09 噂と決断
翌日から、村の空気は明らかに変わっていた。
井戸端に水を汲みに行けば、話し声が俺の姿を見た瞬間にぴたりと止まる。子供たちの中には、遠巻きにこちらを窺うだけで、声をかけてこない者も出てきた。悪意があるわけではないのだろう。ただ、どう扱えばいいか分からない、という戸惑いが、村中に薄く広がっているのが分かった。
「気にしすぎない方がいいよ」
ノエルはいつも通りの態度でそう言ってくれたが、その気遣い自体が、状況の重さを物語っていた。
・・・
その夜、寝る前に呼ばれた居間には、リナとギード、そしてノーラが揃っていた。三人の顔つきから、これがただの世間話ではないことは、すぐに分かった。
「アレン、座って」
ギードに促され、俺は椅子に腰を下ろした。
「単刀直入に言うわね。……あなたの力のこと、これからどうするか、私たちなりに考えないといけないと思って」
リナの声は、いつもより硬かった。
「隠せ、とはもう言わない。今日みたいなことがあった以上、無理な話だろう」
ギードが続ける。その言い方には、諦めというより、方針を切り替える覚悟のようなものが感じられた。
「じゃあ、どうするの」
俺が尋ねると、三人は一度、目を見合わせた。
「このまま、村の中だけで抱え込むには、もう限界がある。……お前の力を、ちゃんと扱える人間に、一度見てもらうべきだと思うんじゃ」
口を開いたのは、ノーラだった。
「見てもらう、って」
「お前の力は、これまで一度も、お前自身の意思で動いたことがない。危機の度に、勝手に体が応じるだけじゃ。分類もできん、制御の仕方も、婆にも分からん。……そういう力を、専門に扱える人間に、一度見てもらうべきだと思うんじゃ」
理屈としては、分かる話だった。それでも、村を出るという言葉の重さに、俺は思わず黙り込んだ。
・・・
「心当たりが、なくはないの」
リナがそう言うと、ギードが少し驚いた顔を見せた。
「……ガイルさんのことか」
「うん。あの人、魔法にも詳しいでしょう。何か、教えを頼める相手を知ってるかもしれない」
四歳の頃、一度だけ言葉を交わした、流れの魔法使い。あの気だるげな旅人の顔を、俺は久しく思い出していなかった。
「あの人、また村に来るの?」
「年に一度か二度は通るはずだ、と村長が言っていた。……次に来た時、頼んでみる価値はあると思う」
ギードの声には、確信よりも希望の方が多く含まれているように聞こえた。それでも、何もせずにいるよりは、と俺も頷くしかなかった。
「それまでの間は?」
「それまでは、いつも通り、村の中で気をつけて過ごすしかないじゃろうな」
ノーラの言葉に、リナとギードも同意するように頷いた。決定的な解決策とは言えない、ただの繋ぎの答えだった。それでも、家族の中で「これからどうするか」という方針だけは、はっきりと定まった気がした。
・・・
話が終わった後、俺は自分の部屋に戻り、天井を見上げた。
村を出る、という選択が、こんなに早く現実味を帯びて出てくるとは思っていなかった。丘の向こうに憧れていた頃の自分と、今、村を出ることを恐れている自分。その両方が、確かに自分の中にいる気がした。
前世では、望んで動いたことより、周りの都合に流されて決まったことの方が多かった気がする。今回もまた、自分の意思とは関係なく物事が動いている。それでも、今回は少しだけ違う感触があった。両親と祖母が、俺のために本気で考え、方針を出してくれた。それだけのことが、なぜか胸のあたりを温かくした。
窓の外には、いつもと変わらない村の夜景が広がっていた。それでも、その景色を眺める自分の中で、何かが少しだけ動き始めているのを、俺は感じていた。




