第二話
私は歯車男爵の登場に少したじろいだけど、気を取り直して声を張る。
「ジクソーパズルを売り出したいの、その開発を共同でやりたい」
「パズルか、単価はいくらだ」
いきなりそんな角度で聞かれたので、私は少し面くらいながら考える。
「ええと、ピンキリだけど一般的な千ピースなら2000から5000ギアールぐらい。上は数万ギアールぐらいのものも」
「他をあたれ」
と、そのとき先ほど指示を出していたコートが到着する。ギア男爵はそれを受け取り、ぶわりと大きく翻して、私にかける。
「え」
「石炭の粉が飛んでる。返さなくていいから着て帰れ」
と、きびすを返して工場の奥へと消える。
「ちょっと!」
「さあさあ、社長はお忙しいんだ、よそをあたってくれ」
屈強な工員が数人並んでその場に壁を作る。私がどこぞの貴族なのは察しているのか、けして乱暴をしようとはしない。しかしもう私の話は聞かないという構えは明らかだ。
その時。私の胸がかっと熱くなる。
例えるなら熱いおでんを飲み込んだときのような、内臓が焼ける感覚。私は少し身をかがめて、胸に生まれる熱を握りしめる。
「……?」
これは何だろう。予想していた感情とは少し違う。
確かに簡単に追い払われて悔しかったけど、ちょっと無理があるとも思っていた。門前払いは覚悟の上だったはずだ。それなのに何故こんなに熱くなるのだろう。
「……そうか、これって」
厚手のコートはずっしりと重い、霧と煤煙に生きる男のコートだ。私はその襟をぎゅっと握る。こんな街をドレスでうろつく馬鹿な女と思われただろうか。だがそれもどうでもいいこと。
「あなたの悔しさなのね、カルコ」
おそらく、この熱はカルコという少女の感情。
この体は「私」のものでもあるし、カルコのものでもある。人格は混ざっている。私というピースとカルコのピース。2つが噛み合って一つの人格になっているのだ。そして今、カルコの部分が激しく燃えている。
考えてみれば当然のこと。ラインヴァル家はもう崖っぷちなのだ。
私は自分のためにジグソーパズルが欲しいし、できればこの世界にも広まってほしい。
だが、カルコにとっては家の存亡をかけた訴えであったはず、それを簡単にあしらわれたことに怒っているのか。
「あなたたち」
私は並んだ工員に呼びかける。
「な、なんだい」
「歯車男爵にもう一度だけ話を聞いてもらいたい。あんな一言二言のやりとりでは納得できない。改めて面会を申し込ませて」
「……それなら事務所の方に回って約束を取り付けてくれるか。社長は忙しいから、正式に話をするとなると何ヶ月も先になるかも……」
「いいえ! 今! 聞いてほしい!」
私はがん、と鉄板の貼ってある床を踏み鳴らして進む。うすらでかい工員たちがとっさに足を引き、海が割れるような錯覚。
「お、お嬢ちゃん、乱暴はしたくねえんだ、手を出させないでくれ」
「どきなさい!」
私は腹の底から声を出す。カルコという少女が生まれて初めて出すような声。だけど悲しいかな、それすらもかき消す機械の音。蒸気の音。
だけど目の前の工員たちには通じた。私の前に立ちふさがることができない。鉄板を踏み鳴らす音が私の心臓の音に重なる。
「一度は質問しておきながらあの態度! ふざけてる! ジグソーパズルは簡単に切り捨てていいものじゃないの!」
そう、私は小娘だ。
前世の記憶があるとはいえ、ひどく断片的。いえ、たとえ前世でどんな人生を生きていても、とても本物の貴族さまと渡り合えるはずがない。
だから、足りない分は気合いで埋める!
私は怒りの顔を憑依させつつ歩を進める。工場内はざわつき、何人もの工員が集まってくる気配。大型のクレーンの前にいたカム社長はぎょっとして振り向く。
「カム社長! もう一度話を聞きなさい!」
社長はその体躯で少しあとじさり、それが妙におかしくて皮肉っぽい笑いが出てしまう。
「お、お前……」
「お前ではありません! 私の名はキャルコット・ラインヴァル! カルコと呼びなさい!」
男爵は大型クレーンの操作盤に背中をつける、ちょうどその前に金属製の足場があったので、私はその上にどんと飛び乗って、操作盤に張り手を打つ。私の真上で、大型クレーンが恐竜のようにのけぞった。
「ジグソーパズルの話を聞きなさい!」
「……う」
私の火を噴くような怒声が、男爵の炎の髪をなびかせるような感覚。
しかし男爵の動揺は一瞬だった。さすがは怪物とも恐れられる人物。すぐに感情の揺れを抑え、ぎりっと奥歯を噛んで体を前に出す。鼻が触れそうだったので台から後ろに降りる。
「……ジグソーパズルが何なのか知らんが、それをくさす訳じゃない。俺の工場で扱うには単価が安すぎる。俺は七つの工場を仕切っているが、どれも船や大型重機を扱う工場だぞ」
なるほど、確かに巨大ロボでも開発できそうな工場だ。天井もすさまじく高い。歯車を駆使した見たこともない機械が並ぶ。あちこちで大型の釜が蒸気を噴いている。
私はそれをちらと見て、ほとんど真下から男爵の顔を見上げる。
「大は小を兼ねる! 私が必要としてるのは十分な設備と熟練の人材! ジグソーパズル260年の歴史を数年で走り抜く! それにはこの国で最高の工場じゃないとダメなの!」
「? わ、わけのわからんことを……一体そのパズルの何がそんなに特別なんだ」
「ジグソーパズルの魅力はそれこそ語りきれない! ある人はくだらないとか時間の無駄とか言う! でも私はその魅力を表せる言葉を知ってる! それは」
ごくり、と誰かが息を呑む。
工場内から槌音が消えていた。誰もがこちらを見ている。
私は革命の宣誓書でも読むかのように、感情を最大限に高めて、言った。
「作ってみればわかる!」
カム社長は目をまんまるにして、何度かまばたきをする。呼吸を落ち着けると、私の肩をそっと押しのけた。
そして私を見る。なんて綺麗な黒の瞳だろうか。黒曜石のようだ。
男爵は私をじっと見ている。人物の品定めをされているのか、それとも小娘をどうやって追い返すか考えているのか。
私は緊張のためか、それとも蒸気の熱のためか、背中に汗をかくのを感じる。負けじと睨み返す。
「わかった……話を聞こう」
ざわざわ、と周りの工員たちから意外そうな声。どうやら普段のカム社長では起こり得ないことが起きたようだ。
「その説明にどのぐらいかかる」
「一時間ください」
「……これから新造船の進水式に出る。経営会議もあるし、本当に時間がないんだ。一時間ほど体が空くのは七日後……」
カム社長は私をちらと見て、そして周囲を見て。
なぜかわざとらしい咳払いをしてから手をひらひらと振る。周りの男たちがざわつきながら遠ざかっていった。
「わかった……食事をしながらでいいか」
「え、食事というと」
自宅に招かれた。
家全体がほんのりと温かい熱気配管。異様に明るいガス灯。使用人は多く調度の高級さは目もくらむよう。
私はやや緊張しつつ紅茶をかき混ぜる。体温を回転力に変えて先端が回るスプーンだ。これほど精緻な細工物になると芸術品としての価値が出てくる。
ギアラッド中央市街にある庭付きの邸宅。敷地の五分の四が森になっており、よく茂った広葉樹が煤煙を遠ざけている。屋敷にはかなり機械の手が加えられているが、元は古風で瀟洒な邸宅だったことがわかる。新進気鋭であるカム・ギア男爵とはだいぶイメージが違うような。
「あ、そうか、社長、確かご結婚されてるとか」
見たこともないほど上等な肉を切りつつ尋ねる。
「社長は会社と工場の中だけだ。屋敷ではカム、または男爵と呼べ」
「はあ」
めんどくさいなあと思いつつ話を続ける。
「男爵様、奥様は同席されないのですか」
「不在だ。今は社交期だからどうせサロンに出ている。妻とはこのところ少し距離があるのだ。もともとあいつは工業に理解を示さない、骨の髄まで社交界に染まった女だからな」
「……」
広いテーブルには私と男爵だけ。使用人も部屋の外に出ている。奥様のことなど初対面でするには踏み込みすぎた話でもあるし、そこは掘り下げている場合ではない。
私はジグゾーパズルについてつらつらと話をする。成り立ちについてはこの世界の話ではないので省略したが、その概要、組み立て方、バリエーション、素材や画題など。
「技術も知識も必要ない、必要なのは少しの根気、それがジグソーパズル、この世で最も楽しいパズルです!」
「ふむ……組み立てるパズルというだけでなく、飾りものとしても価値がある、か」
「そうです。作ってるときも楽しみが色々あるんです」
端っこのピースを選り分ける作業。一つのピースをじっと見つめてどこの部分か推理してる時間。ピースがさっくりとハマったときの快感。青一色の空の部分を総当り的に埋めていく辛さもまた魅力。
あるいは買う時もだ。専門店を何件も回って物色する日々。家のどこに飾ろうかと考えている時間。2000ピースの箱を持ったときの異様な重さ。あのとき買い逃したジグソーに何年か越しで出会えた感動……。
「……まだ世界にないパズルだろう? そんなことまで考えているのか」
「あ、ええと……子供の頃からこのパズルのことだけを夢想していたもので」
「ふむ、なるほど」
「素晴らしいと思いませんか。広い店内を埋め尽くすジグソーの箱。世界に名だたる名画も、一生行くことのない絶景も手に入るんです」
「飾るなら写真や絵画でよかろう……印刷技術もこのところ進んでいることだし」
「いいえ! ジグソーで組み上げた絵は特別なんです! 大きいものでは一ヶ月近く向き合うんですよ! 完成したときの愛着はひとしおです!」
カム社長はワインをあおり、私の目を見据える。
「……名はカルコ……正しくはキャルコットだったか、地方貴族の出か」
「はい、ラインヴァル家の娘でございます。かなり辺鄙な土地なのでご存じないかもしれませんが」
「その事業に予算を組もう。工場に出入りできるように、正式に社員として雇う。お前が事業にふさわしい人材を集めるのだ」
「えっ」
「まずは試作品を作ってもらう、それを元に正式にラインを組む」
「わ、わかりました」
「しばらくギアラッドに滞在することになるな。住むところがないなら客間を貸そう。使っていない部屋がたくさんある。それでいいか」
「だ、大丈夫です、これ以上ないほどの光栄です」
私は両親に手紙を書き、滞在の許諾を得る。
かくしてギアラッドでの事業が始まった。
私はギアラッドの中央、社長の邸宅から出勤する。どれだけ早い出勤でも社長はいつもそれより早い。
私はまず印刷、製紙、金型の職人を集めて試作品作りの準備をする。
ジグソーパズルは土台となる厚紙に印刷紙を貼り付けて作られる。厚紙は1.9ミリ、表面の印刷紙は0.1ミリ、どのメーカーでもあまり変わらない。
写真班も必要だ。オリジナルのイラストでもいいのだが、やはり最初は風景、そして名画だろう。
これも人材を確保するべきなのだが、まだ試作段階なので写真屋さんに依頼することにした。本当は国内各地の美術館とか、絶景とかを回りたいけど、試作品は近場で済ますことになりそうだ。
そして金型の作成。ジグソーはカッターを使って厚紙を切断して作る。このカッターを金型と呼ぶ。
本来はベルトコンベアを移動しながら、縦のラインと横のラインで二回、金型を入れて作る。だがそんな余裕もないので、ダイキャスト製法で行こう、最初から網目状になっている金型を作って切るのだ。
さすがは熟練工というべきか、私の何となくな説明できっちり金型を作ってくれた。
側溝のフタみたいに見えるカッターを工員さんに持ってもらい、用意した厚紙を丁寧に押し切る。最初のものはまったく切れずに紙が潰れてしまった。適当な厚紙と、カッターの「研ぎ」を入れてもらうよう頼み、私は紙問屋を回って記憶にある厚紙に近いものを探す。
さてそんな日々の中、意外だったのはカム社長が何度か顔を出したことだ。
「なぜこんなに複雑な形状なんだ?」
「簡単にばらけないようにです。精度の高いジグソーは、隅っこの一枚を持って全体を持ち上げられるんです。飾るときにはこの精度が必要なんです」
「ふむ、歯車のようで親しみが沸くな……待てよ、この形状なら全てのピースを異なる形にできるんじゃないか。膨らんだ部分の大きさや、隣のピースと接する部分の角度などで……」
「そうです! ジグソーパズルは実はすべてのピースで形が違うんです。違うピースが違う場所にキレイにハマることは……たまにしかないんです!」
またある時は。
「絵を立ててしまうとピースが剥がれてこないか?」
「そのために糊で固めるんです。いま具合のいい糊を探してて……」
「なるほど、そうなると厚紙の方にも耐水性が必要だな……いや、そうか、組み立てる段階では乾燥してわずかに縮んでいて、糊の水分を吸って膨らむことで……」
社長はさすがと言うべきか、私が説明するより早く要点を掴んでくる。
社長は誰よりも忙しそうだった。いつも数人の男を引き連れて工場を歩き回り、機械の様子を見たり指示を飛ばしたりしている。数千個の歯車で組まれた工作機械の不調を見抜き、勝手に手順を省略している工員を見つけ出す。社長は私が工場に出勤するとすでにいて、私がどれだけ遅くなってもそれより遅く帰宅した。
そして1週間ほどが、矢の速さで過ぎていった。




