↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度こそ、自分のために生きる ~転生した社畜、視えない魔力を抱えてのんびり育つ~  作者: ぽけっと
少年期-廃村調査編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/46

23 宮廷魔導院からの依頼、竜血族の痕跡

朝食の途中で、玄関の扉が乱暴に叩かれた。こんな時間に来客など、これまで一度もなかった。


出てみると、王宮の使いだという青年が、息を切らして封書を差し出してきた。蝋で封をされた表面には、見たことのない紋章が押されている。青年は返事も待たずに一礼すると、また忙しなく駆け去っていった。


フィリアはその場で封を切り、目を走らせるなり、表情を一段階引き締めた。差出人の署名を見て、小さく息を吐く。


「ヴィクトル……」


「先生の知り合いですか」


「宮廷魔導院にいる、古い付き合いの魔法使いよ。あの人がわざわざ名指しで寄越すってことは、余程のことなんでしょうね」


フィリアは封書を握ったまま、しばらく黙り込んだ。それから、思い出したように顔を上げる。


「アレン、悪いけど朝食は後回し。荷物をまとめて」


「急な話ですね。どこかに行くんですか」


「宮廷魔導院からの依頼。国境近くの村で、分類できない魔力反応が観測されたって」


分類できない、という言葉に、俺は思わず箸を止めた。他人事に聞こえない響きが、そこにはあった。


「それ、俺の力と近いってことですか」


「近いかどうかは、行ってみないと分からない。ただ、放っておける類の報告じゃないのよ、これは」


いつもの飄々とした口調とは違う、有無を言わせない響きがあった。俺は箸を置き、残りの朝食を諦めることにした。


・・・


出発の準備は、拍子抜けするほど早く整った。ヒスイを外套の内に忍ばせ、最低限の荷物を担ぐと、日が高く昇りきる前には、もう門を抜けていた。


「レイドへの手紙、後回しになりますね」


「戻ってから書けばいいでしょう。あんたが急にいなくなったくらいで、あいつは音を上げないわよ」


「それもそうですね」


不在の間の稽古のことを一瞬だけ気にかけたが、フィリアの言う通りだった。今は、目の前の依頼の方が、比べ物にならないくらい重かった。


「弟子になって初めての遠出、ですね」


「その割に、荷造りが手慣れすぎじゃない?」


「先生の日頃の指導の賜物です」


「調子だけは一人前ね」


軽口を交わしながらも、フィリアの目つきはずっと硬いままだった。上機嫌なふりをしているのが、かえって透けて見えるくらいに。


・・・


馬車での道のりは、五日を数えた。窓の外の景色が畑から森へ、森から荒野へと移り変わる間、フィリアはほとんどの時間、膝の上に広げた古い紙束から目を離さなかった。頁の端は茶色く変色し、文字も所々かすれて読み取りづらい。


三日目の晩、宿場町で馬を休ませることになった。狭い部屋に押し込まれた粗末な寝台の上で、フィリアが珍しく愚痴をこぼした。


「王都の寝台が恋しいわね」


「先生でも、そういうこと言うんですね」


「私だって、快適さは人並みに好きなの。意外だった?」


「少し」


「失礼な弟子ね」


そう言いながらも、フィリアは薄い毛布を器用に丸めて枕代わりにし、慣れた様子で横になった。長旅そのものには、案外慣れているらしい。


軽口を叩き合いながらも、フィリアの手は、消灯の間際まで例の紙束から離れなかった。


「その資料、依頼と何か関係あるんですか」


「今回の目的地に、大昔、集落があったらしいの。竜血族の」


その一言で、車内の空気が少しだけ変わった気がした。婆ちゃんの語ってくれた昔語りが、頭の奥で小さく音を立てる。


「発掘品とか、そういう調査なんですか」


「発掘というより、確認作業ね。噂が事実かどうか、現地で見極める。魔導院はその手の噂を無視できない立場だから」


「具体的には、何を確かめるんですか」


「石碑とか、遺構とか。竜血族が実在した証拠になり得るものなら、何でも。……あと、今回は特に、鑑定でも捉えきれない特殊な魔力の残滓が検出された、という報告があるの」


「捉えきれない、って」


「竜血族が本当に、分類できない力を持つ一族だったなら、その名残が今も土地に残っていても、おかしくないでしょう」


そう言われて、俺は思わず息を呑んだ。分類できない力の痕跡。自分と無関係だとは、とても思えなかった。


しばらく黙って窓の外を見ていた俺は、ずっと抱えていた問いを、ようやく口にする決心をつけた。


「先生。もし、その集落の跡地に何か残っていたら――姉さんのことに、繋がったりしますか」


フィリアの手が、紙をめくる動きを止めた。


「……分からない。分からないけど、可能性がゼロだとも言い切れない。だから、私も本音を言えば、あまり冷静じゃいられずにいるの」


いつになく素直な答えだった。それ以上踏み込む言葉を、俺は持ち合わせていなかった。ただ、彼女の横顔をしばらく見つめてから、静かに視線を窓の外へ戻した。


・・・


道中、退屈しのぎに外套の隙間からヒスイの様子を覗くと、狭い車内の揺れにも慣れた様子で、丸くなったまま静かに眠っていた。長旅も、この頃にはすっかり慣れっこになっている。そんな呑気な寝顔を見ているだけで、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。


正直なところ、この状況に俺は少なからず気持ちが浮き立っていた。長距離の移動、見知らぬ土地、竜血族という長年の謎への手がかり。前世の三十四年間、通勤経路を一歩でも外れることに理由もなく尻込みしていた自分からすれば、信じがたいくらいの変わりようだった。


「不謹慎かもしれませんけど、俺、ちょっとわくわくしてます」


「今、口に出す?」


「黙っておく方が、逆に不自然な気がして」


フィリアは呆れたようにため息をついたが、その後で小さく笑った。


「まあ、それくらいでちょうどいいのかもね。悲壮感だけで乗り込んでも、見えるものも見えなくなる」


「先生も、最初はそうだったんですか。竜血族を調べ始めた頃とか」


「昔の話。今はもう思い出せないくらい」


質問をはぐらかされたことに気づいたが、今回はそれ以上追及しなかった。踏み込んでいい話と、そうでない話の境目くらいは、この二年でなんとなく分かるようになっていた。


代わりに、話題を変えてみる。


「宮廷魔導院って、どういう場所なんですか。行ったことないので、あまり想像がつかなくて」


「王宮に付属する、魔法使いの機関。研究と、この手の対外的な取り締まりを兼ねてる。……あそこに机を持ってる魔法使いってだけで、大抵の人間は身構えるわね」


「先生は、机、持ってないんですか」


「私は在野。誰かの指図を受けるのは、性に合わないの」


いかにもフィリアらしい答えだった。ヴィクトルという人物が、そんな彼女にわざわざ声をかけてくる関係だというのが、俺には少しだけ意外に感じられた。


・・・


五日目の朝、フィリアはようやく紙束を鞄にしまい、代わりに小さな道具袋を膝の上に広げた。中には、見慣れない形の測定器具や、封のされた小瓶がいくつも詰まっている。


「それ、全部使うんですか」


「使わないに越したことはないけど、念のためよ。魔力反応が本物だった場合、この辺りの道具は必需品になる」


「俺は、何をすればいいですか」


「今回は補助。危険を感じたら、私の指示より先に、自分の判断で下がること。分かった?」


いつになく強い口調だった。俺は素直に頷いた。この人がここまではっきりと釘を刺す時は、大抵、本当に危険な時だと、二年の付き合いで学んでいた。


道具袋の中身を一つずつ確かめるフィリアの横顔を、俺はしばらく黙って眺めていた。いつもの気だるげな表情はどこにもなく、代わりに、研究者としての集中だけがそこにあった。


道が最後の丘を登り切ったところで、御者が「じきに着きます」と声をかけてきた。窓の外に広がるのは、手入れの跡が絶えて久しい野原と、伸び放題の下草だった。


「思ったより、何もないところですね」


見渡す限り、目立った建物どころか、道らしい道さえ見当たらない。本当にこんな場所に、かつて人が暮らしていたのだろうか。


「昔は村があった、と記録には残ってる。今は誰も住んでいないけど」


「廃村、ってことですか」


「そういうこと。だからこそ、噂を確かめる価値がある」


外套の中で、ヒスイがそれまでとは違う動きを見せた。小さく首をもたげ、窓の外をじっと見つめている。いつもの眠たげな様子とは明らかに違う。


「どうかしたか」


問いかけても、答えは返ってこなかった。「ねむい」のような単純な感覚の断片すら、今は伝わってこない。ただ、腕の中の気配だけが、心なしか張り詰めているのが分かった。


こんなヒスイを見るのは初めてだった。何かを警戒しているのか、それとも別の何かを感じ取っているのか。判断のしようがないまま、俺はただ、その小さな体をそっと抱え直した。


・・・


馬車が止まったのは、朽ちかけた木の柵の前だった。柵の向こうには、雑草に覆われた小道が、かつての集落の輪郭をかろうじて残していた。崩れた石積みの塀、屋根の落ちた家の骨組み、蔦に絡まれた井戸のようなもの。かつてここで誰かが暮らし、笑い、働いていたはずの痕跡が、今はただ朽ちるに任されている。


「着いたわね」


フィリアが先に地面に降り立ち、俺もその後に続いた。風の音以外、何も聞こえない。人が暮らしていた形跡だけが残る土地の静けさは、村を出た七歳の朝とは、まるで質の違うものだった。


御者は、村の入口で待機すると言い残し、馬車に留まった。この先は、俺たちだけで進むことになる。


腹の奥に、あの日と似た熱がわずかに灯る。この先に何が待っているのか、見当もつかない。それでも今は、恐れよりも、確かめたい気持ちの方が勝っていた。


外套の中のヒスイに、そっと手を添える。相変わらず何も伝わってはこなかったが、その重みだけは、いつもと変わらずそこにあった。それだけで、少しだけ心が落ち着いた。


「行くわよ」


短い一言に頷いて、俺はフィリアの後を追い、崩れかけた柵の中へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。