
そしてワイン。炭酸ではないけど何らかの気体を炊き込んだガスワインだ。給餌された時点で噴水のように香りが立ち上り、口あたりは空気のように軽い。
「乾杯するか、お前の新しい門出に」
「は、はい」
私たちは酒杯を交わして、男爵は世界情勢がどうとか、新しい造船ドックを建てる予定がどうとかの話をして。
そして、屋敷に戻って真夜中まで過ごす。
「では男爵、私はこれで」
髪を整えて部屋を出ていこうとすると、男爵が手首をつかむ。
「まだ居ればいい」
「そういうわけにも」
だが手首を掴む手を離してくれない。私はゆっくりと指を一本ずつ引きはがす。
部屋を出て、壁に寄りかかりながら歩くような塩梅で自室へ、なんだか精神的にどっと疲れた。
関係はずっと続いている。
別に嫌ではないし、観劇は楽しかったしお肉もワインも美味しかったし、領地では見たこともないようなドレスも贈ってもらえて、もう何が不満なんだって感じなんだけど。
「……お駄賃で、工場建ててくれるわけじゃないよね」
それはさすがに嫌だ。工場のために男爵に身を売ったわけじゃないし、そんなこと考えたくもない。
そして、何よりも悩ましいこと。
「どこいっちゃったのよ、カルコ……」
キャルコット・ラインヴァル。
この体の本来の持ち主であり、男爵の前で一度は「私」から体の主導権を奪った。そのせいで私は男爵とつかず離れずの関係になったし、山のように贈り物もいただくわけだけど。
彼女はあれ以来、一度も出てきていない。
自分の意思に反して体か動いたりしないし、男爵の前で熱っぽくなったり動悸が早くなったり……は多少するけど、私の意識から離れて起きてることは何もない。
事態の恐ろしさは目がくらむほど。男爵がシュトラウフ夫人と結婚されてることも、公爵という爵位の行方が不透明なことも、この家が経済とか権力とかを巡ってドロドロなことも、なんにも変わってないのに、「私」をそこへ放り込んだのはカルコなのに!
「あなた、何がしたかったのよ……」
不安は山ほどあって、一つ一つの不安が膨らむ一方で。
でもそれをかき消すほど、やはり、男爵はまあ、歯車の回転も与えてくれるわけで……。




