↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度こそ、自分のために生きる ~転生した社畜、視えない魔力を抱えてのんびり育つ~  作者: ぽけっと
幼年期-レイフ村編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/46

08 山犬の群れ、広がる噂

収穫祭が終わってからも、ノエルとの稽古の日々は変わらず続いていた。


「今日は、丘の向こうまで薬草を採りに行くの。母さんに頼まれてて」


ある朝、ノエルがそう言って俺を誘った。丘の向こうというのは、村の子供たちが普段はあまり近づかない、森の縁にあたる場所だった。


「僕も行っていいの?」


「一人より二人の方が早いでしょ。荷物持ちくらいはやってもらう」


そういうことなら仕方ない、と俺は素直に付き合うことにした。


・・・


森の縁は、村の中とは違う匂いがした。湿った土と、名も知らない草の匂い。ノエルは手慣れた様子で、目当ての薬草を摘んでいく。俺はといえば、言われた通りに籠を持って後ろをついて回るだけだった。


「これも合ってる?」


「うん、それでいい。……あんた、案外、覚えがいいね」


「一度言われたことは、忘れない方だから」


前世でも、こういう細かい確認作業だけは得意だった。誰かの評価を気にする性分が、案外こういうところで役に立っている。


薬草を集め始めてから、一刻ほどが経った頃だった。


「――ねえ、なんか、静かすぎない?」


ノエルが不意に手を止めた。言われてみれば、さっきまで聞こえていた鳥の声が、いつの間にか途絶えている。俺も自然と、周囲に目を配った。


低い唸り声が聞こえたのは、その直後だった。


・・・


灰色がかった毛並みの獣が、木々の間から次々と姿を現した。三頭、四頭――いや、それ以上。山犬の群れだった。痩せて目つきの悪い個体が多く、獣特有の飢えた雰囲気を纏っている。


「……まずい」


ノエルが小声で呟き、腰に佩いていた木剣に手をかけた。稽古用の代物だが、ないよりはいい、という程度の判断なのだろう。


「アレン、ゆっくり下がって」


「ノエルは?」


「わたしが時間を作る。あんたは走って村に――」


言い終わる前に、群れの中の一頭が、地を蹴った。


俺は考える前に、体が動いていた。走る、というより、ノエルと山犬の間に、いつの間にか自分の体を割り込ませていた。


・・・


その後の数秒は、正直、はっきりとは覚えていない。


一頭の牙が届く寸前で、俺の腕が、まるで見えない何かに導かれるように、獣の顎を弾き返していた。二頭目が横から飛びかかってきた時には、既に体が半歩分、勝手に踏み込んでいた。地面を蹴る感触が、いつもの自分の脚とは思えないほど鋭かった。


「アレン、後ろ!」


ノエルの声に、振り返るより先に体を捻る。三頭目の爪が、頬のすぐ横をかすめて空を切った。


群れは、明らかに戸惑っていた。獲物だと思っていた対象が、あまりに予想外の動きをする。何度か仕掛けては、その度に弾かれ、頭数を減らしていく仲間の様子を見て、やがて統率の取れない散り方で森の奥へと引いていった。


静寂が戻った頃、俺は膝に手をついて、荒い息を整えていた。怖くなかった、とは言えない。むしろ、今になって、指先が細かく震えているのが分かった。


「……大丈夫?」


ノエルが駆け寄ってくる。俺は頷きながら、ようやく声を出した。


「うん。ノエルは?」


「怪我はない。けど――」


ノエルは言葉を切って、俺の顔をじっと見た。


「今の、絶対おかしいって。あんな動き、できるわけない」


否定する材料は、もう俺の中にもなかった。


・・・


騒ぎに気づいたのは、俺たちだけではなかった。


森の縁からそう遠くない丘の上で、羊の様子を見ていた男が、一連の出来事を見ていたらしい。名は、オズワルドと言った。村ではあまり見かけない、寡黌な羊飼いだ。


「お前さんたち、今の……」


村へ戻る道すがら、待ち構えていたオズワルドに声をかけられた。ノエルが慌てて割り込む。


「た、たまたまです。運がよかっただけで」


「運、か。あれだけの数の山犬相手に、運だけでどうにかなるもんかね」


オズワルドは疑わしげにこちらを見ていたが、それ以上は追及せず、羊の群れの方へ戻っていった。それでも、その視線は最後まで、俺の背中に張りついているようだった。


・・・


村に着くと、既にいくつかの視線が俺たちに向けられていることに気づいた。井戸端で立ち話をしていた女たちが、こちらを見てはすぐに声を落とす。マーサも、複雑な顔でこちらを一瞥した後、目を逸らした。


「もう知れてる、って感じだね」


ノエルがぽつりと言った。


「早いな」


「村なんて、そんなもんでしょ」


その口ぶりには、諦めのようなものと、心配のようなものが、両方混ざっていた。


家に帰ると、リナが青ざめた顔で駆け寄ってきた。誰かが既に知らせに来ていたらしい。


「アレン、無事なの? 怪我は」


「……大丈夫。ノエルのおかげで、怪我はない」


半分だけ本当のことを言うと、リナは俺を強く抱きしめた。腕の中の力は、いつもより少し、強すぎるくらいだった。


夕食の席で、ギードとノーラは終始無言だった。何かを言いたそうな顔をしながら、結局、二人とも何も口にしなかった。ただ、ノーラの視線だけが、いつまでも俺の方から離れなかった。


・・・


その夜、床の中で、俺は今日の出来事を振り返った。


これまでは、家族とノエルだけの内側に留まっていた話だ。それが今日、村の大人の目にも触れてしまった。もう、内輪の秘密では済まないところまで来ている気がした。


窓の外では、いつもと変わらない夜の静けさが続いていた。それでも、明日からの何かが、確かに変わり始めているのを、俺は感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。