↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度こそ、自分のために生きる ~転生した社畜、視えない魔力を抱えてのんびり育つ~  作者: ぽけっと
少年期-廃村調査編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/46

24 廃墟の祭壇、揺らいだ気配

崩れた家々の隙間を縫うようにして、俺たちは村の奥へと進んだ。屋根の落ちた家、朽ちた戸板、蔦に埋もれた井戸の跡。割れた甕、朽ちた木の椅子、風雨に晒され続けた生活の残骸が、行く先々に転がっていた。人の暮らしがある日突然断ち切られたような光景ばかりが、そこかしこに残されている。


物音一つしない。鳥の声すら聞こえない、妙に静まり返った土地だった。御者は村の入り口で待たせている。「入るなら二人だけで」と、その顔には隠しきれない不安が浮かんでいた。


外套の中のヒスイは、村に足を踏み入れてからずっと落ち着かない様子を崩さなかった。念話の気配は、あの日以来一度も戻ってきていない。ただ、腕の中で身じろぎする回数だけが、いつもより多いのが分かった。


「先生、ここ、地図で見た時よりずっと広いですね」


「昔は結構な規模の集落だったんでしょうね。今となっては、確かめようもないけど」


「先生」


「なに」


「ここ、正直あんまり好きになれないです」


「勘、鈍ってないじゃない。私も同じ」


フィリアは軽い調子で返したが、道具袋を握る手には、いつもよりわずかに力がこもっているように見えた。


崩れた家々の間を進みながら、俺はふと、一軒の戸口の前で足を止めた。


「先生、ここ」


「どうかした?」


「戸の上、何か彫られてます」


朽ちかけた木の梁に、風化してほとんど読み取れなくなった紋様が刻まれていた。フィリアが眉を寄せ、顔を近づける。


「……よく見つけたわね。私、素通りするところだった」


「なんとなく、目に留まっただけです」


「その"なんとなく"、馬鹿にしたものじゃないのよ、こういう場所では」


フィリアはそう言うと、道具袋から手帳を取り出し、紋様を手早く書き写した。俺はその横顔を、少し誇らしい気持ちで見ていた。師匠に褒められることに、いつまで経っても慣れる気がしない。


「これ、文字なんですか。それとも模様?」


「多分、両方。古い民族の中には、文字そのものに祈りの力を込める書き方をしていたところもあったらしいわ。座学でそのうち触れる予定だったんだけどね。まさか実物を先に見ることになるとは思わなかった」


「先取りしちゃいましたね」


「生意気言うようになって」


そう言いながらも、フィリアの口元はわずかに緩んでいた。


「同じ紋様、他にもあるかもしれない。少し気をつけて歩いてみて」


「分かりました」


言われてから改めて見渡すと、崩れた壁や倒れた柱の端に、似たような線の連なりが幾つも残っているのに気づいた。今まで気づかなかったことが、逆に不思議なくらいだった。二年前の自分なら、きっと気にも留めずに通り過ぎていただろう。


・・・


そうして紋様を辿るように進むうち、崩れた家々の向こうに、開けた土地が見えてきた。村の中心だったらしい、広場のような場所だ。その真ん中に、俺の背丈の倍近くもある石碑が、ひび割れながらも自立して立っていた。


「あれが……」


フィリアの声が、わずかに掠れた。


近づいてみると、石碑の表面には、戸口で見たのと同じ系統の紋様が、より複雑に絡み合いながら刻まれていた。文字というより、模様に近い印象を受ける。周囲だけ、雑草の生え方すらどこか不自然に薄いことに、俺は今更ながら気づいた。


「竜血族が、何かのために建てたものかもしれない」


「拝む場所、とかですか」


「それか、印か、警告か。……分からない。だから見に来た」


フィリアはそう言うと、道具袋から小さな水晶を取り出し、石碑に向けてかざした。水晶が、じわりと淡い光を帯び始める。


「反応、来てる。……微弱じゃない、これは」


その一言で、俺の中の緊張が一段階引き締まった。外套の中のヒスイも、それに応えるように喉の奥で低く唸った。


「ヒスイ、お前もそう思うか」


答えは返ってこない。それでも、腕の中の重みが、心なしか強張っているのは分かった。


・・・


「あんたはそこで待ってて。念のため」


フィリアはそう言い残すと、石碑の前まで進み、しゃがみ込んで紋様を指でなぞり始めた。何事かを小さく呟きながら、水晶を石碑にかざし直す。


その指先が石の表面に触れた瞬間だった。


水晶の光が、不意に強く瞬いた。同時に、石碑を中心にして、周囲の空気が水面のようにぐにゃりと歪んだ。景色そのものが波打つように揺らめいている。


「先生、離れてください」


「大丈夫、これくらいは想定の――」


言い終える前に、フィリアの体が、目に見えない力に引かれるようにぐらりと石碑の方へ傾いだ。


考えるより先に、体が動いていた。気づけば、離れていたはずの距離を一息に詰め、フィリアの腕を掴んで力任せに引き戻していた。腕の中を駆け抜けた奇妙な感覚に、戸惑う余裕すらなかった。


二人でもつれるように地面に倒れ込んだ直後、歪みは、それきり嘘のように収まった。辺りには、また元通りの静けさが戻っている。


外套の中で、ヒスイが激しく身じろぎするのが伝わってきた。今にも飛び出しそうな勢いだったが、それでも姿を見せることはなかった。


・・・


「……大丈夫ですか」


「ええ、平気よ」


体を起こしながら、フィリアはそう答えた。だが、その声はいつもよりわずかに硬く、地面についた手のひらも、細かく震えているのが見て取れた。それを隠すように、フィリアはゆっくり拳を握り込んだ。


「先生」


「なに」


「手、震えてます」


フィリアは一瞬だけ動きを止めたが、すぐにいつもの調子を取り繕おうとした。


「気のせいよ」


「今、はっきり見えました。ほら、また」


「……減らず口ね」


観念したように、フィリアは小さく息を吐いた。


「正直に言えば、少し怖かった。柄にもなく」


「柄にもなく、なんですか。先生が本当は怖がりだって、俺、もう知ってますけど」


「生意気」


そう言いながらも、フィリアの声からは、さっきまでの硬さが少しだけ抜けていた。それが分かって、俺の方も少しだけ肩の力が抜けた。


「先生でも、ああいう時、怖いって思うんですね」


「当然でしょう。何年やっても、こういうのに慣れる日は来ないみたい」


「意外です。いつも堂々としてるから」


「堂々として見えるように振る舞ってるだけよ。中身なんて、いつも綱渡り」


その言い方が妙に実感を伴っていて、俺はしばらく黙り込んだ。師匠だからといって、いつも平然としているわけではないのだと、今更ながら思い知らされた気がした。


・・・


フィリアは立ち上がると、もう一度石碑と向き合った。今度は触れず、少し離れた位置から水晶をかざすだけに留めている。


「今の反応……多分、時空魔法の残滓だと思う。大昔の魔力が、まだこの石に染み付いてる」


その言葉に、俺の中で何かがかすかに反応した気がした。だが、それが何を意味するのか、自分でもうまく言葉にできない。婆ちゃんの昔語りに出てきた、あの系統の名前。歴史書の頁でも、似たような説明を読んだ覚えがある。それ以上の実感は、まだどこにも見当たらなかった。ただ、耳慣れないはずのその単語が、思っていたよりすんなり頭に馴染んだことだけが、自分でも少し引っかかった。


「本当に、竜血族がいたんですね、ここに」


「かもしれない。……願わくは、それだけであってほしいけど」


「それだけ、というと」


「これが、姉さんの手がかりにまで繋がってたら――正直、今の私には、受け止めきれる自信がない」


その一言には、調査者としての言葉以上の、個人的な重みが滲んでいた。十年間、答えの出ない問いを抱え続けてきた人の重さが、それだけでいやというほど伝わってきた。


「もし繋がってたら、先生は嫌ですか」


「嫌、じゃないと思う。ただ、怖い。……期待して、また何もなかった時のことを考えると」


フィリアはそこまで言うと、口をつぐんだ。それ以上は、俺にも踏み込めない領域なのだと分かった。


「無理に答え、出さなくてもいいと思います。今日じゃなくても」


「……あんたにそう言われると、少し楽になるから不思議ね」


フィリアはそう言って、力なく笑った。いつもの皮肉っぽい笑い方とは、どこか違って見えた。


・・・


フィリアは道具袋から新しい紙を取り出すと、石碑の紋様を、まだ少し震えの残る手で丁寧に写し取り始めた。俺は少し離れた場所に腰を下ろし、その作業をただ見守った。手伝えることはないかと思ったが、この作業だけは、彼女自身の手でやり遂げたいのだろうということが、なんとなく伝わってきた。


日が少しずつ傾いていく間、フィリアは黙々と手を動かし続けた。時折、指先が止まり、紋様の一部を睨みつけては、また書き写す作業に戻る。その横顔から、さっきまでの震えが少しずつ消えていくのが分かった。


外套の中のヒスイも、いつの間にか身じろぎを止め、いつもの寝息を立て始めていた。緊張が解けた証だとすれば、今日の探索も、ひとまず一区切りついたということなのだろう。


石碑の根元、崩れた土台の隙間に何かが埋もれているのに気づいたのは、ちょうどその頃だった。


「先生、ここにも何か」


土を払ってみると、小さな金属片が出てきた。錆びついてはいるが、表面には、あの戸口で見たのと同じ意匠が、かろうじて読み取れる。


「これは……」


フィリアがそれを受け取ると、指先についた錆の色を確かめるように、光にかざして矯めつ眇めつ眺めた。


「装飾品の一部かもしれない。あるいは、何かの道具の欠片か。……調べる価値はありそうね」


「持ち帰りますか」


「ええ。丁寧に扱ってね」


フィリアはそれを布で丁寧に包み、道具袋の奥にしまった。その手つきは、もういつもの、研究者としての落ち着きを取り戻している。


日が傾き始める頃、フィリアはようやく紙束を巻き、立ち上がった。


「戻りましょう。今日はここまで」


「お疲れ様でした」


「あんたもね。……正直、助かった。あの一瞬、あんたがいなかったらと思うと、今更ながら背筋が寒くなるわ」


素直な感謝の言葉に、俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。褒められることに慣れていないのは、どうやらお互い様らしい。


「弟子として、当然のことをしただけです」


「そういう、格好つけた言い方するようになったのね」


「先生の影響です」


「悪い影響ね、それ」


軽口を交わしながらも、フィリアの声には、まだ隠しきれない疲労が滲んでいた。


・・・


答えの出ない問いを抱えたまま、俺たちは夕暮れの廃村を後にした。振り返ると、崩れた石碑だけが、沈みゆく夕日に照らされて、長い影を落としていた。その影が、まるで何かを見送っているかのように、いつまでも俺たちの背中を追いかけてくる気がした。


待たせていた御者の元へと戻る道すがら、俺は今日見たものを頭の中で何度も反芻していた。歪んだ空気、震えるフィリアの手、そして「時空魔法の残滓」という言葉。婆ちゃんの昔語り、フィリアの姉、道具袋に収まった錆びた金属片。まだ繋がらない点は、相変わらず多い。それでも、確かに何かが、少しずつ輪郭を持ち始めている気がした。


婆ちゃんは昔、暖炉端で竜血族の話をする時、決まって声を落とした。滅びたのか、どこかに隠れて生き延びているのか、誰にも分からないのだと。あの声の低さの理由が、今日ほど実感を伴ったことはなかった。


隣を歩くフィリアは、いつもの調子を装いながらも、時折、無言でこちらの様子をうかがっているのが分かった。心配されているのか、それとも、まだ自分の中の動揺を持て余しているのか。聞くのも野暮な気がして、俺は気づかないふりを続けた。道具袋の、金属片をしまった辺りに、フィリアが何度も手をやっていることにも、気づかないふりをした。


前世でなら、こんな得体の知れない土地に足を踏み入れることなど、想像すらしなかっただろう。休日でさえ家から一歩も出なかった自分を思うと、こうして廃村を歩いてきたことが、我ながら不思議だった。それでも今は、この不安と隣り合わせの感覚が、不思議と嫌いではなかった。前に進むことと、怖いと思うことは、両立できるものらしい。今日、身をもってそれを知った気がした。


村の入り口で待っていた御者は、俺たちの顔を見るなり、あからさまに安堵の息を吐いた。


「お戻りで。……何事も、なかったようで」


「ええ、おかげさまで」


フィリアがそう答えると、御者はそれ以上詮索せず、逃げるように馬車を出発させた。振り返ることさえしない、その徹底ぶりに、この土地への恐れの深さを改めて思い知らされた気がした。


窓の外を流れていく廃村の輪郭を眺めながら、俺はフィリアの道具袋に収まったあの金属片のことを、頭の隅で考え続けていた。答えはまだ何も出ていない。それでも、次にここへ戻ってくる日が、そう遠くない気がしてならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。