38 証明のかたち
控室に足を踏み入れると、既に何人かの受験生が集まっていた。誰もが一様に、緊張と苛立ちの入り混じった顔をしている。持参した木剣の柄を、俺は無意識に握った。二年間、数えきれないほど手に馴染ませてきた重みだった。
「実技は、二人一組の模擬戦形式で行う。組み合わせはこちらで指定する」
案内役の魔法使いが、淡々と手順を告げていく。
「評価するのは、勝敗そのものではなく、技術、判断力、状況への対応力。……派手さより、地に足のついた実力を見る」
その一言に、周囲の空気が、わずかに引き締まるのが分かった。
案内役の言葉に、控室のあちこちで小さくどよめきが起きた。誰もが、自分の得意な系統を存分に見せつける場を期待していたのだろう。予想と違う評価基準に、戸惑いを隠せない者も多かった。
「勝敗じゃないって言われても、負けたら普通に不安になるけどな」
近くにいたレイドが、小声で漏らす。
「不安になっても、結果は変わらないだろ」
「分かってるけど、口に出したいだけだよ」
軽口を叩き合いながらも、レイドの視線は、既に対戦相手の一覧に釘付けになっていた。ミラも同じように、緊張した面持ちで名簿を確認している。俺も名前を探した。指で辿った先に、見覚えのない名前が並んでいた。
・・・・・
「アレン、こっちだ」
名前を呼ばれて進み出ると、対戦相手として指定されたのは、見覚えのない少年だった。仕立ての良い上着、隙のない立ち姿。一目で、育ちの違いが分かる。
「ユーゴ・オルグレンだ。……お前が、例の?」
「例の、というのが何を指してるかによりますけど」
「鑑定で何も出なかった、っていう受験生。噂になってるぞ、もう」
隠す気もない物言いだった。悪意というより、単純な好奇心に近い響きがある。
「それで、実技はどうするつもりなんだ。系統も分からないのに」
「見てもらえば、分かると思います」
短く返すと、ユーゴは片眉を上げた。
「威勢だけはいいんだな」
「威勢じゃなくて、他に言いようがないだけです」
「変わった答え方をする奴だな。……まあいい。オルグレン家の名に懸けて、手加減はしないからな」
聞き覚えのある家名だった。宮廷魔導院にも、名の知れた一族がいたはずだ。育ちの良さそうな物腰にも、それなりの裏付けがあるらしい。
「手加減されても、困ります」
「減らず口も叩けるんだな」
ユーゴは呆れたように肩をすくめると、先に会場の方へと歩き出した。
・・・・・
模擬戦用の広間に移動すると、既に何組かの対戦が始まっていた。木剣がぶつかる音、詠唱の気配、審判役の声が入り混じっている。観覧席の隅に、先に実技を終えたらしいレイドとミラの姿が見えた。目が合うと、二人ともこちらに向かって小さく手を振ってくる。それだけのことで、不思議と体の余計な力が抜けた。
「では、次の組。……始め」
合図と同時に、ユーゴが先手を取った。手のひらから放たれた光の礫が、正確な軌道で迫ってくる。
腹の底で、熱がふわりと弾けるような感覚が走った。手足の先まで、力が行き渡っていく。最小限の動きで礫をかわし、そのまま間合いを詰めた。
「――速い」
ユーゴが驚いたように後退する。それでも、すぐに態勢を立て直し、連続して魔法を撃ち込んできた。決して雑ではない、それなりに鍛えられた動きだった。
「系統もないのに、どうしてそこまで動ける」
「系統がないのと、鍛えてないのは、別の話なので」
答えながら、俺は木剣の間合いをさらに詰めた。ユーゴの礫が、続けざまに三発、四発と放たれる。狙いは正確だったが、軌道そのものは素直で、読みにくいものではなかった。二年間、捌き続けてきたレイドの粘り強い連続攻撃の方が、よほど厄介だった。
「くそ、なんで全部見えてるみたいに避けるんだよ」
「見えてるわけじゃないです。……ただ、慣れてるだけで」
一撃を弾き返しながら答えると、ユーゴの表情から、余裕が少しずつ消えていくのが分かった。それでも足を止めず、最後まで魔法を撃ち続ける姿勢には、最初の高慢な物言いからは想像できない粘りがあった。
木剣の間合いに完全に入ったところで、俺は最後の一歩を踏み込んだ。ユーゴの魔法を紙一重でかわし、木剣の先が、彼の喉元一歩手前で止まった。
一瞬、静寂が広間に落ちた。周囲で見ていた他の受験生たちも、手を止めてこちらを見ている。水晶で何も出なかった、という噂を知っている者もいるのだろう。その視線には、さっきまでの憐れみとは違う色が混じっていた。
七歳で王都に来た頃は、木剣の素振り一つでさえ、思うように体が動かなかった。今、こうして誰かと正面から打ち合い、互角以上に渡り合えている。積み重ねた年月の分だけ、確かに何かが変わっていた。
「――そこまで」
審判役の声が響く。
・・・・・
「……負けた、ってことでいいのか、これは」
肩で息をしながら、ユーゴが呟いた。
「引き分けだと思いますけど」
「引き分けにしては、こっちが一方的にやられてた気がするけどな」
自嘲するような言い方だったが、声には悔しさよりも、どこか納得したような響きが混じっていた。
「鑑定で何も出ない、って聞いた時は、正直、口だけの噂かと思ってた」
「実際、口だけの部分も多いと思いますよ、僕自身」
「謙遜には聞こえないな、それ」
ユーゴは苦笑すると、木剣を下ろした。
「悪かったな、さっきの態度」
「別に、気にしてません。実際、系統が分からないのは事実ですし」
「事実だとしても、態度に出していい理由にはならないだろ。……次会う時は、もう少しまともに接してやるよ」
そっけない言い方だったが、それが精一杯の詫びらしいことは、なんとなく伝わってきた。
「一つ聞いてもいいか」
ユーゴが、少し声を落として尋ねてきた。
「系統がない、っていうのは、本人としてはどんな感じなんだ」
思いがけない質問だった。
「正直、慣れました。……最初は不安でしたけど、鍛えれば鍛えた分だけ、ちゃんと結果が返ってくることも分かったので」
「鍛えた分だけ、か」
ユーゴは何かを噛み締めるように、その言葉を繰り返した。
「うちは、代々攻撃系統の名家でな。……系統も、強さも、生まれた時から決まってるようなものだった。お前の話を聞いてると、なんか、羨ましいような、そうでもないような、変な気分になる」
「羨ましがられる要素、あんまりないと思いますけど」
「あるかないかは、俺が決めることだろ」
軽く言い返されて、俺は思わず苦笑した。育ちの良さの裏に、この少年なりの窮屈さがあるのかもしれない、と初めて思った。
「オルグレン様、次の準備を」
係の者に呼ばれ、ユーゴは片手を軽く上げた。
「じゃあな。……せいぜい、面談の方でも頑張れよ」
「そちらこそ、お互いに」
短いやり取りを最後に、ユーゴは足早に去っていった。初対面の悪印象は、最後まで拭えなかったかもしれない。それでも、悪い後味ではなかった。
・・・・・
控室に戻ると、レイドとミラが待っていた。
「どうだった?」
「引き分け、らしい」
「らしいって、他人事かよ」
軽口を叩きながらも、二人ともどこか安堵した顔をしていた。
「お前らの方は?」
「俺は勝った。……向こうがちょっと油断してた気もするけど」
「油断してたんじゃなくて、あなたが速かっただけでしょ。素直に喜びなよ」
ミラに突っ込まれて、レイドは決まり悪そうに頭をかいた。
「お前は? 相手、どんな感じだったんだ」
「相手の防御が思ったより堅くて、苦戦したけど、なんとか。……最後は根比べだったかな」
ミラの言い方には、二年間の積み重ねへの自信が滲んでいた。詠唱の安定感が増したことは、鍛錬場で何度も見てきた通りだった。
三人とも、決定的な大勝ちというわけではなかった。それでも、それぞれのやり方で、積み重ねてきたものを出し切れた実感だけは、確かにあるようだった。
三人で顔を見合わせると、自然と笑いがこぼれた。系統も、鍛え方も違う三人が、それぞれのやり方で今日という日を乗り越えた。それだけで、今は十分な気がした。
「次は、いよいよ面談か」
レイドの言葉に、俺たちは三人揃って頷いた。実技までとは違う種類の緊張が、また肩にのしかかってくる。
「面談って、結局何を見られるんだろうな。俺、召喚獣も何も連れてないし」
「魔法との相性とか、性格の面とか、その辺じゃないの? 系統ごとに聞かれることも違うんじゃないかな」
「適当だな、お前」
「適当じゃなくて、私も初めてだから分かんないだけ」
軽口を叩き合ってはいたが、二人の声にも、実技の時とはまた違う硬さが滲んでいた。誰にとっても、これが最後の関門であることに変わりはなかった。
「僕は、正直ちょっと厄介な気がしてる。ヒスイとの関係で示せるものは、木剣や魔法とは種類が違うから」
言葉にしてみて、自分でも今更ながら腑に落ちた。実技は、二年間の鍛錬の答え合わせのようなものだった。だが面談は、答え合わせというより、まだ途中経過のものを、そのまま見せる場になるだろう。
「まあ、それぞれ勝手が違うのは、俺らも同じか」
「だね」
「よし、終わったら、三人で飯でも行こうぜ。合格祝いも兼ねて」
「まだ受かるとも決まってないのに」
「決まってから言ってたら遅いだろ。今のうちに約束しとくんだよ」
軽口のおかげで、強張っていた肩から、少しだけ力が抜けた。三人並んで、面談の控室へと向かう。水晶では測れず、実技では引き分けに終わった今日という日を、最後にどう締めくくれるのか。答えは、まだ誰にも分からなかった。




