33 賑やかな鍛錬場、火花散る一戦
翌朝、俺はノエルを連れて鍛錬場へ向かった。
「昨日から思ってたけど、随分しっかりした施設だね」
「王立学園の受験組が集まる場所だから、それなりに本格的なんだよ」
木剣を打ち合う音、気合いの入った声、時折弾ける小さな魔法の光。土埃と汗の匂いが入り混じった、独特の空気が漂っている。慣れない光景に、ノエルは物珍しそうに周りを見回している。
「あんたも、ここで毎日鍛えてるわけ?」
「まあな。専ら"強化"の方だけど」
「へえ。前とは大分様子が違うね」
「まあ、二年もあれば色々変わる」
「強化って、具体的に何ができるようになったの」
「筋力とか、反射とか。地味だけど、それなりに」
言葉を濁すと、ノエルは訝しげにこちらを見たが、それ以上は追及してこなかった。あの日、川で見せた力のことを、まだ覚えているのかもしれない。
「二人とも、あんたと同い年なんだっけ」
「うん。二人とも受験組で、色々事情は違うけど」
「レイドって奴、手紙で読んだ印象だと、結構自信家って感じだったけど」
「間違ってはいない。負けず嫌いなだけなら、多分ノエルといい勝負だと思う」
「それは楽しみだね」
不敵に笑うノエルを見ながら、俺はこの二人が顔を合わせたらどうなるのか、今更ながらとても不安になった。
そんな話をしながら奥へ進むと、既に汗を流していたレイドが、こちらに気づいて手を止めた。
・・・
「よう、噂の幼馴染か」
レイドが真っ先に声をかけてきた。
「レイドだ。……お前が、ノエル?」
「そう。話、聞いてるよ。根性論で通じ合えるとか何とか」
いきなり際どいところを突かれて、俺は思わず視線を逸らした。
「余計なこと言うなよ」
「別にいいだろ、事実だし」
レイドは悪びれもせず、むしろ愉快そうに笑っている。ノエルはそんなやり取りを面白そうに眺めていた。
「聞いてた通り、変わった奴だね」
「よく言われる」
「褒めてないんだけど」
軽口の応酬に、俺は口を挟む間もなかった。
「その剣、随分使い込んでるな」
レイドが、ノエルの腰の木剣に目を留めて言った。
「二年間、毎日振ってきたからね」
ノエルはそう言うと、鞘から抜いて軽く素振りをした。年季の入った切っ先が、鋭く空を切る。
「悪くなさそうじゃん」
「当然でしょ」
軽口の応酬の中にも、互いを値踏みするような視線が交わされているのが分かった。
・・・
「わ、あなたが噂の幼馴染なんだ!」
遅れてやってきたミラが、興味津々といった顔でノエルの前に立った。
「初めまして。ミラだよね? アレンから聞いてるよ」
「そうそう。アレンの村の話、根掘り葉掘り聞きたいと思ってたんだ」
「望むところだよ。恥ずかしい話なら、山ほどあるし」
「おい」
「何、都合悪いことでもあるの?」
不敵に笑うノエルに、俺は嫌な予感しかしなかった。この二人が結託したら、ろくなことにならない気がする。
案の定、ノエルは村にいた頃の失敗談を次々と披露し始め、ミラはそのたびに楽しそうな笑い声を上げた。止める間もなく、二人は初対面とは思えないほど意気投合していく。俺はそれ以上口を挟む気力を失い、諦めてその場に座り込んだ。
・・・
「そういえば、剣士なんだって?」
一通り話し終えたミラが、話題を変えるように尋ねた。
「うん。来年、王都の剣術学校を受ける予定」
「じゃあ、レイドと勝負してみたら? 口だけは達者だけどね」
「聞こえてるぞ」
レイドが不満げに口を挟んだが、まんざらでもなさそうな顔をしている。
「模擬戦、やろうぜ。手加減はしないからな」
「望むところだよ。剣に補助魔法を軽く乗せるけど、構わないでしょ」
「上等だ」
短いやり取りだけで、二人の間には既に火花のようなものが散っていた。
二人はそれだけで話をまとめると、さっさと鍛錬場の中央へと歩いていった。周りにいた他の受験組の数人も、何事かと集まってくる。俺とミラは、なし崩し的に審判役を任されることになった。
・・・
「じゃあ、始め」
ミラの合図と同時に、レイドが先手を取った。放たれた火の礫を、ノエルは最小限の動きでかわし、そのまま踏み込む。木剣が空を切る音が、二度、三度と続いた。
「速いな」
「そっちこそ、魔法の間合い、思ったより広い」
言葉を交わす余裕さえ見せながら、二人の攻防は拮抗していた。レイドの魔法を紙一重でかわしながら距離を詰めるノエルの動きには、二年間の鍛錬の跡が確かに滲んでいた。
「――ここまで距離詰められたのは、初めてだ」
レイドが後退しながら、次々と魔法を繰り出す。だが、着弾の一瞬前に体を沈めるノエルの動きに、狙いは何度も外れ続けた。
「見切られてる、動きが」
「悪いね、目だけは自信あるんだ」
木剣の切っ先が、あと一歩でレイドの喉元に届くところまで迫る。レイドはとっさに飛び退き、額の汗を拭う間もなく距離を取り直した。
「はは……本気で焦った」
肩で息をしながら、レイドが苦笑を浮かべる。それでも、その目には闘志が消えていなかった。
態勢を立て直すと、レイドは今度は連続して魔法を撃ち込んできた。一つ一つは大きくないが、間断のない攻めに、さすがのノエルも防戦一方になる。
「なかなかやるじゃん」
「褒めてる場合か」
木剣で弾き、かわし、時に半身になって避けながら、ノエルは着実に距離を詰めていく。額に汗を滲ませながらも、その足取りに乱れはなかった。
「――そこまで」
やがて、ミラが試合を止めた。決着はつかないまま、二人とも荒い息をついている。
「はい、引き分け!」
審判役のミラがそう言い渡すと、ノエルはレイドの顔を覗き込んだ。
「不服そうな顔してるけど?」
「してない」
明らかに悔しそうなレイドを見て、ノエルは満足げに笑った。
「思ったより、やるじゃん」
「そっちこそ。口だけじゃなかったな」
二人の間に、いつの間にか妙な信頼のようなものが生まれているのが分かった。
・・・
正午近く、水を飲みに戻ったところで、見慣れた人影が鍛錬場の柵の外に立っているのに気づいた。
「先生?」
「たまには様子を見に来てもいいでしょう」
フィリアはそう言うと、腕を組んだまま、模擬戦の跡が残る地面を一瞥した。
「派手にやったわね」
「レイドが本気出したんで」
「口だけじゃなかったみたいね、あの子」
フィリアの視線が、遠くで水筒を回し飲みしているノエルたちの方に向いた。
「先生も、混ざっていきますか」
「遠慮しとくわ。年寄りの冷や水は、あんまり見栄えがいいものじゃないもの」
「先生、まだそんな年でもないでしょう」
「あら、優しいこと言うじゃない。今の、ちょっと点数上げてあげる」
軽口を残すと、フィリアはさっさと踵を返した。それでも、去り際に一瞬だけ、ノエルたちの方を見て小さく笑ったのを、俺は見逃さなかった。
・・・
模擬戦の熱が冷めやらぬ中、ミラがふと真剣な顔でノエルに尋ねた。
「ねえ、剣術学校の受験って、具体的に何を見られるの」
「実技と、あとは面接みたいなのもあるって聞いてる。うちはそんなに厳しくないはずだけど」
「いいなあ、それ。魔法の方は、実技はもちろん、系統の適性まで細かく見られるから」
ミラの声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「ミラも、系統はちゃんとしてるんでしょ。水系統、着実に伸びてるって聞いたけど」
「伸びてるだけじゃ、正直不安なんだよね。学園に入ってから、本当にやっていけるのかとか」
「それ、今から悩んでも仕方なくない?」
ノエルのあっさりとした返しに、ミラは毒気を抜かれたような顔をした。
「――そうだね。悩んでどうにかなるものでもないか」
「うん。悩む時間があったら、素振りの一回でも多くした方がいい。少なくとも、わたしはそう思ってる」
迷いのない言い方に、ミラは何かを感じ取ったように、小さく頷いた。
「なんか、あなたと話してると、変に納得させられるね」
「よく言われる」
得意げに笑うノエルを見て、俺は密かに感心していた。以前、ミラが漏らしていた「まだ何も証明できていない」という言葉が、今、少しだけ軽くなったように見えた。
「レイドは、そういうの気にしないタイプ?」
不意にノエルが話を振ると、レイドは分かりやすく視線を逸らした。
「別に、俺だって気にするところは気にするけどな」
「へえ、意外」
「うるさい。……とにかく、悩む暇があったら鍛える。それだけだ」
強がっているのは明らかだったが、その言い分自体は、案外筋が通っている気がした。
・・・
「なあ、ノエル。今度、また手合わせしよう」
肩で息をしながら、レイドがそう切り出した。
「いいよ。次は勝つよ」
「おう、望むところだ」
不敵に笑い合う二人を見ながら、俺は何とも言えない気持ちになった。剣士のノエルと、魔法使いのレイド。系統も鍛え方もまるで違う二人が、それでもこうして通じ合っている。
「アレンも、そのうち混ざりなよ」
ミラに肩を叩かれて、俺は苦笑いするしかなかった。
「俺は専ら"強化"だから、模擬戦向きじゃないんだよ」
「言い訳しないでよ。今度、私とも手合わせしよう」
「わかったよ」
素直な返事に、ミラは嬉しそうに笑った。
「絶対だからね。約束、忘れないでよ」
念を押すミラの声は、いつになく弾んでいた。
「分かってるって」
そのやり取りを眺めていたノエルが、からかうように口を挟んだ。
「二人とも、随分と息が合ってるじゃん」
「な、何が」
慌てるミラを見て、レイドまでもが愉快そうに笑い出した。この賑やかさに、俺も自然と頬が緩んでいるのが分かった。
・・・
日が傾き始めた頃、四人は鍛錬場の隅に座り込み、水筒を回し飲みしながら一息ついていた。
「ねえ、そのヒスイって、今何考えてると思う?」
ミラが興味津々といった顔で、外套の中を覗き込んできた。
「さあ。……水飲みたい、とか?」
「絶対違うだろ、そんな単純な奴に見えない」
レイドが真顔で否定してくると、ノエルが噴き出した。
「二人とも、真剣に考えすぎ」
「いや、これは重要な議題だから」
大真面目な顔で言い張るミラに、俺は笑いを堪えられなかった。
「アレンなら分かるんじゃないの、相棒でしょ」
「残念ながら、俺にも分からないんだよな、これが」
肩をすくめると、三人は揃って笑い声を上げた。
苦笑しながらも、俺は密かに嬉しさを感じていた。レイド、ミラ、そしてノエル。系統も出自もばらばらな三人が、今日という一日で、一つの輪の中に収まっている。村を出た日には、想像もしていなかった光景だった。
俺は外套の中のヒスイに、そっと目をやった。
「お前も、賑やかなのは嫌いじゃないだろ」
答えは返ってこなかったが、腕の中の重みが、ほんの少しだけ軽く感じられた気がした。
夕暮れに染まる鍛錬場を見渡しながら、俺は今日という一日の賑やかさを、しばらく噛み締めていた。剣と魔法、まるで違う二つの道を歩む者たちが、今日、同じ場所で笑い合っている。それだけのことが、俺にはひどく得難いものに思えた。
「そういえば、明日の稽古、何時から?」
帰り支度をしながら、ノエルが思い出したように尋ねてきた。
「いつも通り、朝から」
「じゃあ、私も付き合うよ。……あんたの成長、しっかり見ておかないとね」
不敵に笑うその顔は、村にいた頃と少しも変わっていなかった。それでいて、今の俺には、その笑顔が以前よりずっと眩しく見える気がした。




