04 剣を振る隣人、初めての友達
村の広場で、同じ年頃の子供たちが鬼ごっこに興じているのを、俺は少し離れた木陰から眺めていた。
「アレンも入れよー!」
一人がこちらに気づいて手を振る。俺は曖昧に首を振って、それだけで答えにした。
五歳になった今も、あの輪に加わろうとは思わなかった。単純な追いかけっこの何が面白いのかわからない。走り回って、笑って、また走る。それだけの遊びに、体力を使う理由が見当たらなかった。かといって、退屈しているわけでもない。ただ、自分だけが一枚薄い膜を隔てたところにいるような、そんな感覚にはもう慣れていた。
友達と呼べる相手は、この五年間、一人もいなかった。寂しいかと聞かれれば、よく分からない。前世で培った距離感のようなものが、無意識のうちに子供たちとの間に線を引いているのかもしれなかった。
「今日も見てるだけ?」
夕方、迎えに来たリナに聞かれ、俺は曖昧に頷いた。リナはそれ以上追及せず、ただ俺の頭を一度だけ撫でた。
「無理に混ざらなくてもいいのよ。アレンのペースでいいから」
その言葉に甘えている自覚は、正直あった。
・・・
隣の家から、ぱしん、ぱしんという乾いた音が聞こえてきたのは、そんなある日の昼下がりのことだった。
垣根の隙間から覗くと、隣家の女房――マーサの娘のノエルが、木の枝を振り回していた。金色の髪を肩口で無造作に切りそろえ、赤い瞳を鋭く光らせている。素振りの構えだけは、妙に様になっていた。
「なんか用?」
不意に声をかけられて、俺は肩を跳ねさせた。ノエルはこちらに気づいていたらしく、枝を肩に担いだまま、垣根越しにこちらを睨んでいる。
「見てただけじゃ、つまんないでしょ」
「……別に、見たくて見てたわけじゃ」
しどろもどろに答える俺を、ノエルはしばらくじろじろと観察してから、興味を失ったようにふいと視線を逸らした。それが逆に、なぜか少し悔しかった。
・・・
ノエルと顔を合わせる機会は、それから急に増えた。
きっかけは、ノエルの家の鶏だった。ある朝、放し飼いの鶏の一羽が柵を抜け出し、村の外れの茂みに逃げ込んでしまったのだ。
「捕まえて連れ戻さないと、母さんに叱られる!」
ノエルは真剣な顔でそう言うと、迷わず茂みに飛び込んでいった。だが鶏はあちこちに逃げ回るばかりで、一向に捕まる気配がない。ノエルは何度も飛びついては、その都度羽をばたつかせた鶏にひらりとかわされ、泥だらけになっていった。
「こら! 待て、この……!」
「そっちから回り込んで、逃げ場をなくせばいい」
たまたま通りかかった俺が、思わずそう口を挟むと、ノエルは驚いた顔でこちらを振り返った。
「……なんでそんなこと分かるの」
「なんとなく」
本当のところ、前世で似たような状況――逃げ回る取引先の担当者を、狭い廊下の先で追い詰めた記憶――が頭をよぎっただけだったが、そんなことを説明できるはずもなかった。
言われた通りに回り込んだノエルのおかげで、鶏は程なく茂みの隅に追い詰められ、無事に捕獲された。
「やった!」
鶏を抱きかかえたノエルが、泥だらけの顔のまま、満面の笑みでこちらを振り返る。その笑顔があまりにまっすぐで、俺は少しだけたじろいだ。
「ありがと。あんた、頭いいんだね」
「……別に、普通だと思う」
謙遜のつもりだったが、我ながら微妙に嘘くさい返事だった。
・・・
それからというもの、ノエルは何かにつけて俺を見つけては、絡んでくるようになった。
「ほら、これ持って。今日は素振りに付き合ってもらうから」
有無を言わさず木の枝を握らされ、剣術の稽古とやらに巻き込まれた。ノエルの構えを真似て枝を振ってみるが、体はまるで思い通りに動いてくれない。五歳児の筋肉と骨格は、頭の中のイメージ通りには、少しも従ってくれなかった。
「へた」
一言で切り捨てられ、俺はむっとした。むっとした自分に、我ながら少し驚いた。
「うるさいな。そんなにすぐ上手くなるわけないだろ」
「じゃあ、毎日練習すればいいじゃん。わたしはそうしてるもん」
そう返されると、何も言い返せなかった。俺は黙って枝を振り続けた。
「わたしね、大きくなったら王都の剣術学校に入るんだ」
汗を拭いながら、ノエルが唐突に言った。
「剣術学校?」
「うん。いつか名の知れた騎士になる。だから毎日練習してるの」
迷いのない声だった。前世の自分には、そんなふうにまっすぐ将来を語れたことが、一度でもあっただろうか。思い返してみても、はっきりとした答えは出てこなかった。
「アレンは? 将来、何になりたいの」
「……考えたこと、なかった」
なりたい自分、というものを、まだ思い描いたことがない。今世で何かになりたいと思ったことなど、一度もなかった。
「じゃあ、これから考えればいいじゃん」
ノエルはあっさりとそう言うと、また枝を構え直した。
「わたしが騎士になった時、アレンが何にもなってなかったら、ちょっとがっかりするけど」
「気が早すぎる」
「早いくらいでちょうどいいの。母さんもいつも言ってる、思い立ったらすぐやれって」
理屈になっているような、なっていないような台詞だった。それでも、なぜか反論する気にはなれなかった。
・・・
川辺で涼んでいたある日、水面に映る自分の顔をぼんやり眺めていた俺に、ノエルが不意に切り出した。
「ねえ、あんた、他の子たちと違うでしょ」
心臓が、跳ねた。
「……何が」
「分かんないけど。なんか、時々大人と喋ってる時みたいな顔するし、目つきも違う」
五歳の観察眼とは思えない鋭さだった。誤魔化そうと言葉を探したが、うまく見つからない。
「……そう、見える?」
「うん。でも」
ノエルは、それ以上追及する様子もなく、川に石を投げ込んだ。水面に広がる波紋を眺めながら、彼女はぽつりと続けた。
「別に、無理に聞き出そうとは思わない。あんたがあんたなら、それでいいし」
あっさりとした言い方だった。それだけに、かえって胸の奥に響いた。誰かにこんなふうに、踏み込まずにいてもらえたことは、あまり記憶になかった。
「……ありがとう」
「なんで礼を言うの、変なやつ」
ノエルはそう言って笑うと、また新しい石を拾い上げて、水面に向かって投げた。石は二回、三回と跳ねて、やがて静かに沈んでいった。
・・・
家に帰る道すがら、俺は自分の胸のあたりを、なんとなく手で押さえてみた。
友達、というものが、こういう感触なのだとしたら――悪くない。そう思えたことが、自分でも少し意外だった。
「今日も見てるだけだった?」
明日もまた、あの素振りに付き合わされるのだろう。今度はもう少し、様になる構えができるかもしれない。
そんなことを考えながら歩く帰り道が、今日はいつもより、ずっと短く感じられた。
家に着くと、リナが同じ質問を投げかけてきた。今日ばかりは、素直に首を横に振ることができた。
「ううん。友達と、遊んでた」
リナが目を丸くしてから、ゆっくりと笑みを浮かべた。何も聞かず、ただ「そう」とだけ言って、頭を撫でてくれた。その手の温かさに、俺はしばらく黙って身を委ねていた。




