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今度こそ、自分のために生きる ~転生した社畜、視えない魔力を抱えてのんびり育つ~  作者: ぽけっと
少年期-学園編

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44 開かずの書庫

レイドとミラとは座学が一緒で、実技だけがそれぞれ別の科に散らばる。そんな変則的な時間割にも、俺の体は案外すぐに馴染んでいた。


「今日は、召喚科に混ぜてもらうことになった」


朝、教室でそう報告すると、ミラが興味津々な顔をした。


「ヒスイのこと、何か言われたりしないの?」


「実技の評価対象には含めない、って最初に釘を刺されてる。見学に毛が生えた程度だと思う」


「見学って、暇そうだね」


「暇なわけじゃないと思うけど……行ってみないと分からない」


そんな会話を交わしながらも、俺は内心、今日一日をどう過ごすことになるのか、まだ半分も見当がついていなかった。


・・・・・


召喚科の実技は、意外にも座学に近い内容だった。基本的な召喚陣の描き方、魔力の込め方、無契約の召喚がどこまで実体を保てるかの検証。二年前、フィリアが見せてくれた「仮初めの狼」を思い出しながら、俺は黙って授業を聞いていた。


「アレンは、召喚獣を連れてるんだったな」


引率の教官が、思い出したように話を振ってきた。


「はい。ただ、正式な契約はしていません」


「無契約か。……珍しいが、前例がないわけじゃない」


さらりと流されて、俺は少し肩透かしを食った気分になった。この学園では、俺のような例外も、ある程度は織り込み済みの範囲に収まるものらしい。


授業の合間、隣の生徒が興味深そうに話しかけてきた。


「無契約で二年も懐いてるとか、逆にすごくない? 普通は代償がどうこうで、こんなに簡単な話じゃないのに」


「簡単だった覚えもないんだけどな……」


「そうなの? まあ、当人にしか分からない苦労もあるか」


召喚科は、強化科とはまた違う空気があった。実力よりも、理屈と手順を重んじる生徒が多いのか、俺の"分からないことばかり"という立場にも、単純な好奇心以上の反応を返してこない。それが、今の俺には、ちょうどいい距離感だった。


・・・・・


午後、座学の空き時間に、俺は思い立って図書館に足を向けた。竜血族に関する記述を、もう少し詳しく探してみたい、という漠然とした興味からだった。


学園の図書館は、フィリアの家の書斎とは比べものにならないほど整然としていた。天井まで届く書架が、幾列にも並んでいる。司書らしき女性に尋ねると、「竜血族」の棚は、思っていたよりずっと奥まった一角にあった。


並んだ背表紙を眺めていくと、ほとんどが、婆ちゃんの昔語りやフィリアの座学で聞いた話の焼き直しだった。滅びたのか、隠れたのか、誰にも分からない――そういう曖昧な結論で締めくくられている本ばかりだ。


「その辺りの棚、物足りないでしょう」


不意に声をかけられ、振り返ると、先ほどの司書が本を抱えて立っていた。


「詳しい記録は、この階には置いていないんですか」


「一般の書架には、公開できる範囲のものしか並べていないの。……もっと詳しい記録は、禁書庫の方にあるはずよ」


「禁書庫、ですか」


聞き慣れない単語に、俺は思わず聞き返した。


「学園の地下にある特別書庫。閲覧には、教官の許可か、正式な研究目的の申請が必要なの。生徒が気軽に入れる場所じゃないわ」


「どんな本があるんですか」


「さあ。私も、詳しくは知らないの。担当の教官以外、滅多に立ち入らない場所だから」


その言い方には、単なる規則以上の、どこか近寄りがたい響きがあった。


「危険なものが置いてある、ってことですか」


「危険というより……扱いを間違えると、色々と厄介なことになる類のもの、と聞いてるわ。詳しいことは、私も又聞きでしかないけど」


歯切れの悪い答え方だった。それでも、生半可な好奇心では踏み込めない場所らしいことだけは、十分に伝わってきた。


・・・・・


「竜血族について、何か調べてるの?」


司書の問いに、俺は少し言葉を選んだ。


「興味があるだけです。……昔、村で聞いた昔話に出てきたので」


「珍しいわね、そんな理由でここまで調べに来る生徒」


「変ですか」


「変というより、感心してるのよ。大抵の生徒は、試験に出る範囲しか調べに来ないから」


その言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。フィリアの家でついた癖が、こんなところにも顔を出しているらしい。


「禁書庫の申請って、生徒でもできるんですか」


「正式な指導教官がついて、研究目的が認められれば、不可能ではないはずよ。申請は学園長を通して、最終的には魔導院の判断を仰ぐことになるけど。……一年生には、まず通らないでしょうね」


やんわりとした断り文句だった。それでも、「不可能ではない」という一言だけは、頭の隅にしっかりと残った。


外套の合わせの中で、ヒスイがそれまでとは違う動きを見せた。書架の奥、地下へと続くらしい重い扉の方角を、じっと見つめている。廃村で感じたのと同じ張り詰めた気配とまではいかないが、いつもの気まぐれとは、明らかに質の違う反応だった。


「どうかしたか」


問いかけても、答えは返ってこない。それでも、扉の方を見つめる横顔だけは、しばらくそのままだった。


・・・・・


図書館を出る間際、廊下の掲示板に目が留まった。校内新聞らしき紙が貼り出されている。見出しの一つに、聞き覚えのない単語があった。


『今年の特待生、各系統の顔ぶれ発表』


「特待生?」


思わず声に出すと、通りかかった上級生らしき生徒が、興味なさそうに教えてくれた。


「各系統で一番強い奴が選ばれる、学園公式の枠だよ。学年関係なく、全校で数人しかいない」


「そんな制度、あるんですね」


「一年には、まだ縁のない話だろ。……よっぽど飛び抜けてないと、名前も挙がらない」


そう言い残して、上級生は興味を失ったように歩き去っていった。掲示された名前の一覧を、俺はしばらく眺めていた。見覚えのある名前は、一つもなかった。


・・・・・


放課後、鍛錬場に寄ると、レイドとミラが既に汗を流していた。


「今日は、召喚科と図書館だったんだって?」


「地味だな、それ」


「地味で悪いか」


そう言い返しながら、俺は今日知ったばかりの単語を二つ、そのまま伝えた。禁書庫、特待生。レイドは特待生の方に食いついた。


「特待生かあ。俺も、いつかそこに名前が挙がるといいけどな」


「気が早すぎない?」


ミラが呆れたように言うと、レイドは悪びれもせず胸を張った。


「気が早いくらいでちょうどいいんだよ、こういうのは」


以前、同じような小言でミラを窘めていたのは、他でもないレイド自身だったはずだ。掌を返したような物言いに、俺は思わず笑いそうになった。


「禁書庫の方は、興味ないのか」


「正直、実感が湧かない。俺には縁がない場所って感じがする」


レイドの答えは、あっさりしたものだった。それに比べて、自分の中に残っている引っかかりの重さが、少しだけ意外だった。


・・・・・


その夜、フィリアの家に戻ると、いつも通り彼女が待ち構えていた。


「召喚科は、どうだった」


「特に変わったことはなかったです。……そのあと、図書館にも寄ってみました」


「図書館? 珍しいわね」


「禁書庫っていう場所があるらしいです。竜血族の詳しい記録は、そっちにあるみたいで」


フィリアの手が、一瞬だけ止まった。


「知ってたんですか」


「噂程度にはね。……ヴィクトルなら、もっと詳しいかもしれない」


「入れそうですか、僕たちでも」


「一年生には無理でしょうね、普通は。……でも、無理を通す手立てが一つもない、とも言い切れないわ」


フィリアの声には、いつもの気だるさの下に、微かな企みの色があった。


「もう一つ、伝えておきたいことがあります」


「なに」


「図書館で、禁書庫に続くらしい扉を見た時、ヒスイの様子が変わりました。廃村の時ほどじゃないですけど、明らかにいつもと違う反応で」


フィリアは、しばらく黙って考え込んだ。


「……偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。今の段階じゃ、何とも言えないわね」


「記録しておいた方がいいですか」


「もちろん。あんたの観察眼、悪くないもの」


素っ気ない言い方だったが、その目には、久しぶりに研究者としての光が戻っていた。


「先生、また何か考えてます?」


「さあ、どうかしらね」


はぐらかすような言い方だったが、それ以上は何も言わなかった。俺もそれ以上は追わず、代わりに、今日図書館で見た掲示のことを思い出した。


「特待生っていう制度も知りました。各系統の最強格が選ばれるとか」


「ああ、あれね。……あんたには縁のない話よ」


「分かってます。僕、そもそも系統の土俵にすら乗れないので」


自嘲のつもりだったが、口にしてみると、思っていたほど重くは響かなかった。フィリアはそれを聞いて、意外にも真面目な顔をした。


「縁がないことと、関係ないことは、別の話よ。……そのうち分かるでしょうけど」


意味深な言い方だったが、それ以上は説明してくれなかった。


その夜遅く、布団に入ってからも、今日知った二つの言葉が頭から離れなかった。禁書庫、特待生。まだ自分には遠いはずのその響きだけが、なぜか妙にはっきりと残っている。


腕の中で丸くなったヒスイに、俺は小さく呟いてみた。


「いつか、行けるようになるといいけどな、あの書庫」


答えは返ってこない。規則正しい寝息だけが、静かな部屋に満ちていた。

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