39 一番、正直な答え
面談待ちの控室には、俺一人だけが残っていた。レイドとミラは、それぞれ別の面談室に呼ばれていった。三人でいる時には感じなかった心細さが、今更ながら胸の奥に広がっていく。
長椅子に腰掛けて待つ間、頭の中で何度も同じ問答を繰り返した。何を聞かれるのか、何をどう答えるべきか。答えを用意すればするほど、それが台詞じみて聞こえてくる気がして、結局途中でやめた。
代わりに、この二年間のことを、順を追って思い出してみることにした。ヒスイが現れた朝、初めて言葉を交わせた日、そして先日の模擬面談。一つ一つの記憶に、はっきりとした結論はついていない。それでも、積み重なった重みだけは、確かに感じ取れた。
外套の合わせをそっと確かめる。ヒスイの重みは、いつも通りそこにあった。
「アレン様、どうぞ」
呼ばれて、俺は面談室の扉を開けた。
・・・・・
「模擬の時とは、また勝手が違うでしょう。今日は正式な記録に残るから」
机の向こうに座っていたのは、クラリスだった。表情は、いつもの刺々しさを保ったままだったが、口調にはわずかな配慮が滲んでいた。
「はい。……正直、模擬の時より緊張してます」
「結構。緊張していない方が、むしろ信用できないもの」
紙束をめくりながら、クラリスは淡々と切り出した。
「まず確認から。実技の結果は聞いています。健闘したようね」
「引き分けでしたけど」
「引き分けで十分よ、あなたの立場では。……では、始めましょう。この二年間、この召喚獣との間で、一番後悔していることは」
想定していなかった質問だった。模擬の時にはなかった角度の問いに、俺はしばらく言葉を探した。
「……道具みたいに扱おうとしたことが、一度だけあります。見せる練習の途中で、それに気づいて、途中でやめました」
「その時、何を感じましたか」
「情けなさと、申し訳なさです。二年間、隣にいてくれただけの相手に、急に見返りを求めようとしていた自分に気づいて」
クラリスは何も言わず、ただ紙に何か書き付けた。良い反応か悪い反応か、今回も読み取れなかった。
「次。その後悔を、この召喚獣に伝えましたか」
「言葉では、伝えていません。……伝わったかどうかも、正直分かりません」
「伝えるべきだった、とは思いませんか」
「思います。……ただ、謝って許してもらう、というより、これからの態度で示すしかないと思っています」
「態度、というのは」
「同じ失敗を、繰り返さないことです。それくらいしか、今の僕にはできることがないので」
「次。将来、この召喚獣との関係が、どうなってほしいと思いますか」
「分かりません。……今よりもっと分かり合えたら、とは思いますが、それが具体的にどんな形なのか、正直、まだ思い描けていません」
「思い描けていない、で終わらせず、続けてください」
「はい。……ただ、分からないなりに、隣にいることをやめるつもりはありません。それだけは、はっきり言えます」
「では、もう一つ。もし、この召喚獣の正体が、今あなたの想像もしていない何かだったとしたら――それでも、今と同じように接していけると思いますか」
これも、模擬の時にはなかった問いだった。しばらく考えて、俺は正直に答えた。
「正直、想像もつきません。……それでも、今の接し方を変える理由も、今のところ見当たりません」
「見当たらない、で終わらせず」
「はい。……この子が何であっても、この二年間、隣にいてくれたことは変わらない事実なので」
クラリスは、その答えに何も言わず、ただ紙に書き付けた。ペン先の音だけが、しばらく部屋に響いていた。
・・・・・
「先ほどから、随分と『分からない』が多いですね」
クラリスの声に、咎めるような響きが混じった。
「はい。……分かった振りをするより、正直でいたいので」
「模擬の時と、同じ答えね」
「同じです。あの時と、考えが変わってないので」
短いやり取りの後、クラリスは軽く息をついた。
「一つ、意地の悪い質問をします。分からないことだらけのその関係に、価値があると、あなた自身は思いますか」
即答できる質問ではなかった。それでも、迷う時間そのものが、答えの一部であるような気がした。
「価値があるかどうかを、僕が決めることじゃない気がします。……ただ、この二年間、隣にいてよかったと思う瞬間の方が、圧倒的に多かったのは事実です」
「多かった、で終わらせず」
「はい。……初めて言葉を交わせた日も、その言葉が僕をかばうためのものだったと分かった日も、全部、隣にいなかったら知らずに終わっていたことでした。分からないことが多いままでも、知らずに終わるよりは、ずっといいと思っています」
言い終えてから、我ながら拙い答えだと思った。それでも、取り繕う言葉を探すよりは、よほど楽だった。
「面白いことを言うのね、あなたは」
クラリスの声に、わずかに感情のようなものが混じった。
「面白い、ですか」
「普通、こういう質問には、もっと立派な理由を並べたがるものよ。……分からないままでいい、なんて答え、審査の場では褒められたものじゃないわ」
「褒められない答えだって、分かってはいます」
「分かった上で、それを選んだのね」
「他に選びようがなかった、というのが正直なところです」
クラリスは小さく息を吐くと、ペンを机に置いた。窓の外から差し込む光の角度が、いつの間にかずいぶん傾いていた。
・・・・・
沈黙が落ちた。クラリスは、しばらく何も言わず、俺の外套の辺りに視線を向けていた。
外套の合わせから、ヒスイが静かに顔を出した。今日は促してもいなければ、誰かを庇う場面でもない。それでも、興味なさそうな顔のまま、机の端にちょこんと座った。
『つかれた』
短い一言が、頭の奥に届く。今日は、俺にしか聞こえていないらしかった。クラリスの表情も変わらないままだったから、今回は本当にそうなのだろう。
「疲れたか。……もう少しだから、我慢してくれ」
小声でそう返すと、ヒスイは何も答えず、目を細めただけだった。それでも、机の端から降りようとはせず、そのままの姿勢を保ち続けていた。逃げ出したいくらい疲れていても、ここに留まることを、自分の意思で選んでいるように見えた。
「最後に一つ」
クラリスが、紙束を閉じながら言った。
「今日の面談、後悔している部分は」
「……正直に答えすぎたかもしれない、とは思います。もう少し、上手く言い繕う方法もあった気がして」
「それなのに、しなかった理由は」
「上手く言い繕った言葉より、拙くても本当のことの方が、多分、伝わると思ったので」
クラリスは、初めてわずかに口元を緩めた。
「その判断が正しいかどうかは、今はまだ分からないわ。……でも、悪くない賭け方だと思う」
・・・・・
面談室を出ると、廊下の長椅子に、レイドとミラが並んで座っていた。
「終わったか」
「終わった。……疲れた」
「俺らもだよ」
三人とも、似たような疲労の色を顔に浮かべていた。それだけのことが、今はやけに心強く感じられた。
「何、聞かれたんだ、面談で」
「僕は……色々。将来どうなってほしいか、とか、後悔してることとか」
「重いな、それ」
「お前らは?」
「俺は、系統の伸びしろについて延々と聞かれた。正直、退屈だった」
「私は、水系統だと分かった時どう思ったかとか、今後の目標とか。……割と普通の質問ばっかりだったよ」
二人の話を聞きながら、俺は自分の面談だけが、随分と毛色の違うものだったらしいと気づいた。それでも、羨ましいとは思わなかった。それぞれの事情に応じた問いを受けた、というだけのことなのだろう。
「まあ、聞かれる中身は違っても、疲れるのはみんな同じってことか」
レイドの一言に、三人揃って苦笑いが漏れた。
「なあ、結果っていつ分かるんだ」
「後日、通知が届くって言われた」
「気長に待つしかないってことか」
「そうみたい」
「まあ、待ってる間に色々考えても仕方ないしな。……合格したら、約束通り飯な」
「言われなくても分かってる」
「なら、いいけど」
素っ気ないやり取りに、俺は思わず笑ってしまった。そうして歩き出した三人の足取りは、来た時よりいくらか軽かった。
結果は、後日の通知を待つしかない。それでも、答えられないことを答えられないまま差し出した今日という一日を、俺は不思議と悪くないと思えていた。




