14 居候生活、片付かない部屋
翌朝、目を覚ましてすぐに分かったことがあった。
部屋は、昨日と何一つ変わっていなかった。
「……片付けとくって、言いましたよね」
「言ったわね」
台所から気だるげな返事が飛んでくる。俺は書物の山をかき分けながら、着替えを探した。
「多分、って言ったのも覚えてます」
「なら問題ないでしょ」
理屈になっていない理屈だったが、2日目にして、これがフィリアという人間の基本仕様らしいと理解できた。
・・・
台所に顔を出すと、フィリアは寝起きとは思えないほど手際よく、パンと乾燥果実を並べていた。
「朝は弱いんじゃないんですか」
「弱いのは頭の方。手は勝手に動くのよ」
意味の分かるような分からないような答えだったが、出された食事は、見た目に反して悪くなかった。
「今日の予定は?」
「予定なんて、まだ何も決めてないわ」
「決めてないんですか」
「居候が来る前提で暮らしてないもの。少なくとも、今日一日くらいは、好きにしていいわよ」
「好きに、って言われても」
「街を見てきなさい。ここに何年いるか知らないけど、地理くらいは覚えといた方がいい」
投げやりな口調ではあったが、突き放された、という感じでもなかった。俺は素直に頷いて、外に出ることにした。
・・・
王都の大通りは、村の市とは比較にならない賑わいだった。
石畳の道に沿って、様々な店が並んでいる。焼き菓子の匂い、鍛冠の音、露店の呼び込み。人々の服装も、村では見たことのない仕立てのものが多い。
「坊や、迷子?」
不意に声をかけられ、振り返ると、パン屋の店先に立つ、丸顔の中年女性がいた。
「いえ、探検中です」
「探検、ねえ」
女性は面白そうに笑うと、焼いたばかりのパンを一つ、俺の手に押しつけてきた。
「グレタって呼んで。新顔は歓迎するのが、この通りの決まりなの」
「ありがとうございます、グレタさん」
礼を言って受け取ったパンは、まだ温かかった。レイフ村のパンとは、違う香りがした。
・・・
大通りを外れると、遠くに、ひときわ大きな尖塔が見えた。
「あれって、何の建物ですか」
近くにいた老人に尋ねると、老人は誇らしげに胸を張った。
「ヴァイスハイム魔法学園じゃよ。この国で一番の魔法学校だ」
ガイルが馬車の中で話していた、あの学校だった。遠目に見るその建物は、レイフ村のどの建物より大きく、荘厳だった。
――いつか、あそこに通う日が来るんだろうか。
そんな考えが、ふと頭を過った。
そびえたつ尖塔を見上げていると、なぜか妙に胸が高鳴った。
・・・
日が傾く頃、俺はフィリアの家に戻った。
「思ったより早いじゃない」
「道に迷って、結局グレタさんのパン屋に戻っちゃってました」
「グレタと知り合ったの? あの人、面倒見がいいから、これから世話になることも多いと思うわ」
フィリアは意外そうな顔をした後、小さく笑った。放り出したその日のうちに、勝手に知り合いを作ってきたことが、存外気に入ったらしい。
「部屋、片付けました?」
「……明日ね」
「また明日、なんですね」
「うるさい。今日はもう疲れたの」
言い合いになりかけたところで、フィリアは大きく欠伸をした。目の下の隈が、いつもより濃く見えた。
・・・
その夜、片付いていない部屋の隅で、俺は今日一日を振り返った。
グレタのパン、遠くに見えた魔法学園、フィリアの気だるい笑い方。一日でこれだけの新しい人と場所を知ったのは初めてのことだった。
前世の自分なら、知らない土地に放り出されることを、きっと億劫がっていただろう。今の自分は、案外そうでもなかった。
部屋はまだ片付いていない。だが、それも含めて、悪くない一日だったと思えた。
窓の外に、王都の夜景が広がっていた。村とは違う灯りの数を数えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。




